第22話 夜明け前の秘め事

 深い眠りに落ちていたボルドはふいに胸元に肌寒さを覚えた。

 そうかと思うとすぐにしっとりとしたぬくもりが肌を包み込む。

 そこでボルドは強い刺激を胸先に感じ、思わず身をくねらせて目を開けた。


「んっ……」


 目を開けると自分の目の前にはブリジットの頭が見える。

 彼女は今、夜着がはだけて胸元があらわになったボルドの肌に触れていた。


「目覚めたか。ボルド」

「ブリジット? これは……」


 ボルドが戸惑ってそう言うとブリジットはバツが悪そうに視線をらす。


「……悪く思うな。ふと目が覚めてとなりで眠っているおまえの姿を見たら、妙に気がたかぶってな。とぎはいつでも出来るなどと言っておきながらアタシも辛抱できない女だ。嫌だったか?」 


 嫌だったか。

 元よりボルドは嫌だからやめてくれ、などと言える立場にはない。

 だが、ボルドには嫌だという気持ちはなかった。

 突然のことにおどろきこそすれ、彼女が自分を求めてくれることにボルドは少しずつ喜びを感じ始めていた。


「嫌ではありません」

「だろうな。ゆうべは滋養食を口にしていないというのに、このたぎりようだ」


 そう言ってボルドのそれに手を伸ばしながらブリジットは意地の悪い笑みを浮かべた。

 思わずボルドの口から切なげな吐息といきれる。

 本邸ほんていから離れた別邸べっていであるため、多少の声がれようとも聞く者はいない。

 同じ別邸べっていで休んでいる小姓こしょうらも眠っているし、起きていたとしても彼らも慣れたものだろう。


 窓の外はやみが徐々に青くなりつつあった。

 まだ夜明けまでは時間がかかるだろうが、空を包む漆黒のやみが刻々と薄まりゆく時間帯だ。

 窓から差し込む月明かりだけが2人の姿をやみの中に浮かび上がらせていた。

 まるでこの世界にたった2人しかいないように感じられ、ブリジットもボルドも夜明け前のこの秘め事に没入ぼつにゅうしていく。


 ボルドは彼女に息を合わせた。

 この女性ひとが少しでも喜ぶのを見たい。

 そんな思いがボルドの胸に広がっていく。


 そんなボルドの思いを感じ取ったのかブリジットはいとおしげにボルドの黒髪をで、彼のほほを両手でつかむとそのくちびるを奪う。

 勢いでボルドの舌をからめ取ってしまうかのような熱烈な接吻キスだった。


 そこまで夢中になっていたため、ブリジットは気付かなかったのだ。

 だが、ボルドは視界のすみでふと何かが動くのを感じた。

 月明かりの中、窓の外にサッと影が差すのを見たのだ。

 ボルドのその視線に気付いたブリジットは情事の最中さなかにも関わらず、枕元に置かれた小刀をつかみ取ると後方の窓に向かって投げた。


曲者くせものっ!」


 鋭く飛んだ小刀は窓枠にビィンと音を立てて突き立ち、それに反応して窓の外の人影が消えた。

 ブリジットは夜着を引っつかんで羽織るとすぐさまベッドから跳ね降りた。


「ボルドッ! ベッドの裏に隠れていろっ!」


 そう叫ぶとブリジットは夜着がはだけているのも構わずに、ベッド脇から剣のさやつかんで窓を押し開き、即座に外に出ていく。   

 ボルドは言われるままあわててベッドから転げ落ち、床に腰をぶつけて痛みを覚えるも、すぐさまベッドの裏にうずくまった。

 外からこの寝室をのぞいていた人物がいる?

 ボルドは何やら嫌な感じを覚えた。


 ここは別邸べっていとは言え、歴代のブリジットが幼年期と老年期を過ごす本邸ほんていの敷地内だ。

 そこにある建物の中を外からのぞくなどという恐れ多いことをする人物が、この奥の里にいるとは思えない。

 一体誰が……?

 

 甘い秘め事の時間から一転し、ブリジットの身を案じる不安と恐怖の時が過ぎる中、ボルドはじっとうずくまったまま主の帰りを待った。

 ブリジットが部屋に戻ってきたのはそれから5分もしないうちだ。

 不審な人影が何だったのか……結局、分からずじまいだった。

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