第21話 身を寄せ合う2人

 夜のとばりが辺りを暗闇くらやみに包み込み、どこからか夜鳥の鳴く声が聞こえてくる。

 ボルドは寝室でブリジットを待ちながら、見慣れぬ別邸べっていの室内を静かに見つめていた。


 ブリジットの帰還をいわうたげは数日後に本隊がこの奥の里へ合流してから開かれる予定であり、この夜は簡易かんい的な夕食会だけが開かれた。

 しかし先代は体調が優れないため欠席していた。

 ボルドも同席を許され、ブリジットとシルビアが交わす昔話に耳を傾けていたが、総じて静かな食事の席だった。


 ブリジットは過去の話をしてからどこか悄然しょうぜんとしており、そのことをシルビアも感じ取っていたのだろう。

 夕食は早々にお開きになり、ブリジットは本邸ほんていから少し離れた別邸べっていの寝室にボルドや小姓こしょう2人を連れて引き上げた。

 本邸ほんていにはブリジットがかつて使っていた寝室があるのだが、今日は少し先代と距離を置いた方がいいだろうというシルビアの配慮はいりょもあって、別邸べっていに寝室が用意された。


「ボルド。今日は疲れただろう」


 夜着に身を包んだブリジットは寝室に入るとそう言ってベッドに腰掛けた。

 だが彼女の目にいつもの覇気はきはない。


「アタシも疲れた」


 そう言うとブリジットはベッドに横たわり、ボルドを手招きする。

 ボルドは一礼すると彼女のとなりに寝転んだ。

 いつもはすぐにボルドにからみついてくるブリジットの手は、静かに彼の手を握るに留まった。

 沈黙ちんもくが続き、ボルドはふととなりのブリジットを見る。

 彼女は天井の一点を見つめたままだまり込んでいたが、やがて静かにつぶやいた。


「……おまえは死なせはしない」

「えっ?」


 思わずそう声をらすボルドをブリジットは横目で見つめた。

 

「母が辿たどった道をアタシは辿たどりはしない。おまえはアタシのそばにいろ。どこへも行くな」


 そう言うとブリジットはわずかだが彼の手を握る力を強めた。

 ボルドは彼女をなぐさめる言葉を探したが、気の利いたセリフは出て来ない。

 だからせめて彼はブリジットの手を強く握り返した。

 今までそんなことはなかったから、ブリジットは少しおどろいて目を見開く。

 そんな彼女に伝える言葉をボルドは懸命にしぼり出した。


「ずっと……おそばにいます。あなたがお望みの限り」


 ボルドの言葉を聞き、ブリジットの口元がわずかにゆるむ。

 そこにはほのかな笑みが浮かんでいた。


「おまえは口下手だな。まあ、ペラペラしゃべる奴よりはよほど好感が持てるが」


 そう言うとブリジットはボルドの黒髪をで、ゆったりとベッドに身を横たえる。


「今夜はもう寝ろ。本隊が合流するまで明日からしばらくここで暮らすからな。とぎはいつでも出来る」


 そう言うとブリジットはボルトをそっと抱き寄せた。

 甘い香りのする彼女の体に包まれるように抱きしめられたボルドは、とぎの時とは違う何とも言えない安心感、幸福感が胸にあふれ出すのを感じた。

 今までこんなふうに誰かに優しく抱きしめられたことはない。


 ボルドはこの時、ハッキリ自覚した。

 自分は……この女性と一緒にいたいのだと。


「おやすみなさい。ブリジット」

「……ああ」


 ほどなくしてブリジットの寝息が聞こえてくる。

 これまでのボルドの人生で眠るときはいつだって1人だった。

 だが、今は彼女がすぐそばにいる。

 今夜は眠れないと思っていたが、ブリジットの体温を感じながらボルドはゆっくりと眠りに落ちていくのだった。

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