第8話 二度目の夜

 二度目の夜、ブリジットは再びボルドの全身を味わっていく。

 昼の間に小姓こしょうより夜の作法と情夫の心得を教わっていたボルドは彼女に身を預け、なすがままにされていた。

 押し寄せる刺激をこらえ切れずに、閉じたボルドのくちびるの間から吐息といきれる。

 

 ブリジットの許しが出るまで、情夫は決して自分から彼女に触れてはならない。

 小姓こしょうたちは淡々たんたんとそう告げた。

 あくまでも彼女に身を差し出し、劣情を受け止める。

 それが当面のボルドに課せられた務めだった。 


 だが今宵こよいのそれは重ね合った肌がこすれ合うような昨晩の激しい行為とは異なり、ブリジットがじっくりとボルドの体をあらためるような交わりだった。

 自分のものとなったボルドをあらためて品定めしているのだと彼には思えた。


「傷があるな」


 一晩に二度三度と続く行為の間に水差しの水を飲みながらブリジットはそう言った。

 実際、ボルドの体にはいくつもの傷痕きずあとが残されていた。

 奴隷どれいとして生きていて労働の中でケガを負ったこともある。

 主のさ晴らしのためにいわれなき暴力を受けたこともある。

 その体に刻み込まれた傷は、奴隷どれいとしての彼の歴史を表すものだった。


 傷が多いことで情夫としての価値が失われ、捨てられることもあるのだろうか。

 実際、ブリジットにきられてしまえば情夫としての立場など簡単にくずれ去るもろいものだろう。

 だが、それは自分自身にはどうすることも出来ないことであり、彼に出来るのは死を迎えるその時まで運命の流れに身を任せることだけだった。

 そんなことをボンヤリと考えるボルドだがブリジットは彼の背中の傷痕きずあとに口づけをしながら言う。


「ダニアの女はもっと傷だらけだ。この程度の傷はものの数に入らん」


 そう言うブリジットの体には傷一つない。

 美しい白肌は寝室の室内灯の明かりに照らされてかがやかんばかりだ。

 女戦士ベラが言うにはこのダニアの中でブリジットは一番強いというが、幾多の戦場に出ているはずのその体にまるで傷がないのはどういうわけだろうか。

 そんなことを思うボルドをベッドの上にうつせに寝かせると、ブリジットは彼のしりを見ながら言う。


「男色の餌食えじきにされたあともない。幸運だったな」


 男の奴隷はひたすらに重労働につかされることがほとんどだが、若い男の奴隷どれいは色を好む者たちの欲望のはけ口として使われることもめずらしくない。

 だがボルドはいつも薄汚れた格好をしていたので、そうした目で見られることはなかった。 

 それは本当にたまたまの幸運だったのだろう。


 うつせのままベッドに横たわるボルドの背中にまたがると、ブリジットは彼の耳を甘噛あまがみする。

 ボルドはわずかに身をすくめた。

 ブリジットはそんな彼の耳から口を放すと、彼の体を反転させて仰向けにさせる。

 自分の上の彼女をボルドはまぶしげに見つめた。

 そんな彼に彼女は言う。


「ボルド。よく聞け。アタシに抱かれる時、おまえは体だけではなく心まで抱かれるつもりでいろ。全身全霊をかけてその身とその心をアタシにささげるんだ。アタシが欲しいのは、そんな情夫だ。いいな」


 言いふくめるようなブリジットの言葉にボルドは静かにうなづく。

 心まで抱かれるというのがボルドにはよく分からなかった。

 それよりも彼は今、目の前に惜しげもなくさらされているブリジットの体から目が離せなかった。

 その腕や脚は筋肉で引き締まり、それでいてふくよかな乳房ちぶさや白い肌とくびれた腰は女としての彼女の魅力を否応いやおうなしにボルドの目に焼き付ける。 

 彼の欲望が再び熱いたぎりとなってそそり立つのは、先ほど口にした滋養じよう食のせいばかりではなかった。


「まだまだイケそうだな」


 ニヤリとくちびるゆがめてそう言うとブリジットは、むさぼるようにボルドに口づけをした。

 情夫の務めは夜明け近くまで終わらなかった。

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