変貌

高山小石

変貌

 私は何度も繰り返した深呼吸をもう一度して、改めて横を向いた。


 間違いない。私の隣に、牛がいる。夫が寝ていた場所に、夫と同じパジャマを引っかけた、牛が寝ている。


 昨晩はいつも通りだった。違ったのは、夕食の前に「なんだかやたらと喉が渇くなぁ」と言って、夫が大量に水を飲んでいたことくらいだ。


 親友のアドバイスで、夫の会社には父が危篤だと電話した。これでしばらくは時間を稼ぐことができる。


「この牛が本当に旦那さんなのかが問題ね」


 家に来てくれた親友は「はい」「いいえ」を書いた紙を一枚ずつ作り、床に置いた。


「あなたは純子の旦那さんですか?」


 牛は「はい」に足を置いた。


「待ってよ。こんなの半分の確立でしょ?」


 カードに「どちらとも言えない」「知らない」を加えて、複雑な質問をすると、正解率は八十パーセントになった。


「一問でも間違うなら、夫じゃないわ」


「間違ったのは、眠くなったからじゃない?」


 親友の言うとおり、牛はもう寝始めている。


「夫なら、こんな時に寝ないわよ」


「牛の生活サイクルがあるんでしょ。初めは全問正解だったんだし、認めてあげなさいよ」


「いやよ。夫が冗談で牛を置いていったって考えたほうが普通じゃない」


「それ全然、普通じゃないし。だいたい、このパジャマ、後から着せるの無理じゃない? 着ていて、身体が膨らんだとしか思えない」


 親友を追い出して、精肉業者や牧場を調べていたら、あっという間に時間が経っていた。


 調べた限り、近所で失踪した牛はいないようだった。

 でも、このまま牛を家においておけないことも事実だ。


 私は、今晩にでも牛を引き取ってもらうことにした。

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変貌 高山小石 @takayama_koishi

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