ちょうどぴったり、ステキな変身
ましろい冬野
1:猫ヨボヨボ
日当たりの良い縁側の上に置かれた座布団。
その上で丸まっていたオレは、ヨロヨロと立ち上がった。
良い匂いがする。腹が減ったぜ。
25年も生きていると、足腰は弱るし耳は遠くなるし、目も見えづらくなる。
しかしいくつになっても、なぜか嗅覚だけは衰えない。
おいしそうな匂いがする台所へ向かってゆっくり歩く。
「お前ら、なんかうまいもの、食ってるだろ。オレにも食わせろ」
台所でうろついている人間に向かってそう言うと、でかい人間が何か言いながらオレの頭を撫でた。
目の前にプラスチックの小皿が置かれ、そこにクタッとした煮干しが乗せられる。
これが匂いの元だ。
こいつはうまそうだな。
そう判断したオレは、アジの煮干しをむしゃむしゃと食った。
こんなうまいもの、あとどれくらい食べられるだろう。
年老いたオレはきっと、今日か明日にでもお陀仏だ。
この世に未練はないが、ひとつだけ、ちょっとした心残りがあった。
できれば死ぬ前に、人間の言葉を喋ってみたい。
オレは25年間、この家の人間からうまいものを毎日もらった。
もしも人語が話せるなら、やつらに一言、礼でも言ってやろうかな、と思うのだ。
オレはなんていいやつなんだろう。
ま、どうせ無理だから言わないけど。
煮干しを食べ終えたオレは小便をするためにトイレへ向かった。
家の玄関先に砂を入れた容器がある。それがオレのトイレだ。
弱った足で玄関先は遠い。一歩一歩、トイレを目指して廊下を歩く。
くそっ、漏れたらどうすんだよ。
小便なのか大便なのかよくわからない悪態をついていると、突如、目の前にキラキラと光る小さな女が現れた。
「こんにちは! 長生きの猫さん」
白いワンピースを着た女の背中には羽がある。オレの半分もないほどの小さな体は、宙に浮いていた。
なるほど、こいつが噂の天使ってやつか。とうとうオレを迎えに来たのか。
オレが「よう。迎えはいいけど、先に小便をさせてくれ」と言うと、天使はにっこりと微笑んだ。
「お迎えはまだよ。今日は猫さんの、お願いを叶えに来ましたー!」
天使がどこからか小さな太鼓を取り出してドンドンと叩き、ラッパをパフーと鳴らした。
随分と陽気なやつだ。
「お願い? オレ、なんか頼んだっけ?」
「人間にお礼を言いたいって願ったでしょ? 天使は優しい猫さんのお願いに感動しました。だから叶えてあげますね」
「マジで!?」
「マジです! 少しの間だけ、猫さんを人間に変身させてあげます。やったね!」
「や、やったーって、え、マジでー!?」
「そーれ!」
天使がもう一度ラッパをパフーッと鳴らすと、オレは急激に眠くなった。
意識が遠のいていく。
そして目を覚ますと──。
* * *
「やだぁ! おじいちゃん漏らしてる!」
オレはベッドで寝ていた。すぐそばで人間の女が頬を膨らませ、オレのおむつを交換している。
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