空白

北海ハル

 恥の多い生涯だなんて、そんな大層なものは送っちゃいません。


 ただ努力をすることが嫌いで、何事も奮起せず、惰性で今までを送ってまいりました。


 中学校まで遡りましょうか。


 ○


 私は音楽が好きでした。


 小学生時分に、教科書の端に書かれたどこかの民謡を覚えてずっと歌っているほどには、好きでした。


 それがあったからか、小学校を卒業する頃には「吹奏楽」なるものに興味が惹かれました。


 好き好きとは、努力以前に心根から惹かれるものなのだと感じました。


 そうして中学校に入学しました。


 私は卓球部に入部しました。


 元々仲が良かった友人が卓球部への入部を決めていたこともあり、当時孤立を極端に恐れていた私は、知り合いがいない吹奏楽部を蹴って卓球部に入部しました。


 この時既に惰性、なあなあ、中途半端な私の心は生まれつつありました。


 入部してから三年間、私は清々しいまでの惰性ぶりでその日々を送ってまいりました。


 結果が残せずとも、体力が付かなくとも、団体戦のメンバーに私を差し置いて後輩が選ばれようとも


 何があっても、私は「底辺」と呼ばれる位置から動く事は、引退するまでついになかったのです。


 惰性なら辞めてしまえばいいと思うかもしれません。

 辞められませんでした。


 辞める相談を顧問にすることすら面倒くさく、更に部活動を続けなければ塾へ通わされるとも言われておりました。


 面倒なことこの上ありません。

 私は諦めて、365日、ほぼ休みの無い卓球部での無駄な三年間を送ることを受容しました。


 ○


 勉学においても同様に、私は何にも力を入れたくありませんでした。

 数学の証明だとか、理科の原子だとか、英語の三人称単数だとか、理解することも恐ろしく面倒でした。


 国語と社会だけは得意でした。

 しかし地理と歴史は苦手でした。得意なのは公民だけでした。


 元々理屈っぽくて本が好きだったのが高じて、国語と公民は勉強という勉強をしなくても、だいたい点数は取れたものです。


 他の教科に関しては、勉強するぞと意気込んだところで、好きでもなんでもないので全く頭に入ってきません。


 国語と公民は、だいたい八十点台を保持していたように思います。国語に関しては、一問落として百点を逃したことすらあります。確かあれは、形容詞と形容動詞を間違えたんだと思います。我ながら深読みしすぎだと、あのときばかりは本気で悔しかったんでしょう。


 逆に数学と理科に関しては、いっとき三十点台を叩き出した事があります。そこに危機感も焦燥も、何もありませんでした。

 ただ、この点数を見た親に怒られることだけが面倒だなと、それだけ思っていました。


 ○


 私には夢がありました。


 ゲームプログラマーになる事が夢でした。


 今にして思えば、きっとプログラミングよりも、プランナーやディレクターに憧れていたんだと思います。


 でも、まずはそこに触れる意味として、プログラマーを目指したのでしょう。


 私は担任に相談しました。


 高専と工業高校の選択肢があると教えられました。


 高専は非常に勉強が難しく、入学してからが本番であるが、レベルの高い専門的な知識が沢山身に付くと。


 工業高校は勉強はさておき、基礎的な専門知識は付けられると。


 私は工業高校を選びました。


 高専の入試を受けられるほど頭が良くなかったことと、工業高校であれば推薦を受けられることが決め手でした。


 受験だとか勉強だとか、そんなものが大層嫌いでしたので、推薦は私にとって非常にありがたいものでした。


 ○


 推薦入試当日


 面接だけとはいえ、私が狙う学科は毎年等倍以上の倍率を持つ人気の学科でしたので、それなりに緊張はしておりました。


 しかし、控え室に行ってみると、定員よりも数人少なかったのです。


 定員割れでした。


 面接はつつがなく終わり、その日は帰りました。


 学園祭を数日後に控える中、気が気でなかったように思います。

 そんなある日の放課後、担任に呼び出されました。


 入試の件だろうと腹を括って聞いてみれば、合格との事でした。

 この時は本心から喜びを感じました。

 そして同時に、この時気付いてしまったのです。




 努力など皆無の学校生活を送っていようと、楽をして次の段階へ進む事ができるのだと。




 翌日以降、私は友人から祝福の言葉と賞賛の言葉を頂きました。

 努力にまつわることなど、何もしていないのに。


 部活動の友人にも、沢山祝福してもらいました。

 惰性で三年間を送ってきただけなのに。


 家族にも、おめでとうと言ってもらいました。

 なあなあで過ごしてきた日々に与えられた、分不相応な結果だというのに。


 私の中で、何かドス黒く汚らしい、甘い蜜だけを啜って生きるもう一つの何かが生まれたのは、恐らくこの頃からだと思います。

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