サヨナラをキミに

あめいろ

第1話

これは、僕が"自分"を見つけるまでの物語だ。



小学生の頃に授業で将来の"ゆめ"を発表させられたことがあった。

子供が語る夢なんてものは、どれも突拍子もないものばかりで、どれも現実にはならない。子供ながらにそれは分かっていたし、だからこそ、ありふれた"ゆめ"を右にならえで発表したことを覚えている。なんとなく、子供が言いそうな、それっぽい夢を。

ただ、今でも一つだけ、覚えている"ゆめ"がある。それは自分が言ったものではなく、他の奴が言ったものだ。

ソイツは言った。



「僕の夢は世界を平和にすることです」



ソイツは苗字が渡邊だったから、発表が最後だった。最後だったから、目立とうとして言ったと思っていた。ただ、印象に残った理由はそんな理由ではない。

ソイツは続けて言った。

「この世界には、学校に通いたくても通えない子や、生きたくても、病気で生きられない子がたくさんいます。僕に何が出来るかは分からないけど、僕はその子たちの願いを叶えられる人になりたいです。あ、間違えました。そんな人に僕はなります。誰もが普通に生きられる、そんな平和な世界を僕が作ります」

漫画の読み過ぎだと思った。もしくは、先生や親に褒められたいのか。でも、ソイツの目は真剣そのものだった。言っていることと、表情が矛盾していると思った。

僕は子供の頃から"ゆめ"なんて見たことはなかった。

普通に学校へ行き、普通に会社に入って、普通に結婚して、普通に家族に看取られながら最期を迎える。それが現実、それが人生だと思っていたから。

だから、目の前で"ゆめ"を語るソイツが、どこか違和感でこの世界の法則に反しているとすら思えた。

お前も他の奴らと同じで"フツウ"のレールを走ってるのに、何を言っているのだと。

それまで、ろくにソイツと遊んだこともなかったが、僕はそのとき、ソイツとは距離を置こうと子供ながらに思ったのを覚えている。

よく分からない奴は、なんか嫌いだったから。


それから時は過ぎて、僕らは中学生になった。小学生の頃の夢なんてものを語る奴は、当たり前だがいなくて、みんな部活に勉強に恋愛にイジメと忙しく毎日を生きていた。

なんとなく、大人になった気で背伸びをしていたように思う。行動範囲が広がり、見える世界が広がり、なんでも知ったような気でいた。

そして、そんな変わりゆく仲間たちの変化についていくことに、毎日必死だった。

あくる日、あるクラスメートがいつものように虐めている子の体操服を隠した。その虐められている子は困り顔で「もう〜、どこに隠したんだよ〜」とおどけたように言うが、誰も隠し場所を伝えたりはしない。僕含め、それが日常だったから誰も何も言わなかった。そういう"ノリ"だった。

でも、ソイツは違った。

「おかしいだろ、こんなん」

その光景を見たソイツは激昂していた。

いやおかしいのはお前だろ、と思ったけど、口には出来なかった。それを言うことも"おかしい"ことだったから。

ちなみにソイツは隣のクラスだった。よく来れたなホント。

ソイツは話を続ける。

「何で誰も助けねーんだよ!何でクラスメートが困ってんの見て笑えるんだよ!見て見ぬフリ出来るんだよ!みんなどんな気持ちなんだよ今!」

問いかけに答える者はいなかった。

僕は逆に聞きたかった。

お前はどんな気持ちで、そんなことが言えてんだよ、と。

お前もこの学校という小さな箱のなかで、お前が言うおかしい奴らと一緒に生活してるだろ。

何で、お前はおかしくならない?

それとも、偽善者ぶってヒーロー気取りの正真正銘の頭の"おかしい"奴なのかお前は。

そんなことでしか自尊心を保てない奴なのかお前は。

問いたかった。

所狭しと学生服に身を包んだ大人もどきが集うにも関わらず、静寂に包まれたこの教室で、ソイツに問いたかった。

ただ、普通に生きる自分が、そんなことをする筈もなく、なんとなく月日は巡ることとなる。


僕とソイツが次に会ったのは、高校生になってからだった。

ソイツは中学の頃、そこまで成績が良い方では無かったけど、中3のときに頑張って勉強したのか、市内で1番偏差値の高い進学校に通っていた。当然ながら僕はそんな進学校に進むようなヤル気も無く、別の高校に通っていた。

僕の地元は日本一の神社があることで有名だった。何が日本一なのかも分からないが、とりあえず凄いらしい。なので、曲がりなりにも観光地であり、長期休暇にはよく人が集まっていた。

僕もその例外ではなく、高二の夏休みに神宮近くのお土産屋を家族と訪れていた。

そんな折に、ソイツと再会してしまった。

ソイツは高校で出来たであろう可愛い彼女と共にいた。

何故だか途方もない人間としての差を見せつけられた気がした。

「お、宮田じゃん!」

そして、ソイツは僕を見つけるや、平然と声をかけ、彼女そっちのけで近づいてきた。

「久しぶり!なんかデカくなったなお前!あれ?宮田だよな?違う?」

「.....いや合ってるよ」

「だよな!良かった!」

子供っぽく、はにかむソイツが自分とは違う生き物のように見えた。

「あ、すいません。ご無沙汰してます、渡邊です」

僕の両親の存在にも気付いたようで、ぺこりとソイツは頭を下げた。

ソイツの小学生の頃しか知らない母親が驚いたような目でソイツをじっと見つめる。

「渡邊って、あの渡邊くん?涼太と小中同じやった?」

「そーです。いや〜、まさかお母様に覚えて貰えているとは」

「やだ、お母様って」

母親が関西独特の甲高い笑い声を上げながら、父の背中を叩く。

ちなみに涼太は僕の名前だ。宮田涼太、どこにでもいるような普通の名前。

「小学生の頃は、ようウチに来て遊んどったよねー」

言いながら母親が関西の笑いを繰り返す。

「いや〜、その節はどうも」

「いやいや、そんなことないよ。また、いつでも来てね」

「はい」

よくある社交辞令だ。

ソイツ......渡邊が僕の方に向き直る。

「久しぶりだし、ちょっと喋らね?」


「いや〜、ホント久々だな。元気してたか?」

「まー.....それなりには」

家族と離れた後、人混みの中をあてもなく、渡邊と並んで歩く。

「部活とかやってんの?」

「いや.....今は、やってない」

「バイトは?」

「ウチの高校、基本禁止なんだよね」

「そっかー」

大して中身のない世間話だ。

でも、どこか居心地が悪かった。

僕は話題を変えることにした。

「てか、彼女さん?は置いてきて良かったわけ?」

「え?」

渡邊が間の抜けた表情になる。

「は?」

つられて僕も同じ顔になる。

2人の間にしばしの沈黙が流れる。

「いやだから、さっき、お前と一緒にいた.....」

僕がなんとか絞り出した言葉を聞くと、何かに気付いたのか渡邊が笑い出した。ウチの母親とは違い、軽やかで心地よい笑い方だ。

「ど、どーしたんだよ?」

僕が訝しんで尋ねると、渡邊は笑い過ぎて溢れ出した涙を拭いながら答えた。

「あー、いや、サキは彼女じゃねーよ」

サキとは、一緒にいた女の子の名前だろう。

「あ、違うんだ」

「違う違う。ただの友達。フレンド。レベッカ」

「面白くないからな」

「え、マジで?」

本気で驚いたような表情をする渡邊に、僕は逆に笑ってしまった。

何故だか渡邊の普通な一面を見れたような気がして、嬉しかったのかもしれない。

「でも、ほっといていいのか?」

「まー大丈夫だろ。後でアイスでも買って、下がった好感度上げとくよ」

「いやモノで釣るなよ」

渡邊があどけなく笑う。昔から変わってない無邪気な笑顔だ。ときに怒り、ときに真剣な表情に変わっても、昔から子供のように笑う奴だった。

「ま、あんま遅くなっても報復が怖いから、そろそろ行くわ」

「どんな関係なんだよお前ら」

またな、と手を振りながら去っていく渡邊を見送りながら、何でコイツは今日、僕に話しかけたのだろうと思った。

僕らは昔から特別仲が良かったわけではない。何回かクラスが同じになっただけの、薄っぺらい関係だった。部活が違えば、クラスでのグループも違った。たまに友達の友達繋がりで遊ぶ程度の関係だった。高校では離れて、それっきりの関係になるような仲の筈だった。

少なくとも、僕はそう思っていた。なんせ極力避けるようにしていたくらいなのだから。

アイツにとっては違ったのだろうか。

アイツにとっては、僕は離れようとも、話しかけるに値する奴だったのだろうか。

アイツは昔から"おかしい"奴だった。僕らのような普通な奴ではなかった。

もしかして、僕らとは見ている世界が違ったのだろうか?僕らが当たり前と思っていた現実は、アイツにとっては当たり前なんかじゃなくて、違うフィルターを通して現実を見ていたのだろうか。

みんなが作った常識というフィルターではなく、自分で作った信念というフィルターを通して、アイツは世界を見ていたのではなかろうか?

考えたところで、アイツの頭の中が分かるわけじゃない。これは答えが出ない問いだ。

疑問は残るものの、もう会うことのない奴の思考を推し測っても仕方ない。

僕はアイツについて考えることを辞めた。

そして、僕の予想通り、それ以降、渡邊に会うことは無かった。

 


アイツはこの世から、いなくなっていたから。



僕がそのことを知ったのは、社会に出てからだった。小中の同級生から風の噂で聞いたのだ。

渡邊は大学に進学後、発展途上国で難民に対してのボランティア活動を行なっていたらしい。その際、紛争に巻き込まれ命を落としたのだとか。

あっけない最期だ。でも、最期までアイツらしいなと思った。

アイツは一本の筋を通していたと思うから。

子供の頃に掲げた"ゆめ"を夢で終わらせず、現実にしようとしていた。きっと、普通では出来ない。

現実を見て、それが当たり前と思っている自分達では、到底出来ない生き方だった。

でも、アイツの夢は叶わなかった。側から見たら、もったいない生き方だった。夢なんて掲げなければ、夢なんて追わなければ、もっと長生き出来ていただろう。大切な人もいた筈だ。その人と、もっと長く過ごせただろう。

夢を追うことは幸せなのか?

普通に生きることは幸せじゃないのか?

正解なんて、誰も持っていないし、自分で見つける他ない。

育ってきた環境の中で身につけた価値観をフル稼働して、答えだと思われるものを自分で決めるしかないのだ。

では、僕はどうなのだろう?

僕にとっての、価値観とは、答えとは何なのだろう?

僕はずっと右にならえで生きていた。それが普通だと思っていた。でも、そうじゃない生き方も知ってしまった。

僕は、自分で自分が分からなくなった。



僕はどう生きたいのだろう?



僕はアイツが亡くなったと聞いてから、数ヶ月後、程なくして会社を辞めた。

やりたいことなんて、何も無かった。でも少なくとも、目の前に僕のやりたいことはなかった。

でも、普通になんとなく生きていただけの自分には正解を探す為の知識も方法も持ち合わせてはいなかった。

僕が知っていたのは、信念を持って生きようとしていたアイツの生き方だけだった。

あるとき、何の因果か僕はアイツが参加していたボランティア団体のサイトを見ていた。

そして、そこで見覚えのある女の子の写真を見つけてしまった。その女の子の写真の下には名前が書いてあった。

黒崎由奈。

それは、高校生のとき、アイツと一緒にいたあの女の子だった。


そして、その名前は、中学のとき、僕らのクラスで虐められていた女の子の名前でもあった。





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