婚活サイトから始まるフシギなJKとの時限恋

なっくる@【愛娘配信】書籍化

第1話

Chapter1 邂逅


 検索条件を飲み込んだ婚活アプリが、数百件の検索結果を返す。


 画面をスライドすると、きらめくように流れていく女性たちのキメ顔。


 なんかぴんと来ない。


 ため息を一つ、コタツ机の上に転がっている水晶玉を指先でもてあそぶ。

 ネックレスに加工されたコイツは、小さな神社の神主をしていた曽祖父から貰ったお守り。

 俺を守ってくれる霊験あらたかなシロモノらしい。

 実際に色々と俺を守ってくれているが……生涯の伴侶だけはサポート外らしい。


 そこ大事でしょうよ……。


 その時、アプリの画面にぴこん、と軽快な音を立ててポップアップアイコンが表示される。


 おっ……この婚活アプリでは、登録間もないユーザー同士の相性をAIで判定し、オススメとして出してくれる機能がある。


 んん……?


 表示された女性のプロフィールに思わず眉をひそめる俺。


 名前は蒼 (あお)……変わった名前だ (ちなみに、苗字はマッチングしないと分からない)


 年齢は27歳……俺の希望にぴったり。


 だが気なったのは、画面に映し出された顔写真で……。


 普通、こういうアプリでは笑顔の写真を載せるのが普通だ。

 だがこの女性は……。


 


 大きな目に可愛らしい顔立ち……27歳にしては童顔だ。


 笑えば可愛いだろうに、ハの字にゆがむ眉毛と合わせ、なにか不機嫌そう……いや、緊張しているのか?


 という子供っぽい髪形は、確かに似合っているのだが、20代後半の社会人女性がするには幼すぎる。


 極めつけは一言コメントだ。



【3か月以内の入籍希望!! 絶対1年以内に子供が欲しいです!!!】



 うおお、居並ぶ「!」に圧倒されてしまった。


 このコメントは効果な気がするぞ。


 今月分の「いいね! ポイント」が余っていた俺は、ダメもとで「いいね!」ボタンをタップする。

 俺はそのほか数人に「いいね!」を送ると……ベッドに寝転び眠りについた。



 ***  ***



 目をこすりながらスマホのロックを解除した瞬間、一気に目が覚める。


 アプリのアイコンに、「いいね!」の返信を示す星マークが踊っている。

 俺の目に飛び込んで来たのは、最初に「いいね!」した女性、蒼さんからのメッセージだった。


 ”こんばんは! 「いいね!」ありがとうございますっ!”

 ”あたしの名前は、凰河 蒼(おうが あお)っていいます”

 ”良かったら、明日会いませんか? たぶん住んでるところ近いですよね!”

 ”お返事待ってま~す♪”


 ……って、いきなり今日会うの!?


 こういうアプリには一定数”悪徳業者”が潜んでるというし……。

 口ではそう言いながらも、俺はいそいそと洗面所に行き顔を洗い、無精ひげをそる。


 朝食のトーストをかじりながら、中央駅近くのランチを探す。

 何コイツちょろいなとか言わないで欲しい。

 多少舞い上がるのは仕方ないじゃないか……。


 婚活アプリのチャット機能で、彼女にお礼のメッセージと、自分のラインIDを送る。

 ほどなくして返信が返され、ラインのフレンドに彼女……凰河 蒼が登録される。


 ***  ***



「あはは、お兄さん面白いですねっ!」


 初デートで話そうと暖めていた渾身のネタに、手を叩いて笑ってくれる蒼さん。


 蒼さんは最初落ち着かない様子で緊張していたものの、お互い年齢が近いという事もあり、すぐに打ち解けた雰囲気になる。


 歳は1つ下のはずだが、俺の事を「お兄さん」と呼ぶ彼女。

 ぱっちりとした目に、柔らかな輪郭を描く頬……アプリの写真より、さらに童顔に見える。。


 ……先ほどから気になっているんだけど、彼女が笑うたびに三角の髪留めがピコピコと動いている。


 情報番組でそういうアクセサリー (アレはウサギ耳だったかも)を見た気はするが、こういうフォーマルな場で付けるようなモノじゃなかった気がするので、どうしても気になってしまう。


 その後もトークは盛り上がり……お互い好きな音楽の話になる。

 彼女の反応に微妙な違和感を感じたのはその時だった。


「も~、お兄さんけっこう好きですよね!」

「クラスでもマセた子が聞いてましたよ」


 ……ん?


 大学時代に俺らの世代で流行ったロックバンド……懐メロと言うには新しいと思うんだけど……。


 学生時代の感覚を持ち続けることが、若さをキープする秘訣なのかもな。

 気が付くと、楽しい時間はあっという間に過ぎ去り……。


 初回デートは長すぎない方がいいだろう。

 トークもいい感じだったし……2回目のデートは水族館あたりで。


 中央駅へ続く歩道を歩きながら、頭をフル回転させる……こんなに集中しているのは大学受験以来かもしれない。


 と、蒼さんが俺のジャケットの袖をくいくいっと引っ張る。


「ん、お兄さん……キャンディ食べます?」


 にへらっ、という感じで笑みを浮かべた蒼さんが、封を開けたばかりのキャンディを俺に差し出してくる。


 可愛い……思わずその笑顔に見とれた俺は、ありがたく一粒頂くと口の中に放り込む。


 ふわりとグレープのフレーバーが口いっぱいに広がる。


 きらり……その瞬間、彼女の瞳が


「えへ、お兄さん……こっち行こう?」


 ぽうっ……頭の中がモヤがかかったようにぼーっとする……。


 俺は彼女に手を引かれるまま、駅前繁華街に続く交差点を左に曲がる。

 やけにピンクなネオンが輝く建物に入り……。


 あれ、ここってラブホ?


 部屋に入り鍵をかけ……ぽふんと回転ベッドに座らされた瞬間、一気に意識が覚醒する。


「え!? もうに戻ったの……ウソ!」


 目の前で水色のブルゾンを脱ごうとしていた彼女が驚きに目を見開く。


 なんだよアンタ薬でも盛ったのかよ……そう抗議しようとするが、まだ口は満足に回らなく……。


「ゴメンお兄さん……あたしには時間が無いの……」

「気にすることは無いから、今夜だけ……」


 ふぁさ……彼女のスカートが床に落ちる……そのまま彼女の手がベッドに座り込む俺の肩に掛かり……。


 って、ちょっと待てって!


 婚活アプリで出会って初日にベッドインとかありえないだろ!?


 わずかに動いた右手は、彼女の肩にかけられたままだったショルダーバッグに当たり……。


 ぱさっ……


 僅かに開いたジッパーの隙間から、一冊の手帳のようなものがこぼれ落ちる。

 ベッドに落ちた拍子に開いたページに見えたのは……。


 ******

 私立若葉丘高等学校 2年B組

 凰河 蒼

 生年月日:2004年3月21日

 ******


 彼女の名前が書かれた学生証で……。

 高校生で17歳!?


 驚きの声を上げる俺とバツの悪そうな顔をする蒼……俺と彼女の出会いは、”出会って2時間でラブホしかも年齢詐称”という、最悪なモノだった。




Chapter2 説得


 やってしまった……という様子で顔を覆う彼女……凰河 蒼 (おうが あお)。

 婚活アプリで出会った27歳女性は、実は17歳女子高生だった。


 どうやって登録審査をクリアしたのか分からないけど、このことが露見すれば業者だけじゃなくご両親や学校に迷惑がかかる。


「あぅ……ごめんよう……お兄さんいい人そうだったから……」


 俺が本気で叱っていることを察したのか、一気に涙目になる蒼。


 ふぅ……少し強く言いすぎたかもしれない。


 こんな行動に出る高校生なんて、何か事情があるんだろうか?


 ぽろぽろと涙をこぼす彼女に罪悪感が芽生えた俺は、彼女の話を聞いてみることにしたのだった。



 ***  ***



「はふぅ……落ち着いたぁ」


 俺の入れたお茶と、冷蔵庫から取り出したドーナツ (有料)をぱくぱくと平らげた蒼は、満足の吐息を漏らしている。


 「あっ、それよりも」


 彼女は湯飲みをテーブルに置くと速やかに土下座体制に移行する。


「本当にごめんなさい!」

「あたし、1月前に”コレ”が分かって凄く動転しちゃって……」


「本当にごめんなさい! あたし……どんな罰でも受けるから……誰にも言わないし」

「だから、もし一発するなら……」


 ビシッ!


「ぴいっ!?」


 最初は殊勝に謝っているかと思ったら、いきなりとんでもないことを言いだした彼女の脳天を思わずチョップしてしまう。


 謎の悲鳴を上げた蒼は、頭を抑えながら涙目で抗議を試みる。


「ええっ!? 今の流れでチョップしますか!」

「ケンコーなアラサー男子ならこの流れですっきり後腐れなくオシマイだと思ったのに……!」


 俺は蒼をベッドの上に正座させると、説教兼事情聴取を開始した。



 ***  ***



「ずびぃ……脚がしびれたぁ……」


 事情聴取を終えた蒼は、涙目でテーブルに備え付けられた椅子に座り、むくんだふくらはぎをマッサージしている。


 彼女の事情は簡単に言えばこうだ。


 1か月前、ごく普通の高校生活を送っていた蒼にが見つかる。

 治療は海外で行うしかなく、治療に入れるまで1年待ちで……無事に戻ってこれる可能性は小さい。

 だから、素敵な男性とが欲しい。


 血色がよく健康そのものに見える彼女が不治の病ねぇ……にわかには信じられない。


 もうすぐ部屋の時間が過ぎる……このまま部屋代を立て替えて帰すのが普通の対応だが……。


 妙に彼女の事が引っ掛かる……ふと、身に着けている水晶玉がじんわりと熱を持っていることに気づく。

 これも”縁”か……ちらりと曽祖父の顔が脳裏に浮かぶ。

 覚悟を決めた俺は、静かに蒼に申し出る。


 目を真ん丸に見開いて驚きを表す彼女。


 俺は、自分の一年間を彼女にプレゼントすることに決めた。




Chapter3 享楽




 俺たちの”思い出作り”が始まる……GWの制服デートに続いて7月。


「海だ~っ! やっほ~!!」


 水着姿になった蒼がサメさん浮き輪を持って砂浜に駆け出していく。

 夏休みに突入した蒼を連れ、俺たちは海水浴に繰り出していた。


 彼女の好きな赤をベースカラーにしたビキニタイプの水着……17歳としても童顔な彼女のイメージ通り、スレンダーな体躯は……これぐらいが健康的でよいと思う、うん。


 俺たちの住んでいる街は海から遠いので、今日は俺のクルマでやって来た。


 ドライブデートとか、本当の恋人同士みたいだな……波打ち際ではしゃぐ蒼を微笑ましい気持ちで見守る俺。


「お~い、お兄さん! 泳ぎで勝負しよ!」


 蒼の挑発に乗った俺は、一気に海に飛び込んだ。



 マジか……コイツ、速い……。


「あははは! あおちゃんの勝ちぃ~!」


 沖のテトラポットまで勝負だ!


 しょせん相手は小娘……余裕をもって勝つはずだったのだが。

 俺の全力クロールは彼女の平泳ぎに追いつくことが出来ず……。


「お兄さんもなかなかだったケド、あたしのこの鍛え抜かれた肉体には敵いませんよ~」


 海面から突き出たテトラポットの脚に座りながら、ぐっと力こぶを作る蒼。


「それじゃ、約束通りかき氷おごりね! あたしブルーハワイで…………あいたっ!」


 ふふん、と得意げに胸をそらす蒼だが、その勢いでテトラポットの上に載せていた右脚が滑り……貝殻か何かで足の裏を切ってしまったようだ。


 大丈夫か? 俺は声をかけてキズの様子を見ようとしたのだが。


「っ……へへっ、こんなのかすり傷だよっ! え~いっ! 海で消毒だ~!」


 彼女は傷口を押さえると、立ち上がり海にダイブする。

 そのまま砂浜に向かって泳いで行ってしまった。


 やれやれ……かぶりを振った俺の目に、さっきまで蒼が座っていたテトラポットの脚が目に入る。


 ……ん?


 切り傷が出来ていたはずなのに、……よほど軽い傷だったのか?


 おっと、早く戻ってかき氷を買ってやらないと。


 その時生じた僅かな疑問など、俺はすぐに忘れてしまった。



 ***  ***


 デートを重ねた夏休みが過ぎ去り、季節は秋。

 俺たちは近くの神社で催される秋祭りに来ていた。


「へへっ、お兄さん、おまた~♪」


 カランコロン……軽快な下駄の音ともに現れたのは、浴衣姿の蒼だ。


 夕日のせいだけではなく、頬を赤く染めてはにかむ蒼に思わず見とれてしまう。

 彼女のリクエストに合わせ、こちらも紺の甚平姿だ。


 焼きそばやフランクフルト……りんご飴のいい匂いがここまで漂ってくる。


 ぐぅ……思わず腹が鳴ってしまう……しゃーない、なんでも奢ってやるぞ。


「マジでっ!? お兄さん大好き! 早く行こっ!」


 俺の手を引き駆けだす蒼。

 弾ける蒼の笑顔に頬を緩ませつつ、俺たちは屋台村へと突撃した。



 なかなかいい場所が取れたな……この秋祭りでは、最後に季節外れの花火大会が行われる。


 限定スイーツの屋台に並んでいる蒼といったん分かれ、俺は花火大会の場所取りに来ていた。


 さて、これでいいか……そろそろスイーツも買えただろう。


 彼女を迎えに行かないと……俺は観客席となっている河川敷を離れ、神社の参道の方へ戻るのだが……。



「へぇ~、カワイイじゃん! ねーちゃん今一人?」


「ちょっ……カレシと来てるんでやめてもらえます?」


 両手にパフェを持った蒼が、ガラの悪いヤンキーに絡まれている。

 たちの悪いナンパか……アイツ可愛いもんなぁ……。


 とりあえずやり過ぎないように収めますか。


「おいおいマサ、コイツガキっぽい髪形してるけど、外して髪下ろせば結構美人系じゃね? オレかなり好みだわ」


 好き勝手なことを言いながら蒼の頭に手を伸ばすヤンキー。


 このクソガキ……俺はすっと背後に立つと、ヤンキーの腕を取り、ぐっと後ろ手にねじり上げると一気に地面に押し倒す。


 これ以上ヤンチャが過ぎると、もっと痛い目に合ってもらうぞ?


 あえて冷たい声で言い放つと、ヘタレたヤンキーは捨て台詞と共に逃げて行った……雑魚っ。


「ふみっ……お兄さん!」


 突然の大捕り物にびっくりしたのか、謎の声を上げながら涙目でこちらを見る蒼。


 まったく……蒼は可愛いんだから気をつけろよ。


 思わず漏れた心配の言葉に、蒼の顔が真っ赤に染まる。


「あぅ……お兄さん、可愛いって……」


 しまった……恥ずかしいことを言ってしまった……あうあうと口をぱくぱくさせる彼女の様子に急に恥ずかしくなった俺は、誤魔化すように彼女の頭をポンポンする。


 その度に蒼のが手のひらに当たる。

 ん? なんか違和感があるような……。


「はいっ! 限定ジャンボパフェ、お兄さんの分!」


 頬を真っ赤に染めた笑顔でどでかいパフェを手渡してくれる蒼の様子に、細かいことはどうでもよくなったのだった。



 腹に響く音と共に、二つ、三つと大輪の花が夜空に咲いていく。


「えへっ、お兄さん。 さっきは守ってくれてありがとっ」

「すごく……すごくカッコよかった」


 花火の光に照らされ、涙で潤んだ彼女の瞳がきらめく。


「あたし、たった1年間だったとしても……たくさんもらった思い出、絶対絶対忘れないよ!」


 蒼はそう言うと、すっと目を閉じる。


 一瞬、おでこにキスしようか迷う。

 だが、きらりと目尻に光った涙が見え……思い直した俺は、彼女にできるだけ大切な思い出を感じて欲しくて。


 桜色の唇に、そっと自分の唇を重ねた。

 その瞬間、夜空に咲いた赤と青の煌めく光が、俺たちを優しく照らした。



 ***  ***



 そしてさらに季節は巡り……全く変わらない彼女の様子に、出会ったときに蒼が語った病気の事など、ウソだと思うようになっていた。


 だが、残酷な運命は突然牙を剥く。


 3月21日……彼女の誕生日であり、記念すべき卒業式の日にそれは始まる。




Chapter4 別離


「えへへ、あたし……ちゃんと卒業できたよ!」


 卒業おめでとう……万感の思いでかけた言葉に、彼女はにっこりと微笑むのだった。


 今日は彼女の卒業式であり、18回目の誕生日……そして明日3月22日は、彼女に出会ってちょうど1年になる記念日だ。


 俺は今日と明日有休を取り、万全の体勢で挑む……1年間”思い出作り”を続けてきた彼女へ、本当の気持ちを伝えるために。


「……それじゃあ、いこっか!」


 新しく駅前にできた高層ビルの展望台で食事をして夜景を見る……蒼は楽しんでくれているようだが、時折憂い気な表情を浮かべる。


 ふと、初めて会った日……ラブホテルの一室で彼女から聞いた”事情”が脳裏によみがえる。


 もし俺の推測が当たっていたのなら……彼女と思い出作りをする中で、いくつか感じた違和感は、急速に一つの可能性へと頭の中で収束していく。


「…………」


 展望台から降りて、中央駅へ向かう道中……ずっと何かを思い詰めたように蒼は無言だった。

 駅に着くと、電車の方向は別なので彼女と別れなくてはいけない。


 その選択は永遠の別れ……その予感があった俺は、彼女を引き留めようと……が、それより先に彼女が口を開く。


「えへ、お兄さん……こっち行こう?」


 1年前と同じセリフ。


 彼女は俺のジャケットの袖を引っ張ると、駅前繁華街に続く交差点を左に曲がる。


 やけにピンクなネオンが輝く建物が目に入り……。

 1年前と同じシチュエーション。


「あ……」


 その時、蒼が息を飲む音が聞こえた。


 目の前を歩いていたのは、幸せそうなカップル。

 プロポーズを受けたのか、女性の左手薬指には男性からプレゼントされたであろう指輪が嵌っている。


「……そうだよね、あたしの”事情”でお兄さんのミライを縛るなんて……できっこないよね」


 ささやくように吐きだされた彼女の小さな諦めのセリフ。

 俺はその声を聞き逃さなかった。


 ふぅ……”決まり”か。


 俺は大きく息を吐くと、カバンから小さな包みを取り出し……あえて明るい調子で彼女に告げる。



『なあ、その”角”……この季節はまだ寒いだろ? ぴったりの角カバーを探してきたから、誕生日プレゼントとして蒼にやるわ』



 ぽん、とプレゼントの包みを蒼の手のひらに載せる。

 彼女の反応は劇的だった。


「ぴえええええええええっ!?」


「なんで……なんでお兄さんこれが”角”に見えんのぉ!?」


 先ほどまでの湿っぽい雰囲気はどこへやら……頭の”髪留め”に手をやりながら、声の限りに叫ぶ蒼。



『いやなんでって……蒼って鬼の一族なんだろ?』



「えええええええええっ!? あたしが鬼ってバレてるうううっ!?」


 更に驚きの声を上げる蒼。

 マズい……あまりに突拍子もないことを言う蒼に、通行人が注目し始めたぞ……どこかゆっくり話せる場所は!


「ぴいっ!?」


 仕方がない……俺は蒼の手を引くと、間近にあったラブホテルへと飛び込んだ。



 ***  ***



「ふぅ……お兄さん、なんであたしが鬼の一族だとわかったの?」


 そうだな、まずは俺の事情から説明する必要がありそうだ。


 蒼との”思い出作り”の中で感じた違和感がどうしても気になった俺は、廃止された曽祖父の神社が”鬼”を祭っていたと小さい頃に聞かされたことを思い出す。


 正月に帰省した俺は、祖父の協力も得ながら”鬼”について調査を始める……俺が感じた違和感と集めた情報が導き出した答えは……という推測だった。


 数はごく少ないが、人間社会に溶け込んで暮らす”鬼”がいたという事実も。



「ふええ……結構前からバレバレだったってコト?」


 年が明けてからもスキーにバレンタイン……思い出作りは続いていたのだ……そんな前からバレていたなんて……頭を抱える蒼。


 その拍子に”角”がピコピコと動いている。


 俺だって確証があったわけじゃなくて……なかなか言い出せなかったんだ。


 さて、今度は蒼の番だ。

 本当の事情を聞かせてくれないか……?


 俺の言葉に頷いた蒼は、ゆっくりと彼女の事情を教えてくれた。



 1年1か月前、突如”角”が生え、鬼としての意識が芽生えた蒼……慌てて後見人である育ての親に連絡を取ったところ……。

 彼女は鬼の一族の最後の生き残りであり、鬼と人間の間に生まれたハーフである……18歳までに鬼の意識が目覚めなければ、人間として生きていけたこと。

 意識が目覚めた場合、一族の子を成すことが出来るが、代償としてあと1年余り……18歳の誕生日翌日に消えてしまうこと。

 育ての親からは、鬼の一族を残すことに縛られなくてよい……せめて残り1年を楽しんで……涙ながらにそう言われたと。



 事情を話し終えた蒼の両目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。

 彼女は、涙に濡れた顔を上げ、ゆっくりと話し始める。


「お兄さんにはたくさんの大切な思い出を貰った……本当に感謝してる」

「だからね、さっきはお兄さんを縛ってしまうんじゃないかと諦めかけたけど……」

「あたしの最期のわがままなお願い……」


 そこまで言うと言葉を切り……彼女は決意を込めた表情でこう続けた。


「あたしに、”ミライへ繋がる子供”をください……お兄さん」


 彼女の切なる願いに、俺は両眼を閉じ……ゆっくりと10秒あまり考える。

 出した答えは……。



『……嫌だ!』



 俺の答えに、大きく目を見開く蒼。


「そうだよね、こんな身勝手な願いなんて……」


 彼女が諦めの言葉を口にしかけるが、それに覆いかぶせるように俺は宣言する



『俺は、ここであきらめるのが嫌と言ったんだ!』

『子供を作る代償に愛する人が消えてしまうなんて、絶対に認めない!』

『まだ時間はある……あがくんだ蒼! 俺は1年間を君に渡したんだ……1日くらい俺にくれてもいいだろ?』



「ぴいっ!? ふえっ……”愛する”って!?」


 俺は盛大に混乱する蒼の手を引くと、ラブホテルの部屋を出て走り出す。

 可能性をミライに続けるために。




Chapter5 共有


「あうぅ……あのタイミングで”愛する人”って反則だってば……」


 一連の流れのまま、家に寄る暇もなく移動しているので、俺はスーツ姿、蒼は制服姿のままだ。


 ラブホテルの部屋を出た後、駅前のコインパーキングにクルマを止めていた俺は、蒼を助手席に押し込んで出発したというわけだ。


「ねえお兄さん、どこまで行くの?」


 どこか吹っ切れた表情で聞いてくる蒼。


 クルマは一般道から高速道路に乗る……目指す先は俺の故郷……曽祖父が管理していた神社の跡地である。



 ***  ***



 クルマを走らせること数時間……もうすぐ日付が変わる。

 俺たちは、とある大きな公園の入り口に立っていた。


「あ……あんなところに鳥居が……」


 公園の片隅にひっそりと存在する神社の跡……撤去されなかった鳥居と、ちいさな祠だけが、かつてそこに小さな神社があったことを今に伝えている。


「なにか、不思議な感じがする……」


 俺は彼女の手を取ると、ゆっくりと神社のいわれを説明する。


 俺の曽祖父は小さな神社の神主で……その神社では、ご神体として鬼を祀っていたらしい。


 何百年も昔、鬼はいまよりずっと身近な存在で……人間に害をなす悪い鬼も多かった。

 ご先祖様は、鬼を祭ると同時に悪い鬼の退治もしていたそうだ。


 その時に使っていた神具が……この水晶玉。


 俺はいつも身に着けているネックレスを外し、水晶玉を蒼の目の前にぶら下げる。


 神具についての古文書によると……善なる鬼には生命力を分け与え村の発展を祈願し……悪なる鬼は滅する。


 水晶が赤く煌めく時、目の前の鬼は



『つまり……この水晶玉を使えば蒼……君を救うことが出来るはずだ。 



「っっ……!」


 蒼が息を飲む音が聞こえた……大きな瞳にみるみる涙が溜まり……。


「ダメダメ! そんなのダメだってば!」

「アナタの……お兄さんの寿命が減っちゃう!」

「あたしは大事なものをたくさんもらった! もうこれ以上貰えないよぉ!!」


 予想通り、髪を振り乱し拒絶する蒼。


 俺の事を考えてくれている彼女を愛しく思いながらも、俺の心は決まっていた。


 むにっ……彼女のやわらかな頬を両手のひらで挟み込み、涙に濡れる赤い目をまっすぐにのぞき込む。



『嫌だ! もう決めたんだ……これが、俺からの誕生日プレゼントだ、蒼!』



 愛しいという感情が身体じゅうを駆け巡る……その勢いのまま、俺は蒼に口づける。


「ん! むぅ……」


 もじもじと体をよじって抵抗する蒼だが、俺は絶対に離さない!


 右手に握った水晶玉がだんだんと熱を帯び、赤く輝き始める。

 じわり……なにか温かいものが蒼の方に流れていくのを感じる。


 抵抗をあきらめたのか、蒼の身体からすっと力が抜け、俺のキスを受け入れる。


 どれくらいそうしていただろうか……水晶玉から熱が消えたことを確認し、俺は彼女から唇を離す。


「ずるい……ずるいよ……お兄さんは本当にずるいよ……」


 流れ落ちる涙に彼女の頬が濡れている。

 最初は尖っていた彼女の唇が、やがて三日月の形を取り……。


「でも……でも……でも……大好きっ!」


 満面の笑みを浮かべた蒼は、感極まったように抱きついてくるのだった。



 ***  ***



 月明かりに照らされながら、公園の入り口に向かって歩く俺たち。


 お互いの手は固く握られている。


「コレって結局どうなったのかな? お兄さんの寿命をあたしが分けてもらったってこと?」



『ふたりの寿命を足しで2で割った感じじゃない? よく分かんないけど』

『どっちにしろ、俺は140ってひい爺ちゃん言ってたから、半分に割ってもまあ平均だろ?』



「……ぷっ、なにそれ~」


 大真面目な顔で言った俺の言葉にぷっと吹き出す蒼。



『そういえば蒼は18歳になって……高校も卒業したし、もう問題ないな!』

『……帰り、ホテルに寄っていいか?』



「うんっ!」



 婚活アプリから始まった、ちょっと不思議な恋物語は、未来への道を照らしてこれからも続いていく……ずっと。

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