第12-1話 ダメージ床整備領主とアイナの誕生日
「えええっ!? カールさんの誕生日ってアイナと同じ日なんですかっ!?」
季節は4月に入り……屋敷の庭に植えられた桜の花が満開となり、うららかな春の日差しに心が踊る季節……。
私の執務室に3時のおやつを持ってきたアイナが、素っ頓狂な声を上げる。
「そういえば言ってなかったか? そうか、私がここに来た時には、すでに誕生日が過ぎていたからな……」
ここに来てから色々なことがあった……わずか1年前のことであるが、やけに遠い昔のことであるような気がする。
辞令が下る直前に誕生日を迎えていた私は、カイナー地方への左遷の辞令が、ある意味誕生日プレゼントだとウキウキしながら赴任したことを思い出す。
そこでアイナと出会って……ふふ、思わず昔を懐かしんでしまった。
「えへへ、それならっ! 盛大にお誕生日パーティをしましょうっ!」
「アイナ、気合入れてお料理作りますねっ!」
いつものメイド服姿で、左手にお盆を持ち、ふんすっと気合を入れるアイナ。
そうだな……私とアイナの合同誕生日パーティという事になるし、豪勢に行かせてもらおう。
私はわずかに考えを巡らせると、彼女に提案する。
「それなら、スイーツは私に任せてもらおう……どちらが出席者の舌を満足させるか、勝負だアイナよ!」
「ふふ……キミに宮廷随一のスイーツ男子と言われたこの私を超えられるかな?」
ワザと芝居がかったしぐさでアイナを挑発する。
「!! その勝負受けて立ちますカールさんっ!」
「このアイナ……1年間のたゆまぬ努力により、
アイナのまなざしは、私の挑発を待っ正面から受け止め……燃え上がる彼女の情熱の炎が、背後に揺らめいて見えるようだ。
「ふふふ……誕生日プレゼントも期待しておいてもらおう……精緻を尽くしたオンリーワンの輝き……アイナ、キミは誕生日に宇宙のきらめきを見ることになるだろう……」
「わふうっ……それなら、アイナは……アイナは! 愛情込めたハンドメイドで勝負ですっ! カールさん、覚悟っ!」
「ぐうっ、やるっ!!」
「……なんでこのふたりは誕生日の話題で小芝居してんの?」
いつもの調子で知能指数の低い会話を始めた私たちを、執務室に入ってきたフリードがあきれ顔で見つめるのだった。
*** ***
「カール坊ちゃん、アイナ、お誕生日おめでとう! ふふふ、お似合いだねぇ!」
「カール様、アイナ嬢ちゃん、めでたいのう!」
フェリスおばさん、町長が口々に祝いの言葉をかけてくれる。
今日は私とアイナの誕生日。
私の屋敷の大広間で、盛大な誕生日パーティが始まろうとしていた。
「えへへ、カールさん。 あらためてこういう格好をすると、少し恥ずかしいですね」
そうはにかむアイナは、いつもの元気いっぱいな私服姿ではなく、白を基調としたワンピースタイプのパーティドレスに、足元はハイヒールという少し大人っぽい恰好をしている。
健康的な彼女が見せる清楚な雰囲気に、思わず胸が高鳴ってしまう。
「ふふ……よく似合っているぞ」
「お嬢様スタイルのアイナもいいな……とても綺麗だ」
「わふ~、またカールさん不意打ちで褒める~」
「あ、でもでもっ、カールさんのタキシード姿もカッコいいですっ! むしろ着慣れているような?」
「くくく……こう見えても私は元宮廷ダメージ床整備卿だからな……宮廷作法はバッチリよ!」
「突然の上流階級ムーブっ!?」
思わず漏れたキザなセリフに、恥ずかしくなってしまった私はいつもの調子でポーズをつけ、ごまかす。
だが、頬が熱い……あまり誤魔化せなかったようだ……アイナも頬を染めている。
「いやーまったく……このふたりは微笑ましいねぇ町長?」
「ほっほっほっ……昔を思い出すわい。 ワシも若い頃は……」
周囲からほっこりした目で見られていることに気づいた私たちは、料理を取りに行くふりをしてその場から逃げ出すのだった。
*** ***
「それじゃあ、メインイベント……兄さんとアイナちゃんのプレゼント交換です!」
「なにがメインイベントだ……フリードのヤツ」
「わふわふ~っ」
宴もたけなわ、程よくアルコールも入ったころ……私とアイナはフリードの陰謀により、ステージ上に引っ張り出されていた。
お互いの誕生日という事で、プレゼント交換をしようとアイナと約束していたのだが、いつの間にかフリードがパーティの余興にしてしまったようだ。
「はっはっは、領主様がアイナちゃんに何を贈るか、楽しみだねぇ!」
「カール様、そこは男としてぐっと熱いベーゼで!」
「セリオ、なにセクハラしてんだい!」
ドガッ!
「「「わはははは!」」」
隙を見て逃げ出そうと考えていたが、パーティ会場では脳筋農家どもが盛り上がっている。
ぐっ……隙が無いだと……だがここでパーティを盛り上げるのも誠実な領主の務め……致し方ないか。
しこたま飲まされたワインにより判断力の鈍った頭では、ろくな逃げ道が思い浮かばない……私は覚悟を決めると、タキシードの内ポケットから小さなアクセサリーを取り出す。
「カールさん、これ……あぅ、きれい……」
私と同じく、顔を真っ赤にしたアイナがアクセサリーのきらめきに目を奪われている。
アイナの美しい瞳と同じ色をしたエメラルドをメインに、キラキラと七色に輝くミスリル銀の羽根細工……可愛いアイナの犬耳に似合うようにデザインを考え抜いた耳飾りである。
喜んでくれるといいな、私は笑みを浮かべつつ、もふもふの犬耳に耳飾りを着けてやる。
「……んっ」
敏感な耳を触られて少しくすぐったいのだろう。
もじもじと恥ずかしそうにくぐもった声を漏らすアイナ。
私は恥ずかしさを振り払い、技術者らしく耳飾りの説明を続ける。
「あ~、この耳飾りはきれいなだけじゃないぞ……ダメージ床の術式を組み込んでいるから、アイナの魔力に反応して微弱な防御フィールドを展開してくれるんだ」
「サイズが小さいから劇的な効果はないが、力仕事や……戦いに出てくれる大事なアイナがケガしないように、な」
自分で言っていて恥ずかしさがぶり返してきた私は、思わずそっぽを向いてしまう。
「カールさん、アイナ……アイナ、とっても嬉しいですっ!」
顔を真っ赤にして、俯きながら私の説明を聞くアイナ。
聞き終えると、顔を上げ満面の笑みを浮かべながらお礼を言ってくれる。
「えへっ、次はアイナの番ですねっ!」
アイナは目尻に浮かんだ涙をそっとぬぐうと、ふんすと反撃の姿勢を取る。
「カールさんへのお誕生日プレゼントは……これですっ!」
気合と共にアイナが取り出したのは……。
「作業用の……グローブ?」
しっかりとした作りをした茶色のグローブだった。
「はいっ! カールさん、ダメージ床の研究とかメンテナンスで、よく手袋使ってるじゃないですか」
「これは、カイナー地方で取れる海獣の皮をなめして何層にも編み込み……特別な染料で処理することで究極のさわり心地を実現したあるてぃめっとな手袋ですっ!」
なんということだ……ここまでしなやかでさわり心地の良い皮手袋に出会ったのは人生で初めてだ……!
渋い輝きを放つこげ茶色の皮手袋からは、ほのかに魔力が立ち上り……。
「えへへ、フリードさんに手伝ってもらってアイナの魔力を込めましたっ! ドラゴンブレスでも破れない耐久力を実現です!」
素晴らしい……アイナの愛情と、信じられないほどの超絶技巧が注がれた、まさに究極の皮手袋……。
「ありがとうアイナ……大切に使わせてもらうよ」
「えへへ、アイナこそ、超キレイで可愛い耳飾りありがとうございましたっ!」
ぱちぱちぱち!
手袋をはめ、アイナの頭を撫でる私。
そんな私たちに会場からは暖かな拍手が降り注いだのだった、
*** ***
「はふぅ~、食べ過ぎましたぁ」
プレゼント交換の後、パーティはどんどん盛り上がり……気分がウキウキのアイナもごちそうをお腹いっぱい食べちゃいました。
少し休憩しようとパーティ会場の隅に移動すると、同じく一休み中のカールさんがいました。
あっ! アイナがプレゼントした手袋をずっとつけてくれています。
アイナも髪飾りをずっとつけているので、おあいこですね!
アイナがとてててっとカールさんのもとに走り寄っていくと、アイナが大好きな優しい笑顔をこちらに向けてくれます。
「アイナもひとやすみか。 全く、カイナー地方の連中は底なしだな……」
「わふっ! さすがにアイナもあんなにたくさんお酒は飲めませんっ」
やれやれ、と盛り上がるセリオさんたちを見つめるカールさんの眼差しは、とても優しくうれしそうで……アイナの胸がどきどきキュンキュンします。
誕生日だし、お天気もいいし……今日言っちゃってもいいよね?
アイナはひそかに心を決めると、よしっと拳を握ります。
カールさん、酔い覚ましにふたりでバルコニーに出ませんか……アイナがそう口に出そうとした瞬間……。
ジリリリリリリリリリッ!
敵襲を知らせる、けたたましいアラームが響き渡ったのでした。
ここから、カイナー地方の一番長い数日間が始まったのです。
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