第11-5話 ダメージ床整備領主と最終兵器
「兄さん……これでついに……くふふふ」
「ああ……私たちが求めるダメージ床の究極形態だ……!」
屋敷の地下に増設したダメージ床の秘密研究施設……魔導爆発対策コーティングされたミスリルガラス製の壁の向こうで、ほんのりと輝く新型のダメージ床……これは私たちの研究の到達点と言えよう……!
「ふん、不肖の孫どもにしては、よくやったんじゃないのかの」
いつも口の悪い師匠も、口元が緩んでいる。
「よし! いつも通りアイナに試してもらって……!」
「……兄さん、いつも思ってるんですけど……ちょいちょいラブラブっぷりを見せつけてくる割に、実験台はアイナちゃんなんですね?」
ん、フリードのヤツ、何を言っている……?
邪悪な笑いを漏らしていたと思えば、半眼で私の事を見てくるのだ。
「ふふ……私とアイナの信頼の絆は……すべての事象を超越するのだよ!!」
「いや、そういうことじゃなくってですね」
ぶっ飛んだ大人たち相手だと、いつもツッコミ役に回るフリードのつぶやきは、どこにも届かずに虚空に消えた。
*** ***
「ふおおぉ……これが究極のダメージ床・漆式ですねっ!」
ここはバウマン総合技術学院のグラウンドに設置されたダメージ床試験場……安全のため、ミスリル銀製の防具に身を固めたアイナが、テーブルの上に置かれた新型ダメージ床、漆式を見つめている。
期待感にあふれ、ぶんぶんと振られるしっぽがかわいい。
「これは……羽根みたいなのが付いてるんですね……それにこの部品……ほかのダメージ床にジャキーンって付けられるタイプでしょうかっ!?」
ふむ!
流石に私の可愛い犬耳ダメージ床使いギャラクシーメイドのアイナである。
「その通りだアイナ! キミも世界一のダメージ床使いとして開眼してきたようだっ!」
「さあ……百聞は一見に如かず……ダメージ床伍式・アイナカスタム極改二にアタッチメントを増設しておいたから、着けてみるがよいっ!」
「らじゃーですっ!!」
「……え~、テストモードなので出力は抑え気味にしておきますね」
「あと兄さん、アイナちゃん……なんでいちいち正式名称を叫ぶんですか……」
「かっこいいからだっ (ですっ)!!」
「アッハイ」
いつものやり取りを挟みつつ、私はダメージ床伍式・アイナカスタム極改二の増設アタッチメントに漆式を装着する。
その瞬間、連携術式が発動し、機能連携完了を示す文字が漆式の表面に踊る……よし、アイナの魔力と伍式の魔導術式とのマッチングもばっちりだ!
私は目を閉じると、万感の思いを込めて語りだす。
「数百年前……魔法を手に入れた人類は、魔導術式を考案し……世界のあらゆる理を解明しようとした」
「あるものは究極の攻撃魔法を……またある者は地上を馬より早く駆ける術を、海をイルカより速く泳ぐ術を……あらゆる魔導術が発展していった」
「だが……どうしても届かなかった場所がある……ドラゴン族と精霊族のみが支配する世界……それは」
「星界に続く……”大空”だっ!」
一息でそこまで言い切ると、私は大きく目を見開く。
沸きあがる感情そのままに、アイナに向けて大きく両手を広げる。
「ゆくのだアイナよ! 全人類の夢、大空へ今はばたくのだっ!」
「名付けて、ダメージ床漆式・ストラトフォートレスっ!!」
「すとらとふぉーとれすっ!?」
裂帛の気合に、頬を紅潮させたアイナが、一気に全魔力を解放する。
まず、伍式・アイナカスタム極改二が発動し、一対の羽根が彼女の背中から伸びる。
ブオオオオオンンッ……
と、低い発動音と共に、さらに青白いスパークが羽根を覆っていき……数秒後にはまるでドラゴンの羽根のような、両翼10メートルはあろうかという巨大な翼がアイナの背中に出現していた。
「わふわふっ!! 身体が、軽いっ……いえっ、これは……アイナは星空へ続く道を開きますっ」
ズダンンッ!
生まれ持った運動センスと魔導センス……本能で漆式・ストラトフォートレスの機能を理解したアイナが、渾身の力を込め大地を蹴る。
その華麗な姿が一気に大空へと上昇し……!
「やったぞっ、成功だっ! 私とアイナは大空に届いたのだッ!!」
「……この暑苦しいくだり、いります? 起動試験は100パーセント成功してたじゃないですか」
フリードの冷静なツッコミは、春の風に吹かれて消えた。
*** ***
「ととっ……わあああああ~っ! 気持ちいいですっ!」
『お~い、アイナ、聞こえるか?』
「わわっ!? 背中からカールさんの声が?」
最初は慣れない空中姿勢に四苦八苦していたアイナだが、運動神経の優れた彼女のこと、すぐにコツをつかむと数百メートルの上空を気持ちよさそうに舞い始める。
私は”遠隔通話”の術式を展開すると、空中のアイナに話しかける。
『ふふ……漆式には遠隔通話の魔法を組み込んであるからな……こうして地上と会話も出来るわけだ』
「わふっ、さすがカールさん、凄いですっ!」
ダメージ床・漆式を通じて私と話せることを理解したアイナは、ぴたりと空中で停止すると、こちらの方を向いた。
春の青空に映える大きな青白い羽根は、ここからでもはっきりと視認できる。
『それより、”漆式・ストラトフォートレス”の調子はどうだ?』
「めちゃめちゃ凄いですっ! この”羽根”、アイナの思う通りに動きますし、すっごく速く飛べるんです!」
「こうすると……えい! やあっ!」
遠隔通話の魔法を通じて、アイナの興奮した声が聞こえてくる。
彼女が気合を入れると、魔力に反応した羽根が動き、アイナの身体を自由自在に飛ばす。
急降下に鋭角ターン……やりたい放題だ。
『ふふ……楽しいだけではないぞ……数千種類に及ぶモンスター、魔物類の中で、ドラゴン族を除くと空中を自由に飛べる種は両手の指に余るくらいしか確認されていない』
『たとえばダメージ床陸式を降らせて爆撃することもできるし、制御に少しコツがいるが、”伍式”のシューティングスターモードを空中で繰り出すことも可能だ』
『大空を支配した我々に、もはや敵はないっ!』
「うおおおおおっ! アイナ、あるてぃめっとですっ!!」
ズドンッ!
興奮するアイナの魔力に反応し、伍式から発生したスパークが巨大な剣の形をとる。
「にはは、やはりきさまは面白いなししょー!」
「わらわたち竜族のきょうちに……よくぞここまで肉薄したものだ!」
「ふむ……この力は新たなる肥料の開発に使えるかも……!」
ふふふ……漆式の力はこれだけではないのだがな……まあこれは後のお楽しみとしよう。
私は不敵に笑うと、楽しそうに大空を舞うアイナを見上げるのだった。
*** ***
帝都郊外……魔軍界から押し寄せたさらなる増援……大地を埋め尽くす数万の魔物の群れを睥睨し、
ひとりの男が満足げな笑みを浮かべる。
「……さあああぁて! 力も蓄えたことだし、そろそろ行くとしましょうかねェ!」
「俺様を舐め腐りやがったサラマンダーのアバズレにもヤキいれてやらんとなぁ!」
男が気合を入れると、真っ赤な入れ墨から黒い炎が吹き上がる。
立ち上がった魔軍王リンゲンに、音も無く付き添う魔族アンジェラ。
彼がそのたくましい腕を振り下ろすと、帝都の周りを埋め尽くしていた魔軍主力は、一路南西方面……カイナー地方がある方角へと動き出した。
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