第11-1話 春の便りと迫る闇

 

「あっ! フキノトウが生えてます! もうすぐ春ですねっ!」

「こっちにもたくさん……じゅるり、おいしそう……」


「ふむ……それは森の一番搾り……シェフ、ぜひとも美味しい肥料に」


 雪に閉ざされた冬が過ぎ、うずたかく積もった雪が解け始めるころ……。

 カイナー地方にも春の便りが届いていた。


 大量の雪が降ること、守りやすい地形であることもプラスに働き、冬の間魔軍の攻勢をしのぎ切ったカイナー地方。


 私たちは防衛ラインに設置しているダメージ床のメンテナンスをした後、気分転換を兼ねて”迷宮の森”に山菜取りに来ていた。


 雪が解け、ちらりとのぞいた地面にフキノトウが生えているのを発見したアイナが、すごい勢いでフキノトウを収穫している。

 屋敷に帰ったらあく抜きをして……明日の朝食はフキノトウの天ぷらだな!


 私が程よい苦みと春の香りがするフキノトウの天ぷらに思いを寄せていると、収穫を終えたアイナが戻ってくる。


 その表情は、僅かに暗い。


 彼女の視線の先に見えるのは……続々とカイナー地方にやってくる避難民の一団だった。


 年が変わるころ、攻勢に出た帝国軍は大敗。

 魔軍の反撃により帝都は陥落してしまう。


 奴らの支配下に入った帝都では、虐殺などは行われていないようだが、魔軍に対する奉仕作業、労働などが強制され、帝都は荒廃する一方らしい。


 帝都から逃げ出した人々も、街道を魔軍の別動隊に寸断された状態では、まだ魔軍に制圧されていない地方にたどり着くのも簡単ではない。


 避難民受け入れのため、拡張された砦に入っていく人々の顔は一様に暗い。


「ふぅ……今週は特に多いな……今はフェリスおばさんたち街の有志が、炊き出しをしてくれているんだったな?」


「はいっ! アイナも手伝えることがあるかもしれません……ちょっと行ってきますっ!」


 炊き出しを手伝おうと砦に向かって走り出すアイナ。


 さらなる魔軍の攻勢に対応するため、ダメージ床の増産はしなくてはならないし、避難民用の住宅も必要……なにより、気分を明るくしなければこの戦いは乗り切れないだろう。


 それに……魔軍の軍勢に”魔導傀儡兵”が混じっていたという衝撃……サーラたちの話では、恐らくアンジェラが魔導傀儡兵の制御を乗っ取り、操っているのではないかということだが……。


 先日の防衛戦でも、ダメージ床陸式とアイナの伍式極改二のコンビネーション攻撃でかろうじて撃破出来たくらいだ。


 大量に出現したら私たちだけでは支えきれないし、アイナに過度の負担を強いるのも嫌だ。

 回収した魔導傀儡兵の残骸から、なんとか動作原理を解明できれば……。


 私は目の前に積みあがる様々な問題の対策を考えながら、砦へ戻るのだった。



 ***  ***


「ああ……温かいスープ……なんて美味しいんでしょう」


「カイナー地方では、俺たちのために無償で家を用意してくれているらしいぞ、なんてありがたいんだ」


「張り巡らされたダメージ床を見たか? やっぱしアレがあれば最強よ! 怪しい”鎧”に頼るとか、クリストフ卿も焼きが回ったよな」


「でもよう、俺見ちまったんだ……その”鎧”が一撃で兵士数十人を吹っ飛ばすのを……いくらここが鉄壁でも、帝都ほどの防御力はないだろう? 本格攻勢があったらと思うと……」


 本日到着した数百人の避難民は、いったん増設された建物に入ってもらっている。


 建物内は暖房が効いており、フェリスおばさんたちの炊き出しにより、食べる物も豊富だが……やはり魔軍の構成に直接さらされた人たちは、不安な気持ちが安堵に勝ってしまうようだ。


 これは、元気になってもらう必要があるな。

 私は、アイナとサーラに目配せをする。


 こくり、と頷くふたり。


 私が魔導機器の制御を担当しているフリードに合図を送ると、避難民たちが集まっている大広間の照明が暗くなり……正面に大型の魔導スクリーンが投影される。


 何が始まるんだ? ざわつく人々をよそに、魔導スクリーンの横からアイナとサーラが歩み出る。

 すかざす当てられるスポットライト。


「みなさんこんにちは! 魔軍の侵攻があって……大変だったと思いますが、アイナたちがついてます!」


「にはは! 聖獣しゃらまんだ―なわらわもいるのだ! あんしんするがよいぞ!」


 手を振るアイナとサーラ。


 伴奏がスタートすると、アイナが歌い始める。


 早春の雪解けを思わせるようなアイナの歌声……それは、疲れ切った人々の心に沁みわたっていく。


 タイミングを合わせて正面の魔導スクリーンに映像が映し出される。


 表示されているのは、先日の防衛戦の様子だ。

 魔物の大群が、次々とダメージ床零式に触れ、消し炭となる。


「おお、すげぇ! 魔物が雑魚敵のようだぜ……!」

「あっ! 帝都を襲ったスキュラが!」


 次に、2体の邪神スキュラを、アイナと私のダメージ床伍式を使って撃破するシーンと、サーラのファイヤーブレスが一撃でスキュラを黒焦げにするシーンが映し出される。


「うおお! 一発でスキュラをぶっ倒したの、今歌ってる姉ちゃんじゃねーか!」


「なんだあれ! 光るハンマーでぶっ叩いたら超加速したぞ!?」

「あれ、ここの領主様とメイドらしいぜ……」


「まじかよ……それよりあっちの赤髪の子はなんだよ……あれ、ドランゴンのブレスじゃね?」


 鮮やかな殲滅劇に、ざわつき始める避難民たち。

 その後もアイナの歌と共に映像は続いていき……。


 映像が終わると同時に、私はマイクをもってステージへ歩み出る。


「私がカイナー地方自治領主のカール・バウマンだ」


「皆様ここに来るまでに苦労されたことと思うが、我がカイナー地方は魔軍の侵攻に絶対屈しない」

「今見て頂いたように、私たちに万全の備えアリ……ぜひともゆっくりくつろいで、余裕のある方は我々に協力してもらいたい!」


 領主として、余裕のある態度を崩さず……それでいて慈しみを持ち避難民たちに宣言する。


 映像と演説の効果は劇的だった。


「うおおおお! すげえ、すげえぞ! カイナー地方がこんなに凄かったんて!」

「カール様! あなた達は私たちの希望です!!」


 沸きあがる避難民たち。

 私はマイクをスタンドに収めると、ステージを降りる。



「えへへっ、カールさん。 みんな元気になってくれましたねっ!」


 とてててっ、と嬉しそうに私の後を付いてくるアイナ。


「ふふ……アイナの歌も良かったぞ」

「だが、これだけでは足りない……カイナー地方全体の士気を上げるためには……」


「上げるためには……?」


 私はがんばってくれているアイナの頭を撫でながら、次の施策に向けて決意をみなぎらせる。


 期待を込めた眼差しで私を見上げるアイナ。


「祭りだ! それも、学院祭をはるかに上回る……天元突破のっ!」

「ゆくぞアイナ! 限界の向こう側へ!!」


「あんりみてっどな……お祭りっ!?」


 春の息吹と熱狂の時が近づいていた。

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