第9-3話 第一次カイナー地方防衛戦(前編)

 

「防衛ラインの砦に設置した観光施設の効果でカイナー地方の観光収入も右肩上がり……昨年比16倍か」

「バウマン総合技術学院の方も、意欲的で優秀な学生たちがダメージ床や、農作物の品種改良に参加……」


「いやまったく、順調だな!!」


 今週の報告書を確認し終えた私は、嬉しい数字ばかりが並ぶ書類をもう一度読み返す。


 執務室の窓から見える空は青く澄み……柔らかい日差しが部屋の中を照らしていた。

 山々はすっかり紅葉し、燃え上がるような赤に染まっている。


 美しい紅葉シーズンが終わると、カイナー地方には冬がやってくる。

 雪深いカイナー地方は冬の観光収入が課題……ふむ、帝都で数年前からブームになっている、スキー場の整備も視野に入れるべきか……。


 がちゃ……


「お疲れ様ですカールさん、そろそろおやつの時間ですよっ!」


 私が冬に向けた仕掛け策を思案していると、執務室のドアが開き、おやつを乗せたトレイを片手にアイナが入室してくる。


 おっと……またもや仕事に没頭していた。


 私は執務机から立ち上がると、執務室内に設置している休憩コーナーのテーブルに移動する。


 アイナとおやつの時間を楽しむべく、適当な茶葉を見繕うと、魔導ポットからお湯を注ぎお茶を入れる。

 今日は、カイナー地方産グリーンティの新茶にするかな!


「えへへ、これ、学院の調理実習で作ったんですよっ!」


 ことり、とアイナが嬉しそうに配膳してくれたのは、洋梨のタルトだ。


 こんがりと焼かれたタルト生地の上に、タップリとシロップがしみ込んだ梨のスライスが乗っており、甘い香りが漂ってくる。


「へぇ……ここまで本格的なスイーツを作るとか、やるじゃないか! お茶を入れたから、さっそく食べるとしよう」


「はいっ!」

「わふ~っ……甘くてとろける洋梨と、さくさくの生地が最高です~」


 アツアツのお茶を手渡すと、さっそくタルトを頬張り、幸せそうな表情を浮かべるアイナ。


 今日の彼女はいつものメイド服ではなく、学院の制服を着ている。


 基本的に、バウマン総合技術学院は朝と夜間に座学、日中は各自学院に残って実習するもよし、仕事がある生徒は仕事に行くも良しという自由な授業形態を取っている。


 アイナも朝の授業に参加した後はメイドの仕事と……たまに実習の講師をするという多忙な毎日を送っているのだが。


「そういえばアイナ、学院生活とメイドの仕事……大変じゃないか?」


 いくら元気なアイナとはいえ、学院に通いながらメイドの仕事……その莫大な魔力を生かして、農地に設置しているダメージ床シリーズへの魔力補充もやっているのだ。

 疲れがたまらないだろうかと心配する私だが……。


「わふっ! 大丈夫ですカールさん!」

「アイナ、学院生活もメイドさんの仕事も……とってもとっても楽しいですっ!」


「特に学院では歳の近いお友達も出来て……ノルド地方から来たフレンダちゃんの蹴り技は凄いんですよっ!」

「アレは、アイナのギャラクシーに迫る……コスモ級かもしれませんっ!!」


 お友達のベクトルは少々脳筋すぎる気もするが、その大きな瞳をキラキラ、モフモフな耳をぴこぴこさせながら、興奮気味に語るアイナ。


 そうか……村の人口が少なかったころは、同じ年ごろの子供たちも少なく、寂しい思いをしていたのだろう。


 なでなで……


 心底楽しそうなアイナの様子に嬉しくなり、彼女の頭を優しくなでる。

 ふわふわな髪の毛の手触りが心地よい。


「わふっ……カールさん、本当にありがとうございます」

「アイナの暮らしを豊かに楽しくしてくれて……」


 しっぽをぶんぶんと振り、はにかみ気味に感謝の言葉を口にするアイナに、私も心が暖かくなる。


「ふふ、私もアイナに出会えてよかったよ……これからもそばで私を支えてくれないか?」


「わふっ! はいっ!」


 ぽかぽかと暖かい秋の日差しと甘いお菓子……思わず漏れた少し恥ずかしい言葉に、彼女も恥ずかしそうに返事を返し。


 ほのぼのとした空気は、突如鳴り響いた警告音に吹き飛ばされた。



 ジリリリリリリリッ!



 これは、カイナー地方防衛ラインの緊急警報!

 警戒レベルAランク以上のモンスターが出現した場合に連絡が来るようになっている。


 今日は、確かサーラが現地に行っていたはずだ……。


「アイナ! 二号装備で10分後に正門へ集合! 防衛ラインへ急ぐぞ!」


「ラジャーですっ!」


 魔導通信機で砦の自警団に観光客の避難誘導を指示すると、カイナー地方最強クラスの戦力であるアイナを連れ、私たちは防衛ラインへと急いだ。

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