第8-6話 【宮廷財務卿転落サイド】暗転……帝国に迫る危機

 

「ふん! やはりダメージ床など最初から不要だったのだ!」


 秘書が持ってきた、久々に心躍る報告書の内容に、クリストフはすこぶる上機嫌だった。


 へスラーラインと帝都の防衛をダメージ床から魔導傀儡兵に切り替えて1か月ほど。

 何度か”魔物”の侵入未遂事件があったものの、すべて新型魔導傀儡兵が殲滅。


 帝都近郊に現れるモンスターも数十体の魔導傀儡兵を24時間体制で巡回させることにより、完全に対応できている。

 なにより、メンテナンス費用も大幅に削減できており、要求だけは細かい冒険者ギルドとの煩わしい交渉も必要ない。


 当初はダメージ床を撤去することに懸念の声があったものの、圧倒的な実績で黙らせていた。


 浮いた費用でさらに魔導傀儡兵を増強……魔導傀儡兵を製造するクリストフの会社の業績もうなぎ上り……もはや小賢しいカールの奴など、眼中にない!


 先日の臨時帝国議会で、遂に終身帝国宰相の地位を手に入れたクリストフは、得意の絶頂にあった。


「……ふふふ、おめでとう、クリストフ……さすが貴方ね」


「アンジェラか……今日は早いな」


 例のごとく、いつの間にか入室していたアンジェラが、クリストフの背後からしなだれかかる。

 今日は特に扇情的なナイトドレスを着ているようだ。


 怪しく光るラメ入りの紫のドレス……大胆に開いたスリットからのぞく脚がなまめかしい。


「実質的に、帝国は貴方のモノねクリストフ……」


 彼女の手にはワイングラスが握られ、血の様に真っ赤なワインが注がれている。

 430年物の赤……終身帝国宰相に就任したら開ける予定になっていた極上モノだ。


「ふん……アンジェラよ、お前のおかげだ……これからもよろしく頼むぞ」


 彼女からワイングラスを受け取り、一息で煽る。

 心地よいアルコールの刺激と、フルーティな香りが鼻腔をくすぐる。


 ムーディな照明に照らされた二人の影が重なり……帝都の夜は静かに更けていった。



 ***  ***


 ……同時刻。

 帝都外縁、カイナーライン第78監視詰め所。


「まったく、退屈な任務だぜ……特に上級魔導傀儡兵が配備されてからはな」


 監視所の責任者である壮年の准尉が、あくびをかみ殺しながらつぶやく。


 責任者だとはいえ、人員のスリム化が進んでおり、この時間では准尉一人だけがこの監視所に勤務していた。


「以前はワンオペなんざありえなかったが……”魔物”の接近を感知する魔導センサーと、それに連動した魔導傀儡兵が万一の際も自動で対処してくれる……いよいよ俺たち不要なんじゃねーか?」


 機器が故障した時の対処など、万一の場合に備え自分は配置されているに過ぎない……いよいよあくびを隠さなくなってきた准尉。


 ここ最近は何事も無いし……一杯飲むくらいならバレないだろう。


 准尉が引き出しに隠したウイスキーの瓶に手を伸ばそうとした時、ふと監視所の窓から見える光景に違和感を覚える。


 複数の赤い光が、闇の中で動いた気がしたのだ。


 魔導センサーは何の反応も示していない……”魔物”の襲撃ではなさそうだ。


 見なかったことにしようか……心のどこかでそう思った准尉だが、さすがにベテランである。

 気を取り直し、現象を確認しようと照明のスイッチに手を伸ばす。


 ぱぱっ


 魔導傀儡兵の格納庫が魔法の灯に照らされる。

 そこで准尉が見たモノは……。


「なっ!? ”魔導傀儡兵”が勝手に動いているだと!!」


 待機状態にあったはずの数体の魔導傀儡兵が、拘束具を外し、格納庫の外に歩き出そうとしていた。


 まさか、誤動作か!?


 急いで中央司令部に報告を……准尉は急いで魔導通信機のスイッチを入れようとしたのだが……。

 僅かずつ傾いていく天井の照明装置……パニックになった彼がその動きに気づく事は無く。


「……え?」


 ズドンンッ


 次の瞬間、天井から外れた照明装置が、彼を押しつぶした。


 翌日、監視所で倒れた准尉が交代要員により発見され……照明装置のメンテナンス不足によるとして処理される。


 その時点で、勝手に動いていた魔導傀儡兵は元の位置に戻っており……その日の夜、何が行われたかを知る者はいなかった。



 ***  ***


 ウオオオオオオオオオオオンンンッ!!


 闇の領域、”魔軍界”……荒野に響く魔物たちの遠吠え。

 かつてない規模の”魔物”の軍勢が、帝国に向けて動き出そうとしていた。

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