第8-3話 ダメージ床整備領主、海水浴バカンス(前編)

 

「海だ~っ!」


 さんさんと輝く太陽のもと、程よく日焼けしたアイナが砂浜を駆けていく。


 ばしゃ~~ん!


「ぷはっ! 気持ちいいですっ! カールさんたちも早くっ!」

「50メートル平泳ぎで勝負です!!」



 準備運動代わりに砂浜ダッシュを繰り返した彼女は、とうっ! という掛け声とともに海に飛び込む。

 シンプルな水色セパレートタイプの水着を着たアイナが歓声を上げ、私たちを誘う。


 強い日差しにキラキラと水しぶきが輝き、しっとりと濡れた彼女のもふもふな頭の上には、潜った拍子に付いたのか、小さなヒトデが乗っている。


「ふふふ、アイナのヤツ、はしゃいでるな」

「まってろ! まずは念入りに準備運動だ!」


 黒の水着に着替えた私は、しっかりとストレッチをし、全身の筋肉をほぐす。


 フィールドワークの最中には川を泳いで渡ることも多いからな……技術者ではあるが、アウトドア派の私の泳ぎを見せてやろう!


 勝負する気満々のアイナに挑むため、気合を入れる私。


「了解ですっ! フリードさんも早く早く!」


「ううっ……僕、運動はちょっと」


 全身を覆うレーサータイプ?の水着に麦わら帽子をかぶり、パーカーまで着こんだフリードがもじもじと身体を揺らす。


 セミロングの金髪に、日差しにきらめく肌は白磁のように白い。


 黙っていればどこの貴族の深窓の令嬢か、と思わされるが、残念ながらフリードは男である。

 コイツは根っからのインドア技術者なので、運動は大の苦手なのだ。


「いかんぞフリード! ここは安全な帝都ではない! いつ凶悪なモンスターが襲ってくるかもしれない辺境の地……技術者とはいえ、身体を鍛えねばならん」

「まずは砂浜ダッシュ10本! そのあと5キロの遠泳だっ!」


「そうですよフリードさん! 己を守るのは己の肉体のみ、ですっ!」


「ひいぃぃぃいい……CMと言ってることが違う……助けてぇ~」


 情けない悲鳴を上げながら、ずるずるとアイナに引きずられていくフリード。


 真夏の海で、カールとアイナプレゼンツ、地獄のブートキャンプが始まろうとしていた。



「にはは、相変わらずししょーたちはのうきんなのである!」

「こうきなちせいたいであるわらわは、戦略的な遊びをするぞ……ゆくぞアルラウネ!」


「はい……それよりご飯はまだですか?」


 髪と瞳の色と同じく、燃えるような赤色をしたワンピースタイプの水着を着たサーラは、アルラウネを引き連れると波打ち際に歩いていく。



 ドドドドッ!



 無駄にパワフルなドラゴンパワーとアルラウネの魔力で瞬く間に深い溝が掘られ、適度に固められた砂の山が出来ていく。


 どうやら、砂浜での定番遊び、お城作りに挑戦するようだ。


「なあぁ!? あちらに逃げても脳筋かよ!」


 どちらに逃げても脳筋地獄……フリードの絶望の叫びが、夏の砂浜に響き渡った。



 ***  ***


「ふふふ……久々にたっぷり泳いだな」


 穏やかな波に揺られながら、バナナボートの上でくつろぐ私。


 あのあと、フリードをブートキャンプに引きずり込み、砂浜ダッシュをこなした私とアイナは、仕上げとばかりに5キロほど沖にある小島まで泳いできていた。


 島の砂浜では体力を使い果たしたフリードがノビており、アイナが介抱している。


 今後の事を考えても、フリードはもっと鍛えてやらねばな……強力な魔力は健康な肉体に宿るのだ!


 私が今後のトレーニングメニューを考えていると、ふと異変に気付く。


「なんだ? 小魚が?」


 ぷかぷかと浮かぶバナナボートの周りを楽しげに泳いでいた色とりどりの小魚が、まるで何かに追い立てられるように一斉に身体をひるがえし、岩陰などに逃れていく。


「これは……まさか!」


 ぞくり……海の底から湧き出てくる”捕食者”のプレッシャーに、全身の毛穴が逆立つのを感じる。


 まずい!


 ダメージ床の機材は、向こうの砂浜に置いて……いくら平和なカイナー地方の海とはいえ、油断してはいけなかったのだ。


 数は少ないが、凶悪な海中モンスターの生息報告もある。


 恐怖に硬直し、満足に動かない身体にムチを入れ、なんとかボートのへりから海中をのぞき込むが……。


「くっ……!」


 透明度の高い海中、深淵の蒼からにじみ出るように浮かんでくる大きな白銀の影。


 あれは、メガロドンだと……!


 世界でも数例しか目撃例のない巨大なサメ型モンスター。


 20メートルを超える巨体を誇り、その巨大な顎でシードラゴンすら捕食するという海の王者だ。


 人間の船を襲う事はあまりないが、小型ボートを餌と勘違いして襲い掛かってくることもあるという。


 がばっ……海中で大きく開かれたメガロドンの顎が、私が乗るバナナボートに迫ってくる。


 とっさにいくつかの攻撃魔法を思い浮かべるが、集中できていないのか、発動させることが出来ない。


 イチかバチか、すべての魔力をただ開放し、奴が驚いてくれるのを祈るしか……私が絶望的な反抗をしようとしたとき。


「わああああああああああっっ!!」


 私の危機を感じてくれたのか、慌てて立ち上がったアイナが絶叫を上げる。


 だが、彼女の拳には”伍式”は装備されておらず、海岸との間には50メートルほどの絶望的な距離が横たわる。


 いくらアイナでもどうしようも……そう思った瞬間!



 ズドウンンンンッ!



「なにっ!?」


 立ち上がったアイナの全身から、膨大な魔力が放出される。


「…………」


 ゆらり……緩慢な動きで彼女の手のひらがこちらに向けられ……。



 ブンッ!


 ドシャアアアアアンッ!



 次の瞬間、アイナの手から発射された紫色のビームが、今まさに私を捕食しようと水面から姿を現したメガロドンの頭を跡形もなく吹き飛ばす!


「な……魔力そのものを”ビーム”として打ち出しただと……!?」


 メガロドンの残骸が辺りに降り注ぎ、残った奴の巨体が海水を朱に染めて海底に沈んでいく中、ボートの上で呆然とする私。


 魔導技術の常識からいえば、”魔力”は無垢で無属性なエネルギーであり、術式を介し、何かしらの魔法に変換して使うのが普通だ。


 先ほどアイナがしたように、”魔力”そのものを打ち出した場合、魔力消費だけが大きく、あまり有効な威力は出ない。


 海に棲む最高クラスのモンスター、メガロドンを一撃で倒すなど、普通はあり得ないのだが……。


「兄さん! アイナちゃんが!!」


 響いたフリードの悲痛な叫びで我に返る。

 砂浜の方を見ると、意識を無くしているのか、アイナがゆっくりと倒れていく光景が見えた。


 いかん! 魔力を使い果たしているのか!?


 私は慌ててボートから海に飛び込むと、彼女のもとへ急いだ。

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