第3-3話 【宮廷財務卿転落サイド】更なる削減の果てに

 

「なんだと? ”値上げしてくれないともう依頼を受けない”だと?」


 不要なダメージ床を撤去、帝都の警備を冒険者ギルドに外注して2か月……これで大幅に防衛経費を削減できたと自画自賛するクリストフのもとに、不快な知らせがもたらされる。


 ……ちなみに、現在の秘書はビジネスライクな男に代わっている。


 以前の秘書は不快な事をよく言うので首にした……コイツは俺の望むことしか言わないので気に入っていたのだが、コイツがわざわざ俺が聞きたくないことを進言してくるとは……相当の内容に違いない。


「くそ……仕事もせずに要求だけしてくる無能ギルドめ……で、奴らは何と言っている?」


「はい。 ”この金額だと警備を担当する冒険者を集められない。最低3割、できれば5割の値上げを”……だそうです」


「馬鹿な! それだけ上げたら、まだ兵士を警備に当てた方がましではないか! 守銭奴どもめ……」


 ギリ……と唇をかむクリストフ……こんなくだらない要求などはねつけたいが……これ以上帝都の警備を薄くするのはさすがにマズい……。


 仕方ない……3割なら上げてやる……クリストフはそう伝えようとしたのだが。


「まって、閣下……”へスラーライン”に配備した魔導傀儡兵の先行量産機を回せば対処可能……」


「大丈夫。 この半年、魔軍関係の”魔物”の侵入は2度だけ……”へスラーライン”に配備した兵士で対処可能……」


 クリストフの背後に控えたアンジェラがにこりともせずに進言する。


「!!」


 そこまで削るのか……勤勉な秘書の顔はそう物語っていたが、もちろん進言はしない……余計なことを言って首になりたくないからだ。


「……だがさすがに……そこまで”へスラーライン”の守りを薄くして大丈夫か?」


「心配ない……来月には2次量産ロットの魔導傀儡兵200機が加わる……数が揃うまでの我慢……これだけ改革を進めているのだから、この時点では綱渡りになるのは仕方ない」


「閣下は前例なき偉業に挑戦しているのです……多少のリスクを打ち破る”運”が閣下にはあります……!」


「……うむ、アンジェラの言うとおりだ……俺が弱気になってはいかんな!」


 先ほどまで渋っていたクリストフだが、いつになく饒舌なアンジェラの進言と。”偉業”と言う言葉に反応し、その気になる……この女の提案はいつも的確だったじゃないか。


 今回もきっと間違いないはずだ。



 クリストフは一転上機嫌になると、アンジェラの差し出した指令書にサインをする。


 ”へスラーライン”1か月の戦力的空白……それが帝国に何をもたらすのか、気付くことは無く。


 このままこの男の下で働いていると、向かう先に破滅が待っているかもしれない……。

 勤勉でビジネスライクだが鼻の利く秘書は、頑張って転職先を探そうと心に決めるのだった。



 ***  ***


 とある新月の夜……帝都絶対防衛線”へスラーライン”第25監視所。


 普段は5人の兵士が交代で詰めているが、帝国軍務卿であるクリストフの命令で、魔導傀儡兵を一時的に帝都に下げたことにより、手薄になった場所に警備の兵士を回したため、現時刻は年若い兵士がひとりで見張りを行っていた。


 さらに悪い事に、彼は冒険者ギルドから日雇いで派遣された少年であり、正規の訓練をまだほとんど受けていない仮兵士だった。


 昼間の激しい訓練とたっぷり食べた夕食のせいで、眠気に襲われる少年……彼が5分間ほど夢の世界に旅立っている間に、一体の”異形の影”が魔軍界から走り寄り、撤去されたダメージ床跡に身を隠しながら第25監視所前をあっさりと通過する。


 すたっ、と監視所横の窓から帝国側に飛び降りた”影”は、一瞬で人間の姿を取ると、帝都方面に姿を消した。


 知能の低いモンスター型ではなく、”人型”の魔物……奴の目的は不明であり、”へスラーライン”の守備隊は、壁を突破されたことすら気付かないだろう。。


 5分後、目を覚ました兵士は、まったく代わり映えしない目の前の光景を一瞥すると、”異常なし”とだけ報告書に記入した。


 絶対防壁とうたわれたへスラーラインに、小さな綻びが広がっていくのだった。

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