第3-2話 ダメージ床整備領主、害虫対策する

 

「”農作物の害虫対策”と、”新たな名産、シェリー酒の開発”……なかなか興味深いお話ですじゃ」


 釣りから戻った後、さっそくフリードと害虫対策を話し合った私は、数日後屋敷の別棟で村人たちと会合を開いていた。


 今回は村長にお願いし、特にブドウ農家を中心に、農業に関わっている村人を集めてもらった。



「まず……先日釣りに行った時に気づいたんだが……村のブドウは品質がいいのに虫食いが多く、もったいない!」


「収穫量を増やすためにも……これだ」


 ごとり……とフリードが今回使う”器具”を机の上に置く。


 金属製で長さは2メートルくらい……先端には肉を焼く網のような物が、横向きに付いている。


「これは……何かの調理魔導家具でしょうか?」


 村長が不思議そうな顔で推測する……ふふん、分からないのも無理はない……以前は試作品どまりで、実用レベルの製品は本邦初公開だからな!


「これも……”ダメージ床”の一種だ」


「は……? ダメージ床ですと……形状は床ですらないのですが……?」


「ふふ……これは”ダメージ床弐式”……”害虫駆除”に特化したバージョンだ!」


 ばばん! と指さした壁に、フリードが”弐式”のスペックを投影する……技術者として楽しい瞬間である。


「”微弱な魔力を放出し、害虫を引き寄せる”……ですとっ!?」


 ”弐式”の効果を読んで、驚く村長……それだけではないぞ?


「”弐式”から放出されるダメージ床のスパークは、特別に調整されているから、植物には影響を与えない……だが」


 フイイイン……


 私はデモがてら”弐式”を発動させる。

 先端の網部分が青白く発光し、微弱なスパークが発生する。


 ぷ~ん……

 かさかさっ……


 そこに小さなハエや、”黒光りするアイツ”が引き寄せられ……。


 ばちんっ!


 鋭い炸裂音と共に、消し炭となる。


「「「おおおおお~っ!」」」


 一様に感心する農家さんたち。


「はわわ~! すびばせぇぇん! ゴキちゃんを見逃すとわぁ~、今すぐ退治しますっ!」


 ドカバキッ


 ……お屋敷にゴキちゃんが出てはメイドの名折れっ! と、アイナが騒がしく漆黒の悪魔退治に出発したが、この”弐式”の誘引力は超強力なので、ゴキちゃんが出てきたことを気にしなくともよい……奴らは1匹見たら30匹というしな……。



「領主様、素晴らしいですぜっ! コイツを畑に刺しとけば、にっくき害虫も一網打尽というわけですな!」


「そういうこと……弐式は必要魔力も少ないから、いちど設置すればメンテナンスフリーだぞ」


「うおお! すげぇ! これで虫取り労働から解放される!」


「今週中には100本くらい作れると思うから、順次設置を頼む」


「がってんだ!」


 脳筋ブドウ農家もご満悦だ。



「次の議題……この村は豊かな作物が取れるが、現金収入が少ない……そこで、名産を作ろう!」


 害虫退治の件はこれくらいでいいだろう……次は名産品の件だ。

 私は話題を切り替える。


「実は”弐式”を使えば発酵を高速化することが……」


「なるほど……それは凄い!」


 私たちはカイナー村の新しい名産品、シェリー酒の醸造に備え、会議を続けるのだった。



 ***  ***


「なかなか有意義な会議だったな……これでカイナー村もより豊かになるだろう」

「この達成感……技術者の醍醐味だな!」


「ほんとですね兄さん! 帝都では一言目に”そんなものが何に使えるんだ”、二言目には”コストは”でしたもん!」


 素朴で脳筋で意欲的な村人たちに、改めて私たちがやる気になっていると、何やら凹んだ様子でアイナがトボトボと歩いてきた。


「わふ~……お屋敷のゴキちゃんは……」


 ……ぜ、全滅させたのか、凄いな……確かにゴミ袋が膨らんでいる……パンドラの箱だなあれは。


 私は彼女を誉めてやろうとするが……アイナは目に涙を浮かべながら続ける。


「ううう、村のみんなはカイナー村の発展を目指して頑張ってるのに……アイナ、役に立ってないですよね?」


 ……なるほど、アイナは農家の人たちや村長に比べ、村の発展に貢献できてないと感じているのか……。


 その行動力や体力が、私たちの助けになっていると言っても、納得しなさそうだな……よし!


「アイナ、こっちに来て……」


 私は、アイナの手を引きバルコニーに出る。


 いつの間にか日はとっぷりと暮れ、夜のとばりが下りてくる。


「さあ、この”オーブ”に魔力を込めてごらん……こないだの”杭”みたいな感じでいい」


 バルコニーの端に置いてあるオーブを彼女に渡し、魔力を込めるように促す。


「んっ……こ、こうですか?」


 アイナが目をつぶり、えいっ! と力を込めた瞬間……!



 パアアアアアァァッッ



「わっ、ふわわわっ!?」


「凄いっ! 一度にこんなにたくさん点灯できるなんて!」


 アイナとフリードが驚いている。


 バルコニーだけではなく、私のお屋敷全部を覆う、キラキラとした七色の光……。

 それは夜空に瞬く天の川のようであり……アイナの優しさを表したような美しい光だった。


「うおお、すげぇ……キレイだ……」「アイナおねえちゃん凄~い! 毎日やってほしいな!」


 別棟に残っていた村人たちや、この光景を目にした子供たちが駆け寄ってくる。

 みんな笑顔だ。


「か、カールさん……これは?」


「”ダメージ床弐式”の応用……強い魔力を込めるほど美しく輝く”魔導イルミネーション”だ」


「ひとりの魔力で、これだけ光らせることができる人間を、私は初めて見たな」


「ふふ……アイナ、キミの魔力はこれだけの人々を笑顔にできるんだ。 もう役に立たないとか言うんじゃないぞ?」


「……えへへ、はいっ!!」


 一転して、にぱっと笑顔になるアイナ。


 うむ、やはりこの子は笑顔が似合うな!


 屋敷がある高台を、イルミネーションの光が優しく照らし続ける。



 その美しい光景を見つめていると、子供たちについてきたフェリスおばさんが私の近くに寄ってくる。


「……あの子は、捨て子だったから……自分が必要とされたいのさ……頼んだよ、カール坊ちゃん!」


 ふっ、おばさんに掛かれば私も坊ちゃん扱いか……心配せずともアイナの事は任せてもらおう!


 ばしんと叩かれた背中にじんわりと広がる熱に、私は改めてやる気がわいてくるのを感じていた。



「……観光名所として、毎週”アイナ祭り”を開催するか」


「わ、わふ~っ、それは恥ずかしいのでやめてくださいっ!」


「ははははっ、いいですねそれ!」


 バルコニーに私たちの笑い声が響くのだった。

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