第2-3話 【宮廷財務卿転落サイド】魔導傀儡兵量産の暁に……の前に色々嫌われる

 

「ふふ、素晴らしい……ようやく量産にこぎつけたか!」


「……はい、今週末には初期ロットの30体を配備できるでしょう……」


 高揚感を隠し切れない宮廷財務卿兼帝国軍務卿であるクリストフの声色とは対照的に、落ち着いた……ともすれば無感情とも取れる女の声がクリストフの私室の中に響く。


 眼鏡をかけ、すらりとした体躯を色気のない黒のローブで覆った銀髪の女……昨年からクリストフが代表を務める魔導関連企業の開発責任者として辣腕をふるっており、自らは魔導士でもあるアンジェラだ。


 ふん、相変わらず不愛想だが使える女だ……コイツの採用により、アイディア先行で停滞していた魔導傀儡兵の開発は軌道に乗ったのだ。


 それに……仕事では無表情を貫いているが、黒のローブの下に隠された豊満な肉体……”夜”になると可憐にさえずる……まったく俺好みのイイ女だ……くくく。


 仕事だけではなく、プライベートでも深い関係を築く彼女の紫色の双眸を一瞥すると、クリストフは先を促す。


 アンジェラが頷くのに合わせ、目の前に配置された魔導傀儡兵の先行量産機の一体が、ガチャリと音を立てて動き始める。



 ”魔導傀儡兵”……発想の元になったのは、太古の迷宮などでたまに出現するガーゴイルの石像、動く鎧などの異形のモンスターである。


 霊的な怨念で蠢くこれらを解析し、魔導的に再現し……フルプレートの鎧に込めたのが”魔導傀儡兵”と呼ばれる無人戦闘用甲冑である。


 アンジェラが開発した新型魔導術式により、少量の魔力で、しかも廉価な甲冑を使いながら伝説の武具に匹敵する攻撃力・防御力を発揮することが可能という、まさに画期的な発明なのだ。


「量産計画は順調……クリストフが私の進言通り、不要な兵士を削減して余剰になった甲冑を回してくれたから……半年後には2000体を生産可能……」


「ふん、悪くないペースじゃないか」


 半年でで2000体……コイツの唯一の欠点は量産に時間がかかることだが……徐々に役立たずのダメージ床や兵士どもを置き換えていくしかあるまい。



 全ての置き換えが完了したとき、この俺が帝国の支配者になるのだ……!


 ふふ……ダメージ床に人間の兵士……時代遅れの遺物は消え去るべきだ……。


 そういえば俺の経費削減をたびたび邪魔してくれたカール……旧時代のボンクラは今頃辺境で腐っているのだろうな……いい気味だ。


「…………」


 悦に入るクリストフを、眼鏡の奥から放たれる感情のない視線でアンジェラが静かに見つめていた。



 ***  ***


「今度は”魔物”が帝都に侵入しただと? 警備の兵士はいったい何をやっていたのだ?」


「はっ……通常の”モンスター”ならともかく、”魔物”級は一般兵士では荷が重く……」


 ここはクリストフの執務室……アンジェラの報告を受けてから数日後、彼は一転して不快な報告を秘書から受けていた。


 昨日、帝都外縁部に”魔物”が侵入し、対処した兵士と一般市民に数十人の死傷者が出た。

 ここ10年こんなことは無かったのに……臣民から帝国軍務局に対して、抗議の声が上がっている。


 まったく庶民と言うのは度し難い……せっかく私が不要なダメージ床、軍備を削減し、浮いた経費を民間投資に回してやったのに……たかだか数十人の被害が出たくらいで文句を言いおって……我々上級政治家のお陰で豊かな生活が送れているのが分らんのか!


「ですが……確かに魔物級の侵入は、この10年無かった事……まさか”ダメージ床”の撤去が影響したのでは……」


「馬鹿なことを言うな! そんなものは貴様の憶測にすぎん! あまりふざけたことを言っていると、首にするぞ!?」


 恐る恐る進言した秘書に激昂するクリストフ。


 そんなはずはない!

 わたしも何度か視察したことがあるが、”ダメージ床”はいつ見ても変化がなく、魔物の死骸が落ちていることも無かった……あんなものタダのこけおどしだ。


 そもそも、魔物級の侵入自体、めったに無いことのはず……今回はただ運が悪かったのだ。



 帝国では、”へスラーライン”の向こう側……魔軍界からたまに迷い込む上級モンスターを”魔物”と呼び、土着のモンスターと区別していた。


 ”へスラーライン”は盤石であり、魔軍の侵攻も無い……単なるレアケースにいちいち反応するわけにはいかん!


 クリストフはそう判断していた。



「……クリストフ様、どう対処しておきましょう?」


「まったく……そんなもの冒険者ギルドに依頼を出して警備を増やしておけ! あくまで愚民どもに対するポーズだぞ! 金を使いすぎるなよ?」


「で、ですがこれ以上は頂いた予算の範囲では……」

「帝都にある不要な”ダメージ床”を撤去して余裕を作れ! この程度の事も言わんと分からんのか!」


 いら立ちを隠せず、手元にあったワイングラスを秘書に投げつけると、高圧的に命じるクリストフ……。


 もうすこし、もう少し我慢すればすべてが順調に進むはずだ……クリストフはそう思い込んでいた。

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