第1-2話 ダメージ床整備卿、犬耳少女を助け、辺境に赴任する

 

 私、ダメージ床整備技師カール・バウマン30歳。


 宮廷ダメージ床整備卿を解任され、辺境領主としてカイナー地方に赴任する途中で、モンスターに襲われていた少女を助けた。


 ふむ……領主として、領民の好感度は大事だろう……上々だな。

 悪くない立ち上がりだ……思わず満足する私。



「わふっ……アイナ、助かったの?」


 ぺたん、と女の子座りをした少女が私を見上げている。


 年の頃は15~16といったところだろうか?


 獣人族の血が混じっているのか、肩まであるもふもふの栗毛の頭頂部には、一対の犬耳がぴんと立っている。


 パタパタと振られる栗毛の尻尾は彼女の安ど感を示しているようだ。

 新緑の森のように澄んだ緑色の大きな瞳はとても愛らしい。


 動きやすそうな白いシャツに青いジャケットを羽織り、茶色のショートパンツからすらりと伸びた足先に革靴を履いている。


 なんだろう……文句なしに可愛らしい美少女なのだが……どこかで見たことがあるような……。



 おお!! そうだ! 小さい時に家で飼っていた、コーギーのポチにそっくりなんだ!


 得心した私は、ポンと手を打ち、思わず昔のクセで……。


 なでなでなで……


「わふっ!? ふわわわわっ?」


 犬耳少女の頭を撫でていた……。



 ***  ***


「……兄さん、コンプライアンスが厳しい今の時代……帝都基準ならセクハラですよ」


 カイナー村に向けて移動を再開した馬車の中で、フリードがジト目を送ってくる。


「うっ……すまんフリード、ペットのポチを思い出してしまってな、つい……」


 言い訳しながら、ちらりと横目で犬耳少女……アイナの様子をうかがう。


「はううう……男の人に頭撫でられたっぺ……あうあう……恥ずかしいよう」


 先ほどからパタパタと尻尾を振りながら、顔を真っ赤にして俯いているアイナ。


 うっ……もしかして獣人族にとってすごくマズい行為だったのだろうか……思わず冷や汗をかく私。


「……はっ!? そーいえばまだお礼を言ってないぞアイナ!」


 なにかに気づいたのか、少女はばっ、と立ち上がると、とてとてと私の所までやってくる。


「ごめんなさい! お礼を言うのが遅れましたっ!」

「アイナの名前は、アイナ・シェルティって言いますっ!」


「カイナー村で農業したり、狩りしたりしてます……ごらんの通り獣人族ですっ」


「先ほどはありがとうございましたっ! お兄さんはアイナの命の恩人です!」

「わふっ……村についたらお礼させてくださいねっ!」



「ふむ……」


 なでなでなで


 にぱっと花が咲くように満面の笑顔を浮かべたアイナの頭を、またもや思わず撫でてしまった私なのだった。


「ふわわわわっ!?」


「……兄さん」



 ***  ***


「ええええっ!? 新しい領主様だったんですかっ!?」


 村についた私たち一行は、村長に着任報告し、自己紹介を終えたところだ。


 私の自己紹介を聞いてズガーンとアイナがびっくりしている。


 ころころと表情が変わり、リアクションも面白いので、なかなかにカワイイ娘だ……。


 思わずほおが緩む私……こういう子は、宮廷に居なかったな……素朴な反応に嬉しくなる。



「ほっほっほっ……さっそくアイナを助けて頂いたようで、感謝しますじゃ」


「はっはっはっ! この子は捨て子でねぇ……アタシんとこで引き取って育てたんだけど、見た目の通り可愛くてねぇ……みんなのアイドルさ!」


「わふわふ……フェリスさん……恥ずかしいよぉ」


 ほくほくと笑う村長に、豪快に笑い飛ばすフェリスと呼ばれたおばさん、恥ずかしそうに俯くアイナと、村人たちもみな素朴で、温かい雰囲気だ。


「なんか、いいですね……時間に追われる帝都とは違って……時間がゆっくり流れてて、癒されます……」


 私の隣でフリードがほややんと癒されているが、私も全く同感だ。


 豊かな自然に、素朴な住人達……この新しい新天地で、私たちは楽しくやっていけそうだった。



 ***  ***


「中央から領主様が来られるなんて、ありがたいことですじゃ……村の高台に先代領主様のお屋敷がありますので、ご自由にお使いください」


「先ほど村に入ってくるときに見えた屋敷か……やけに小綺麗で使われていないようだが……どうしたのだ?」


 屋敷も大きく豪華だったが、”使い込まれた”感じが無く、気になっていたのだ。

 私は村長に尋ねる。


「……実はあの屋敷……先代領主様が税金対策で建てたもので……当の領主様は一度もカイナー村にお越しになったことは無く」


 なんと! 先代領主は名前だけの存在だったという事か……そういえば中央の書類でも、この地方の事をほとんど見たことは無かった……辺境過ぎて放置された土地という事か……。



「それにしても、彼女……アイナが街道でオークに襲われていたが、モンスター除けの街灯も少ないんだな……それに……」


 私は村長宅の中を見回す……。


 前時代の薪式かまど、井戸水を使った簡易水道に洗濯用の手桶……ここは100年前の帝都か?


 氷の魔法力を込めた冷蔵庫、水と風の魔法力を使った洗濯機に火の魔法力を応用した調理器……と呼ばれ、帝都ではすっかり普及している魔導家具が1つも無い。


 最新技術の魔導ビジョンが無いのは仕方ないが……その点について村長に尋ねると……。


「”魔導家具”ですか……ごくたまに来る旅人から聞いたことはございますが……本当にそんな便利なものがあるんですかいのぅ?」


 なっ!? まさか”魔導家具”を見たことが無いのか……?


 帝都と辺境では、これほどの差があったのか……百聞は一見に如かず……私は今更ながらその言葉の意味を噛みしめていた。



「こ、こりゃすごいよ領主さん! 大量の洗濯物がこんな一瞬で……!」


 帝都から運んできた大型洗濯機にフェリスおばさんが感嘆の声を上げている。


「おお! 新鮮な肉や魚を一瞬で凍らせるとは……ふおっふぉっ……冷えたビールが楽しみじゃのう!」


 大型冷凍・冷蔵庫に詰まった新鮮食材とビールに感動する村長。


「すごいすごいカールさんっ! お肉がこんなにこんがり焼けてっ……じゅるり、アイナいくらでも食べられそう……」


 安定した火力を発揮する調理器でステーキを焼きながらよだれを垂らすアイナ。


 ふむ……この土地はも豊富だし、帝都から馬車で運んできた魔導家具も快調に動作している。


「よし、この別棟に魔導家具を設置しておくから、村人みんなで自由に使ってくれ!」


「台数が不足すると思うから、帝都から取り寄せよう……すまんが1か月くらいはここにある家具で我慢してくれ」


「えっ!? そこまでして頂いていいんですか?」


「ふふっ……気にしないでくれ」

「領民に喜んでもらえる事が私の喜びだからな!」



 そう言いながら私は、心の底から湧き上がってくるワクワクを抑えきれなかった。


 豊かな自然の中でスローライフを送りつつ、魔導技術でこのカイナー地方を発展させる……裏表のない素朴な人々を喜ばせたい!


 新たに見つけた人生の目標に、私は目の前が明るく開けていく感覚を覚えていた。

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