仰せのままに
燈外町 猶
前編・先輩曰く
三年生の先輩方が卒業したことにより、文芸部は部員数2名となって読書愛好会へと降格。部費がもらえなくなってしまったので部誌は作れないし、経費として文庫本を買うこともできなくなってしまった。
つまりこの――放課後になれば以前文芸部室として使われていた2年3組の――教室は今現在、本当に、持参した書籍をただ愛好するだけの居場所ということだ。
私としては何の文句もない。生まれつき身体が弱く、身長の伸びも早い時期に打ち止められてしまった私にとっては、『ただ本を読むだけの場所』が存在してくれているのは非常にありがたい。
けれど、彼女にとっては違うはずだ。
「ねぇリク」
窓際に移動させた椅子にスラリと伸びた健康的な白い生足を組んで座り、退屈そうに本のページを捲る彼女――
「なんですか、
身長も人望も私のソレを優に超えるというのに、一個下の後輩というだけでちゃんと敬語と敬称を使って返事をしたリクは、キリの良いところだったのかすぐ顔を上げ私の次の言葉を待つ。
「またモデルのスカウト受けたって、本当?」
「あっ…………はい」
「じゃあまた断ったっていうのも?」
「本当ですよ」
「なーんでよ!」
そう、そうなのだ。
この後輩、非常に格好良い。王子様的な感じではないんだけれど、女が憧れる女って感じ。今すぐファッションショーに出て華麗なるウォーキングを魅せて欲しい。どんな奇抜な衣装でも、リクが着れば『なるほどそういうもんなんだな』という説得力が生まれるだろう。
「現役JKモデルなんて超自慢できるじゃん! 羨ましい〜」
「先輩がなれって言うならなりますよ、モデル」
「そーゆーことじゃないじゃーん」
そりゃ別に、本人がやりたくないならやらなくてもいいと思う。それでも、彼女がここでこうして時間を費やしていることに勿体なさは感じるわけで……。
聞けば見かけ通りの卓越した身体能力も、美貌に見合った頭脳もあるみたいだし……。
「……先輩、ご相談したいことがあるんです」
「なーん?」
遂に栞を挟んでパタンと本を閉じたリクは、椅子ごと私の正面に移動してきて言った。近い。膝当たりそう。
「…………私今、好きな、人が、いまして」
「あ~、うん」
まずい、恋バナか~。よりにもよって恋バナか~~。しかも恋愛相談か~~~。
どうして自分より顔面偏差値の低い人間にンなこと聞くのさ~。
「結構、アプローチしてる……つもり、なんです。だけど……全然、その、そういう対象に見てもらないというか……」
「……ふむ」
あれ、てっきり『付き合ってる人がどうたらこうたら~』って内容かと思ってたけど、そういう感じなら私でも力になれる気がしてきた。
「つまり好きな子が超鈍感で困ってるからなんとかして振り向かせたい、ってことね」
「っ! はい!」
普段気だるげで落ち着いているリクの瞳が真剣味で満ち満ちてる……!
これは一肌脱いであげるしかないわね!
「まず最初に聞いておきたいんだけど……リクが好きなのは男子? 女子?」
素人予想で申し訳ないんだけど、男女によってリクへの見方も、求めるものも大きく変わってくるんじゃなかろうか。
なのでまずはそこをハッキリさせたい。
「お…………………………お、女の子、です」
「そっか。ふむふむ」
良かった。対象が同性なら『アプローチを受ける側』の気持ちも想像しやすい。
「ちなみに今まではどんなアプローチを?」
「えっと……同じ部活入ったり……放課後ずっと一緒にいたり……おすすめの本教えてもらって……それが苦手なジャンルでもちゃんと読んで……感想伝えて……」
同じ部活? というのは中学時代の話だろうか。なら割と長いこと片思いをしてることになるけど……それもそのはず!
「甘いッ!」
「甘い、ですか?」
目を閉じて思い浮かべる。もし私がリクからアプローチを受けるなら、どんなことをされたら、彼女をそう意識してしまうのか。
「相手が女の子なら……まずはやっぱり……バックハグ、するしかないでしょうね」
「バックハグ!?」
ふっふっふ……これはきっとこの先、リクの高身長を活かした必殺技となること請け合いだ。
すっぽりと包まれる安心感、ギュッとされた時の幸福感に替わる圧迫感、たぶん高価なんだろうけど嫌味のない香り、そして背中に当たる柔らかい感触……。
「うん、間違いないよ、されたら絶対ドキドキする。100パーセント! 保証する!」
「待ってください先輩。効能を知っているということは……まさか先輩に……以前そういうことをした
「……ま、まぁね」
もちろんされたことなんてないけど。ここで信憑性を失うわけにはいかない。先輩の威厳も消えてしまう。
「澪先輩に……私の先輩に……どこのどいつが……!」
「今私の話は良いでしょ! 続けるわよ!」
いもしない輩に憤られても困る。というか『私の先輩』ってなんか……意味深な言い方するね。勘違いしちゃう人もいるから改めた方がいいと思う。
「私の予想だとその超鈍感女は、あまりにドキドキしすぎて『いきなり何すんのよ、離しなさい!』とか言って慌てる」
「ツンデレ、ですね」
「そう。だからツンに惑わされて本当に離しちゃダメよ?」
「はい!」
「あっ、ちなみに『冗談やめて?』みたいに冷静な感じだったり、慌てるとかじゃなくて嫌悪感MAXで暴れたりしたら普通に嫌がられてるだけかもだから諦めなさい」
「っ……承知しました」
そう、ここまでは振い落し。ここからが本番。
「もし相手が慌てる、しかも満更でもなさそうな反応だったら、とにかく想いの丈を伝える。リクの本気を、耳元で囁くの。もちろん抱きしめたままよ? そうすりゃもうイチコロよー!」
「…………もしそれでも相手の態度が煮え切らなかったら?」
「えっ……えーと」
完全に終わった気でいた。案外用心深いのね……。
「……耳でも甘噛みしてやりなさい!」
「まだ足りなかったら?」
「首筋にチューよ!」
「もう一声!」
「だーもう! その相手はリクより身長ある?」
「ないです」
「痩せ型? ぽっちゃり?」
「心配になるくらい痩せてます」
「なら一旦バックハグを解除してお姫様抱っこ! 宙に浮いた人間ほど無力な存在はないわ! そうやって相手の所有権は自分にあると主張! かーらーのー!」
「からの?」
「ほっぺにチュー! これで完璧! ここまでやってダメだったら大人しく諦めて警察に出頭しなさい!」
ここまでやらせてOKじゃなかったら流石にリクが可哀想だけど……まっ、大丈夫でしょう。
大抵の女子は第一ステップでスッテンコロリンと恋に落ちるはずだ。
「勉強になりました。ありがとうございます」
「ん、じゃあ……今日はもう終わり」
「えっ? でも下校時刻にはまだ全然……」
「もう読書するって感じじゃないでしょ? リクの決起会よ! カラオケ行ってテンションぶち上げましょう! そのノリと勢いで鈍感女にかましてやりなさい!」
愛好会に降格して生まれた利点の一つがこのヌルさ。顧問の常駐している部活じゃこうはいかないだろう。
「は、はい! ……澪先輩と……カラオケ……!」
かくして、私とリクは駅前にあるそこそこ古くてそこそこ安いカラオケへと向かった。
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