ドーグ
イシナギ_コウ
ドーグ
鮮やかな茜色の空が夜に向かって移り始めるころ、とある小さな公園で十歳にも満たない少年と少女の二人がベンチで肩を寄せ合っていた。
「この前くれたお誕生日プレゼントね!すっごく使いやすくてね!すっごい綺麗なお花の絵が描けたんだよ!」
艶やかな黒髪を後ろで留めた少女は満面笑みで楽しそうに話すと、少年も笑顔で、
「見たい!見たい!」
「今度家に来た時見せたげる!それで…その…あたしのプレゼントどうだった?」
少女はもじもじしながら少年に尋ねる。
「すっごいかっこよかったんだけどね、お母さんが鉛筆で書きなさいって言うんだ。ちゅーがくせいになってから使いなさいって」
「そう…なんだ」
少年は正直に答えたが、少女の表情を曇らせてしまった。少年は慌てて、
「でもほんとかっこよかったんだよ!5本も入るし!あっそうだ!お勉強以外だったら使っていいって言ってたはず!今度手紙を書くよ!」
少女の表情がパッ明るくなり、
「ホント!?絶対ね!楽しみにしてる!約束だよ!」
少年は胸をなでおろした。
「やあ」
しゃがれ声と共に彼らの正面からぬっと手が伸び、二人の腕をがっしりと掴む。
「楽しそうだね。おじさんも混ぜてよ」
二人が顔を上げるとスーツに身を包んだ見知らぬ中年の男が笑みを浮かべて立っていた。会話に夢中になっていた二人はこの男の接近に気づかなかった。
「あ…」
少女は声を出そうとするが、かたちにならない。体が強張り震えはじめる。
「このやろ!」
「痛っ!」
少年の方は勇気を振り絞り男の手に咬みつく。男が反射的に放してしまった隙に、少年はその手から逃れ、距離をとる。
「…て…けて…助けて…」
絞り出された少女の助けを求める掠れ声。唇は震え目には涙を浮かべている。
「…ごめんなさい」
少年にはもう振り絞れるだけの勇気は残ってなかった。少女に背を向け彼女を置いて走り出す。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
謝罪の言葉を繰り返しながら、公園を出て街灯が照らしはじめた道を一心不乱にかけていく。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「なーに謝ってんだ? おい!起きろカズ!」
カズと呼ばれた少年はゆっくりと目を開け、襲ってきた頭痛で頭を押さえながら、
「なんだレンジか…」
「起きろ!荷物運び!手伝え!」
『下校時刻を過ぎました。皆さん速やかに下校してください』
校内に帰宅を促す放送が流れ、生徒達は校門をくぐり下校していく。まだ太陽が高い位置にあったが部活動生も帰る支度をしている。
一方、カズとレンジはたわいもない会話をしながら段ボールを抱え、廊下を歩いていた。
その会話の中でレンジはふと思い出したように
「そういやあ、ニュース見たか?
「内辺選手といえば、バットに八つ当たりして批判されていた人じゃなかったけ?」
「そうそう、その人、数時間前死んだらしいぜ」
「え? ほんと? 事故?」
「いや、バットに殺されたみたいだぜ」
レンジの言い回しにカズは違和感を覚える。バット”で”ならわかるが、レンジはバット”に”と言ったのだ。聞き間違いかだと思ったが、レンジはニヤニヤしながら
「バット”に”殺されたらしいぜ。昨日の夜、内辺がホテルの廊下で死体として発見された時、バットの破片が周りに散らばってたんだってさ。それもただのバットじゃない。内辺がこの前八つ当たりで折って捨てたはずのバットだったんだよ」
「でもそれじゃあ普通に誰かに殺された可能性も」
それを聞いてレンジは待ってましたと言わんばかりの得意げな顔をして、人差し指を立て大げさに左右に振る。
「監視カメラにのってたんだよ、人じゃない何かが!それが2時間前に公開されたこちら!」
レンジは段ボールを片手に移動し、器用にスマートフォンをポケットから取り出してとある動画をカズに見せた。
「これは…」
その動画に写っていたのは、内辺選手の二倍以上もある人型の何かが彼を殴っている様子。全身に木目のようなものが見られ、殴っているのは本来、手のある部分だったが明らかに人のそれとは違う。その形状はバットそのものだった。その化け物は執拗に何度も内辺選手を殴り、最終的に画面端から何かが飛んできて化け物の体は人の形を失い、その場には折れたバットだけが残った。
「な? 人じゃないだろ?」
レンジは楽しそうだ。
「ん?」
カズはとある事に気づく。
動画の説明欄に書かれていたホテルの名前、見覚えがある。
「これ地元のホテルじゃねえか!!」
事件が起きたのはこの中学校からそう遠くないホテルだった。
「ああ、お前ホームルーム中に寝てたから知らないだろうけど、今日部活動生も早めに帰ってるのはその事件があったからだぞ。まあ普通に考えたら犯人がうろついてることになるだろうし」
「仮に犯人が人じゃなくて、もういないとしても、あんな化け物見たら帰りたくなってきたよ」
「それじゃあ早くこの荷物とどけるか」
「なんとなくついてきたけど、これどこにもっていくんだ」
「美術室」
それを聞いて眉をひそめ、目に見えて嫌そうな顔をするカズ。
「ん? 美術室嫌だったか」
「この時間のは嫌なんだよ」
「まあ中には俺が持っていくから前までは持って行ってくれよ」
渋々レンジの後を付いて行く。
すぐに美術室についた。
レンジはカズから荷物を受け取り、扉を開ける。
ドアの隙間越しに、白い花を前に絵を描く1人の少女の姿が見えた。艶やかな黒髪を後ろで留めたその少女がこちらに気づく。カズとその少女の目が合う。
「だから嫌だったんだよ…」
カズはそう呟き、足早にその場所を去ってしまった。
「おいていくなんてないぜー」
「悪い。トイレ我慢できなかった」
美術室から戻り教室で帰る準備をする二人。
「まあいいや。あっ宿題に名前書き忘れたわあ。ちょっとペン貸して」
「ちょっとまって」
カズが今しがたしまった筆箱をバッグの中から探していると、
「胸ポケットにあるじゃん、それでいいから」
レンジはカズの胸ポケットに刺さっている針葉樹の葉のような濃い緑、
「せっかく出したんだからコッチ使って」
カズは筆箱から取り出したペンを半ば押し付けるようにレンジに渡した。レンジはその態度に少し驚きながら、
「そういえば、美術室に可愛い女の子がいたぜ。あの子ってあれだろ、お前と同じ小学校の…」
カズは突然立ち上がり、
「悪い。ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って部屋から出ていってしまった。残されたレンジは額に手をあて、
「俺なんか地雷ふんだか?」
レンジは考えを巡らせる。そして手をポンと叩き、
「あの美術室の女の子はカズの元カノで、あのシャーペンはそのプレゼント!だからあの反応!態度!行動!俺はものの扱い雑だから貸したくなかったんだろうな…ってさすがに飛躍しすぎか…あいつに彼女ができるとは思えないしな」
ナイナイと手を左右に振り、帰る準備を再開する。
「あっ」
その時ちょうどバックに入れようとしていた電子辞書が手から床に滑り落ちる。
拾い上げ、電源を入れるが反応がない。
「兄貴のお下がりで古いし、兄貴も俺も扱い荒いからなぁ。もう限界かもな。だが死んでもらっては困る!」
そう言って傷だらけの電子辞書に古より伝わりし
「よしよし。…えっ」
電子辞書から突然牙が生え、レンジめがけて襲い掛かった。
画面にはこう表示されていた。
“オマエタチニンゲン ザツアツカウ ユルサナイ”
カズは一人廊下を歩いていた。胸ポケットに刺していた常盤色のシャープペンシルを手に持って見ていると、ある記憶が脳裏をよぎる。
十歳に満たないあの少年と少女が扉ごしに言葉を交わしている。少女が、
「あの後ね。大人の人が来てね、大丈夫だったの。なんともなかったんだよ。だから…」
涙が頬を伝う。
「また一緒に遊ぼうよ…」
少年は言葉を紡ぎだすように、
「もう…一緒には…遊べない…」
カズはシャープペンシルを握りしめ、頭を左右に振る。
深いため息をつき、シャープペンシルを胸元に刺しなおし、教室の扉を開けた。
「えっ?」
カズの目に映ったのは日常とはかけ離れた異質なものだった。床や机にべっとりと広がる真っ赤な血。その中心には損傷しピクリとも動かないレンジの姿。そして、そんな友人を痛めつける1つの影。
カズは状況を飲み込めず立ちつくしていた。
友人を襲っているのはディスプレイやボタンで構成され、頭部が四角の二枚貝のような人型の化け物。カズの存在に気づき、ゆっくりと血の足跡をつけながらこちらへ歩みを進めてきた。
それに気づき我に返ったカズは廊下に出て走りだした。
それをみるやいなやディスプレイやボタンで構成されている化け物が奇声をあげながら追いかけてきた。
(何が!何が起きてんだ!?)
思考が整理されないがそれでもわかること。
(逃げなきゃ殺される!)
レンジが一つ教室を通りすぎるたびに悲鳴が聞こえる。
(ほかのクラスでも起きてんのか!?)
そんなことを考えている内に化け物はすぐ後ろまで来ていた。
化け物が腕を振り下ろす。接近に驚いたカズが体勢を崩し、奇跡的に攻撃は外れる。が、そのまま倒れ廊下の突き当りの壁に衝突した。
全身に痛みがはしる。顔を上げると目の前には化け物。
二枚貝のような化け物の頭部が上下に開く。無数に並んだ牙がカズの来訪を待っている。
「
声が聞こえた。女の声だ。二つの飛翔体が飛び込んでくる。その飛翔体は化け物の全身を砕き窓の外に追いやった。
飛んできた方を見るとひとりの少女が銃を手に立っていた。
「…マミ…」
カズは静かに名前を口にした。美術室にいたあの少女だった。
マミと呼ばれた少女はカズに近づいて手を引き
「ついて来て」
カズは引かれるままついていく。
(懐かしい)
彼女の後ろ姿を見てカズはそう思った。
「止まって」
マミにそう言われ廊下の先を見ると行く先を阻むようにさっきとは別の化け物が廊下に陣取っていた。
マミは腰に下げた絵の具の内、水色を手に取り、持っていた独特の形の銃にその絵の具を装填する。
化け物が二人に気づき、こちらに向かって走りだす。
「
と口にしてトリガーを引くと、銃口から飛び出した冷気を放つ弾丸が化け物の体を穿つ。
その弾丸は体を凍らせ、それはあっという間に全身に広がりマミに手が届く前に化け物は動き止めた。
マミは凍った化け物に近づきその銃でとどめをさす。化け物はチリになっていき、そこに残ったのは足が折れ、穴の開いた椅子だった。
「これって…」
「学校中で暴れている化け物たちは、元々ただの道具。けれど人に恨みや憎しみがある道具達の思いが具現化して、化け物になって人を襲っているのよ」
「それじゃああの内辺選手のも」
「あれも今回のと同じよ」
そしてマミは銃を見ながら
「化け物になった道具達にはふつうの武器じゃ攻撃は通らない。唯一の対処法は、この銃みたいに大切にしている道具が力をかしてくれて武器となったものだけ」
優しく銃を撫で、だからと、カズの目を見る。
「私から離れないで」
道中、何度も化け物に襲われたがマミが例の銃を使い素早く倒していき、二人は正門前までたどり着くことができた。
「あなたはここにいて、少ししたら私の知り合いがくるから。色々聞かれると思うけど安心して信頼できる人達よ。それじゃあ」
そう言ってマミはまた校舎の方へ戻ろうとした。
「あ、あの時は逃げてごめん」
カズは頭を下げる。なんだかもう言える機会がない気がした。あの日逃げたことへの謝罪。
マミは深いため息をつくと、
「あの状況なら誰だって怖いし逃げるよ。けど…」
彼女はカズに背を向け、
「あの後も同じように、そばにいてほしかった」
俯き呟く。
「それじゃ…」
マミが校舎の方へ走り出そうとしたその時、校舎の一角が轟音と共に崩れ落ちた。舞い上がる土煙の中に一つの大きな影。高さにしておよそ4メートル。
「痛いよお」
「汚さないで」
「蹴らないで」
幾つもの呻き声が聞こえる。声の主は積みあがった幾つもの机。深く傷つき汚れたその机達は自身の体をつなげて一つの生物のような骨格を作り、その周りをジェル状のものが覆っていく。やがてその表面は鉄のような冷たい色になる。その化け物のシルエットは頭のない地面に這いつくばる四足獣のように見えた。
「ウオオオオ!!」
その机の化け物はこちらを見つけるやいなや雄叫びをあげこちらへ向けて走り出す。アスファルトの地面を軽々と踏み抜きながら近づいてくる。
「何してんの!早く!」
体が硬直し立ちつくしていたカズの手をマミが強く引く。
「あっ」
引っ張られた拍子に胸ポケットのシャープペンシルが地面に落ち、カズは咄嗟に手を伸ばし拾い上げる。
「危ない!」
マミの叫び声と共に鈍い衝撃と柔らかい感触。
「マミ!」
マミがカズと机の化け物との間に入り盾になっていた。触れる体越しでもミシミシとマミの骨が折れるのを感じる。二人はそのまま後方に飛ばされ校門の壁に衝突し、力なく倒れた。
「マミ…」
カズは混濁する意識の中、痛む体に奥歯を噛みしめながら、ピクリとも動かないマミへ左腕を使って必死に這いよる。右腕の方は力なく垂れ下がりその機能を失っていた。が、それでも右手の中には常盤色のシャープペンシルがしっかりと握られていた。
「ごめんよ…」
マミに体を寄せすすり泣くカズ。
二人を覆う大きな影。あの机の化け物が二人を見降ろす。
そしてゆっくりと片足を上げ、降ろそうとしたそのとき、眩い光が辺りを照らす。
その光に化け物はたじろいた。
「な、なんだ…!?」
光の中心にいるカズは驚きの声を漏らした。光の主はあの常盤色のシャープペンシル。ゆっくり手のひらから離れ、その形を変える。太さは腕の5倍ほどになり、長さは腕の1.5倍といったところか。そしてその巨大化したシャープペンシルから伸びたいくつもの帯状のものによってカズの前腕に固定される。
同時に巨大化したシャープペンシルから光が伸び、カズの体の傷を数舜で癒していく。
「一体何だよこれ…。どうなってんッッッ!?」
悠長に驚いている暇はなかった。再び机の化け物がその剛腕で襲い掛かる。
カズは反射的に防ごうと右手を前に突き出す。巨大化したシャープペンシルの尖った先端が振り下ろされた化け物の腕に触れた。
ガシュンッ!
機械が可動するような音と共に黒く長い杭が勢いよく射出された。その杭は化け物の腕を貫き、その腕の中心にある机をいともたやすく破壊した。
「オオオ…」
短くなった腕を見て化け物は悲しみの声を上げる。
一方、化け物に強力な一撃を加えたカズは巨大化したシャープペンシルもとい杭打ち機のある右腕を押さえうずくまっていた。
「痛ってぇぇぇ!!」
皮膚が裂け出血している。高速で放たれる杭による一撃は確かに強力だったが同時にその反動も強力だった。反動に耐え切れなかったカズの右腕は破壊された。
その右腕に杭打ち機から再び光が伸び、全体を覆うと、何事もなかったようにもとの健全な右腕に戻った。
「よかっ」
安堵したのも束の間、斜めに振り下ろされた化け物の腕がカズの上半身をとらえる。もろに受けたカズは人形のように力なく地面をバウンド、全身のあらゆる部位の筋繊維や骨が音を出しながら断裂し、内臓は体のなかでシェイクした。空高く上がり、頭から地面に落ちる。
「オオオォォォ!!!」
カズがぼろ雑巾のようになったにも関わらず、怒りを込めた叫びと共に化け物は追撃を加えようとする。
「…させ…ない…!!」
化け物の背中へ弾丸が飛び込む。化け物が振り返るとマミが体を小刻みに震わせながら彼女の銃、パレットバレットを構えていた。その足に力はなく、今にも倒れてしまいそうなほどだ。
彼女は必死に狙いを定め引き金を引こうとしたが銃が手から滑り落ちる。彼女の体は限界を迎えていた。そんな彼女にとどめを刺すために化け物はゆっくり振り返りカズから離れていく。
カズの体を光が包み込む。
(はぁはぁ…生きてる?)
体を修復され意識を取り戻したカズは全身に嫌な汗をかきながら自身の生存を確認する。死へ到達するほどの痛みを体験した彼の体は恐怖で震えていた。
「あいつは…どこに…」
辺りを見回し、彼にその痛みを与えた張本人を探す。
(マミ!!)
カズが見たのは化け物がマミにゆっくりと近づいているところだった。こちらが復活したのには気づいていない。
(マミを助けないと!)
マミが立っているのがやっとだとカズの目からでも分かった。ならば俺がと、立ち上がり一歩踏み出そうとした。が、足が動かせない。
(なんでだよ!!)
まだ治っていないのか? カズの足は完全に治っている。一歩踏み出すどころか走り回れる状態だろう。彼が踏み出せない理由は別にあった。それは痛みと死だった。
彼は死へ到達するほどの痛みを体験した。思い出すだけでゾッし発狂してしまいそうになる苦痛を。体が破壊される感覚を知ってしまっている。あの化け物と向き合えばもう一度味わうことになるかもしれない。
加えて彼の中で一つの疑問が生まれる。仮にまた壊されたとしてもちゃんと治るのか? カズはこの右手の力についてほとんど知らないに等しい。もしかしたら回数制限があるのではないか? だとしたら残り何回? もう残ってないとしたら次は…。そう考えると動かない、動かせない。
(マミを助けないと。わかっているのに…)
情けなかった。自分は助けてもらったのに。
(ごめんなさい…ごめんなさい)
奥歯を噛みしめマミの方を見る。どこか見覚えのある状況。自分は難を逃れ、マミは窮地に立たされている。あの小さい時の公園での出来事。カズはあのとき逃げた。マミは助けを求めていたのに。
(俺は!俺は!)
マミがこちらに気づいた。カズが立っているのを見て安堵し、マミは笑みをこぼす。そして口を動かしカズに何か言おうとする。カズは目を見張る。音は拾えないが口の動きで何を言っているのかわかるはずだ。
( …て…)
マミは必死にカズに伝えようとする。
(..けて…)
目に涙を浮かべ、唇を震わせながらも同じ口の動きを繰り返す。
(にげて!!)
あの時のような助けを求める言葉ではなかった。自分を置いてでもカズには助かってほしいという言葉。
「うわあああああああああ!!」
カズは情けない声を上げる。彼の足はもう地面から離れていた。一心不乱にかけていく。化け物の方へ。半べそをかきながら一直線に。
「怖え!怖え!怖え!」
恐怖が薄れたわけではない。
「でも!でも!でも!…それでも!」
化け物は叫びながら近づいてくるカズに気づき、
「オオオ!」
こちらも叫びながらカズに向かっていく。縮まる距離。そして二つの影が重なろうとした時、
「うぇえ⁉」
こんな時にも関わらずカズは足がもつれ地面を転がる。が、それによって奇跡的に化け物の一撃は当たらずカズの頭上を通りすぎ、彼はそのまま化け物の懐に滑りこむことができた。
化け物はカズを見失い、辺りを見回す。
「これは…」
カズは化け物のからだの下で見上げる
化け物の体表はよく見ると透けている。内部の机で構成された骨格の中心に一つの机があった。他のものに比べ落書きや破損が特にひどい机だった。
「ごめんな」
そう言ってゆっくりと狙いを定め、右腕を突き上げる。杭が射出され中核の机を破壊した。中核を失った化け物の表面は朽ち果てていき同時に机の骨格も崩れていく。
残ったのはカズを中心として地面に散らばった机たち。もう動くことはない。
「やったの…?」
マミはそう呟くとふらつき倒れそうになる。それをカズはボロボロの右手で優しく受け止め、震えるマミの手をぎゅっと握りしめる。
「カズ..逃げてって言ったのに」
そう言っているもののマミは嬉しそうだ。
カズが何か言おうと口を開いた時、彼らの元に数台の車が到着する。その内1台の車からは特殊部隊のような重装備の武装した人が出てきて、ぞろぞろと校内に入っていく。
カズとマミの元には赤十字のワッペンをつけた女性がかけより、
「マミさん大丈夫ですか」
と声をかける。当然カズは警戒の色を示すが
「この人達が私の言った信頼できる人たち。安心して」
窓から吹き込むそよ風が病室の咲いている小さな花達を揺らす。
この花の名前はガマズミ。春に枝先の小さな白い花の花序をつくる。その後には酸味のある赤い果実をつけ、実はやがて甘くなっていく。そして花言葉には死をという文字が使われる。そんなガマズミの花が一つほろりと落ち、側にあったパレットの上を転がっていく。そのパレットには名前が印字してあった。”マミ”と。
「見舞いの花なんだから少しは調べてから持ってきてよね」
「悪い。でも好きだろ?」
「まあ好きだけど」
十代半ばの少年と少女がそんな会話をしている。少女の方は両手両足をギブスで固められ窮屈そうにベッドに身を預けている。少年の方は学校帰りだろうか、学ランに身を包み、座る椅子の横には学生鞄が置いてある。
少年が見舞いに持ってきた花の方を見て、
「まだ持ってたんだな。昔、誕生にプレゼントした絵描きセット」
花の側のパレットは少女のものらしい。
「あんたもね。私が小学生の時にプレゼントした常盤色のシャーペン。正直うれしかった」
「俺もだよ」
笑みがこぼれる。
「この部屋少し熱いな」
なんだか気恥ずかしいなった少年カズが耳を赤らめながら学ランを脱ぐと、
「ん?」
「あっ」
彼の学ランの内側からひらりと白い封筒が出てきて、少女マミの目の前に滑り込む。
「”まみへ”?」
その封筒の真ん中には拙い字でそう書かれていた。
「あっええっとそれは」
慌てふためいている様子のカズは言葉がうまく出てこない。早くしまってしまいたいカズはその封筒に手を伸ばそうとするが、鋭利な視線が彼を刺し、手を止めさせる。
「みせて..」
「…はい」
カズは火照った額に変な汗をかきながら震える手で封筒の中から一枚の手紙を取り出しマミへ見せる。
「何これほとんどひらがなじゃない。ええっと…えっ…」
言葉が詰まる。そして彼女の顔もだんだんと赤に染まっていく。
「そ、そういえば小さい時私に手紙くれるって約束してたね。そ、その時のやつでしょ?」
「あ、ああ」
どちらも声が震え、顔が合わせられない。しばしの沈黙。マミは俯いたままゆっくりと口を開き、
「い、今も気持ちは同じ?」
目だけを動かしカズを見る。
「ど、ど、どうかな」
よりいっそう顔が赤くなったカズの舌はうまく動いてくれない。
「そ、そういえば私も描いた絵を見せる約束してたわね」
外ではカラスが夕暮れの空の下、鳴いているのが聞こえる。茜さす二人は上がってしまいそうな口角を必死に抑える。震える肩。
しばらく時が経ち二人の口はほぼ同時に開き互いを見て、
「「スマホとかって持ってる?」」
ドーグ イシナギ_コウ @ishinagi_kou
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