夕陽

「良かったのか、これで」


「分からない」


 彼女がいない時間。いつ振りだろうか。


「たしかに出生数とか未来のこととか、そういうのを考えれば、おれたちふたりは運が良い」


「運が悪いの間違いだな」


 子供が生まれなくなって、世界は緩やかに破滅に向かっている。食料も、情報も、場所も、技術も。優しさも。すべてが揃っているのに、人の数だけが減っている。このままいけば、この種は滅びる。


「あれだけやりたい放題だったのに、いざ恋人ができたら、周りも祝福の嵐だ。誰も僻みやしない。俺が言うのもなんだが、おかしいぞ、この世界は」


「おかしくないよ。種の存続が第一ってだけだろう」


「なぁ」


「なんだ」


「教えろよ。何か、知ってるんだろうが」


「俺は」


 俺は。なんだ。


「俺は、おまえが彼女にしたことを、忘れるつもりはない」


 言い訳だった。それしか手札がない。


「彼女を理由に使うなよ」


 そしてその手札も、今、切り刻まれた。


「だめか」


「だめだな。もう、そういう関係じゃない。それに」


 わりと真剣な表情。


「教師だから分かることもある。何かおそろしいほどの変化がなければ、生来から内気なやつの気性は変化しない。なにがあった」


「なにが、か」


 自分が変わったのか。それとも。世界が変わらなかったのか。


「本気で訊いているんだが」


「人間は滅びる」


「は?」


「そういう段階に入った」


 種の存続、遺伝子の存続が意味を成さなくなったこと。優れた個体からは既に寿命の概念が薄れつつあること。

 そして。

 自分に子供はできない、こと。


「そうか。じゃあおれはなんだ。子供ができたから、まだ不完全な個体ってことか」


「それは」


 なんと、答えるべきだろうか。


「おれは同情するよ」


「は?」


「お前は、もう人じゃない、ってことだもんな。子供もできない。人としての幸せが分からない。そして、彼女とも」


「そうか」


「あ?」


「だから話したくなかったんだ。俺が」


 俺が。人ではないと、分かってしまうから。

 そして、それを受け入れているから。


「なぁ。教師なら教えてくれよ。俺が、どうするべきか。どうすればいいんだ俺は」


「すまない。分からない。人を教え諭すのがおれの仕事だから、人ではないものは、分からない」


「そうか」


「ただ、これではっきりした」


「なにが」


「おれは、お前の友達でいられる」


「黙れよ」


 静かになった。


「黙るなよ」


「どっちだよ」


 少し、安心した。


「気にするな。お前がいやになるまでは、いてやるよ。ずっと学生やってろ」


「ずっと、学生か」


 他に、方法はなかった。

 人ではないやつらの輪に、加わりたくない。


「人ではないやつらって、そういえば、いつもなにやってるんだ?」


「ゲームだよ。人の命とか、この星の命運とかを懸けたゲーム」


「暇なんだな」


「たぶんな」


 暇ではない。そいつらが失敗すれば、人類どころかこの星ごと滅ぶ。それでも、いま、滅びてないってことは。まぁそこそこ優秀なのだろう。


 日が暮れようとしていた。まだ明るいのに。

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