S.T.2
春嵐
上巻町残陽ヘヴィリィローズ入り
「愛を貪る獣、か」
『ただのデート詐欺だろ』
公園のベンチ。
刑事としての、久々の仕事。
「かわいいんだろうな?」
『そりゃあもう、男が見たら卒倒するぐらいだとさ』
「へぇ」
愛を貪る獣は、この公園を根城にしているらしい。ここで老若関係なく男をつかまえて、散々擦り倒す。しかし、男と寝ることもなく金だけを奪って逃げる。
用意周到で、去り際も上手い。つかまる男のほうに問題があると言ってしまったほうが、面倒事が少なくていいのに。
『まあ、本当に精気を搾り取るやつだったら危ないからな』
「それで俺か」
『そ』
たしかに、身持ちの堅さには定評がある。といっても、自分で望んでそうなったわけでもなかった。愛情に関する欲求が少ない。刑事をときどきやるぐらいだから、完全にないというわけでもないが。それでも、他人よりも相当少ないはずだった。
『その獣と寝るときはちゃんとカメラと音声確認しろよ』
「男と寝ないんだろその獣は」
『わからんだろ』
通信先の女とは、寝たことがある。といっても本当に寝ただけで、女も自分の腹の上で幾分か頑張っただけだった。女が一方的に発情して、一方的に要求を拡散しただけ。刑事の仕事柄、そういうこともある。男と女で張ったほうが隠れやすいところもある。それだけだった。
「あ」
のどかな、午後の公園のベンチ。その陽気さにそぐわない、あ、という声。
「あ」
自分も、声を出してしまった。
「
「やっぱり。影ちゃんだ」
『お。おい。どういうことだおい』
「知人だよ。おっと」
逃げようとした彼女の手首を、やさしく掴んで制止。さわった手のひらに、ちょっとぴりぴりした電気のような感覚。
「あん」
「何が、あん、だよ」
『何が、あん、だよ』
同じ言葉を同時に通信に乗せたところで、通信の意味も何もないだろうが。
「つかまっちゃった」
「まあ、座れよ」
顔は普通。胸は少し大きい程度。パンツスタイルで長い足だか、細いというほどでもない。総じて普通。
「影ちゃん。ひさしぶりだね。16のとき以来かな?」
ここの学校には途中から行っていない。単位を取りきって、海外の学歴をいくつか重ねただけ。昔のことなので覚えてもいなかった。
「かもな」
「あれから探したんだよ。影ちゃんのこと」
「そうか」
探したというのは嘘だった。この仕事に就いてから、過去のことに関しては常に監視や報告がある。だからこそ、街を裏切れない。刑事として動くしかない。
そして、自分の過去を掘り返そうとする人間はこの街にはいない。そういう報告も来ている。そして、だからこそ自分はここにいる。
「だからこそ?」
「あ?」
「いや、口癖だったよね。だからこそ、って」
「ああ」
「あとなんだっけ。といっても、とかか」
たしかに、口癖ではある。といっても、説明が面倒だから立場を先に伝える言葉が出やすいというだけだった。だからこそ、この冠詞になる。
「たしかにそうだ」
「うん。たしかに、も口癖だった」
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