No.12「視界に移ったものは」

 クリスタル・ベアーの視界に移ったもの、それは握り拳の右手を振り上げているナギサの姿であった。


 そう、ナギサはクリスタル・ベアーを投げて地面に叩き出したと同時に、右手を離していたのだ。


 だが、一方で左手はクリスタル・ベアーの右腕を掴んだままである。


 これにより、クリスタル・ベアーはほぼ身動きが出来ない状態に陥っていたのだ。


 右手を離したナギサは、肘を曲げて右腕を上げる。その際に、右手を握り拳につくっていた。


 この時、クリスタル・ベアーは何を考えたのだろうか。死の恐怖を感じていたのか、反撃するために思考を巡らせていたのか、はたまた別のことを考えていただろうか。


 今となってはわかるはずもない。


 今のナギサには、なにもかも関係なかった。


 流れに任せるように、右の拳に力を入れる。


 そしてナギサにとって、渾身の一発を込めた拳をクリスタル・ベアーの顔面に目掛けて振り下ろしたのだ。



――ドチュンッ!!



 辺り一帯に、が響き渡った。


 ナギサの足元には、が散らばる。


 そう、ナギサはクリスタル・ベアーの頭を『殴り潰した』のだ。さらにナギサの拳や腕、他にも様々な所に『返り血』がたくさん飛び散っていた。


 クリスタル・ベアーはまったく動くことをせず、静かに絶命していたのである。


 それを確認したナギサはゆっくりと右手を引き抜く。


 同時に、クリスタル・ベアーの頭から血が勢いよく噴き出したのだ。


 たくさん振った炭酸の飲み物に、蓋を外すと勢いよく中身が飛び出すのと同じ原理である。右の拳で蓋をしていたが、拳を外せば勢いよく中身が飛び出したのだ。


 それを一番近くに居たナギサが、その血を足元や全身に浴びてしまう。


 それでもナギサは、何も動じていなかった。


 血を浴びたり、何か殺すことは前にいた世界でたくさんしてきた。そのため、今さら動じることでもないし、嫌がる要素はどこにもない。


 これも『最恐傭兵』と呼ばれた所以であろう。


 そのまま、ナギサは少女と女性がいる方へと身体を向ける。



「……おい、大丈夫だったか?」


「……」



 ナギサがそう聞くと、女性は何も言わずに口をパクパクとしていた。声が出したくても、何も出てこないのだろうか。


 さらに少女も、無言でナギサを見つめていた。


 だが、極度のストレスや恐怖、今起きていることの惨状に少女の心は限界が来てしまったのだろう。


 少女はぐったりと、気絶してしまったのである。


 そしてナギサとこの少女の出会いが、近くもあり遠くもある未来の『』の団長と副団長の最初の出会いであった。


 しかし、そのことはまだ誰も知らない。知るよしもない。


 そうしてこの二人がこれから起きる出会いや別れ、再会などの様々なことを経験する物語が、今始まるのだった。

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