『最恐』と呼ばれてた傭兵が死んだ後の世界は地獄ではなく異世界でした

蒼月 美海

No.00「死の恐怖」

 皆さんは、『死の恐怖』を感じたことはあるだろうか。


 『死の恐怖』、それは人間が死に直結した時に感じる感情のことだ。高いところから飛び降りる時、自動車と衝突した時など、様々なときに死の恐怖を感じる。


 それはまた、拳銃の銃口を額に突きつけられてる時も同じである。


 そして今、一人の男が何もない小屋の中で拳銃の銃口を額に突きつけられていた。それも手首を縄で縛られ、身動きがとれない状態なのだ。さらに、背中と手首の間には一本の長いポールが挟まれており、男はそこに正座をするような体勢で座っている。いや、、という表現の方が正しいだろう。


 何故なら、この男はの『裏切り』によって、このような状態に陥っていたのだ。しかもそれは、残酷なことに約十年間も共にしてきた『相棒』とも呼べる存在による犯行だ。


 男の額に突きつけられてる拳銃も、その裏切り者の手に握られていた。


 すると、裏切り者の口がゆっくりと冷静な声で話し始めた。



「この瞬間を……どれだけ待ったことか。なぁ、『ナギサ先輩』?」



 そして裏切り者は、拳銃の銃口を『ナギサ』と呼ばれた男の額に深く押し付ける。しかし、ナギサと呼ばれた男も怖じけず、裏切り者を強く睨み付けた。


 だが、その睨みをまったくというほど、裏切り者には効果がない様子である。そのまま、ナギサのことを冷たい目で見つめていた。


 それもこれも、この圧倒的に有利な状況だからだとも言えるだろう。ナギサは何も武器を持たない状態で、腕も縛られているのだ。裏切り者にとっては、ナギサを射殺しようと思えばいつでも出来る状態である。


 ここでナギサは、裏切り者のことを強く睨み付けながら叫びだした。



「『ゲンライ』、何故このようなことをした! 俺に何の恨みがある!」



 そう言うと、『ゲンライ』と呼ばれた男は彼の額に当てていた拳銃を額から外した。次の瞬間、ゲンライはナギサの頬をおもいっきり拳銃で殴り付けたのである。


 殴られると、ナギサは衝撃によって顔が大きく横へと向いた。


 殴り付けられた頬は赤く腫れ、口からは血がボタボタとこぼれ落ちている。殴られるとナギサは怒り、瞬時にゲンライのことを睨み付けた。


 だが、ゲンライの顔を見たナギサは驚いたのである。


 何故なら、ゲンライの顔は怒りで顔が歪んでいたのだ。それは正に、を感じるものだった。


 その顔に驚いていると、ゲンライは深く深呼吸をし始める。すると、怒りで満ちていたゲンライの顔は、徐々に先程の冷静だった顔付きへと戻っていった。


 冷静に戻ったであろうゲンライは、静か声でナギサに問いかけた。



「なぁ、ナギサ先輩。アンタは三十年前のことを覚えてるか?」


「三十年前……?」



 突然の問いかけにナギサは戸惑った。


 何故、いきなり三十年前の話をし出すのか。それが今回の裏切りと何か関係あるのか。ナギサはうつ向きながら必死に思考を巡らせる。


 たしかに三十年のナギサは、まだまだ現役であり、『任務』を全うしていた。だが、それ以前にゲンライとナギサは、まだこの時には出会っていないのだ。だからこそ、ナギサは必死に思考を働かせるが、今だ答えにたどり着けていない。


 ずっと考え込んでるナギサに対して、ゲンライは痺れを切らしたのかだろうか。ナギサの頬にもう一度、拳銃で殴り付けたのである。この打撃により、床にはナギサの鮮血が飛び散っていた。


 だが、怪我の功名と呼ぶべきか。今の衝撃によって、ナギサの背中と手首の間に挟まれていたポールが緩んだのだ。おそらく、拳銃で殴られた際に衝撃で全身を揺らしたためか、ポールが緩んだのだろう。


 この幸運をナギサは見逃さなかった。縛られてる両手でポールを掴みだす。次に拳銃の銃口を額に突きつけた時、一気に反撃へと転ずるためだ。ポールを一気に引っこ抜き、その衝撃でゲンライにぶつけ、怯んだその隙に形勢逆転を図る算段をたてる。



(おそらく、ゲンライは俺が顔をあげた瞬間に銃口を向けてくるはず、そのときには……!)



 ナギサは静かに身構え、ゆっくりと顔を上げた。


 すると、予想通りにことが進み始める。ゲンライはナギサの額に、またしても銃口を突きつけようとしてきたのだ。この瞬間を待っていたナギサは、一気にボールを引き抜こうとした。


 しかし、次の瞬間のことだ。ゲンライは荒々しく叫んだのである。



「忘れたとは言わせねぇぞ!! アンタは三十年前、を殺したはずだ!!」



 その言葉を聞いた瞬間、ナギサの身体は硬直した。


 硬直したナギサは、ゆっくりと口を開きだす。



「……だと?」



 この時、ナギサの脳裏にある光景が広がった。それは三十年前、『任務』により金髪の夫婦をナギサは殺すことを命じられた時の記憶である。その際に金髪の夫婦の間には、まだがいたのだ。



「……ま、まさか、お前はあのときの……!」



 そしてナギサの言葉に、ゲンライはゆっくり縦に頷いた。


 三十年前、『任務』のためをナギサは殺すことになった。その夫婦は組織の裏切り者で、始末するためにナギサが派遣されたのである。


 しかし、夫婦を殺した際、その夫婦はまだ幼い息子を抱かれていたのだ。だが、任務には息子も始末することは、一切書かれていなかった。そのため、ナギサはその息子を殺すことはしなかった。


 そうして目の前で両親を殺された幼い息子は、泣き叫び、ナギサを睨み付けていたのである。


 その様子を冷たい眼差しで見ていたナギサは、その息子にある言葉をかけていたのだ。



「『両親を殺されたのは、お前が弱いからだ。俺を殺したければ、強くなれ。そして俺に復讐しに来い。』、この言葉……アンタなら覚えてるよな」


「……やはりお前は、あの時の夫婦の息子か」



 ゲンライの言葉に疑問から確信へと変わる。


 三十年前に任務のため、殺した夫婦の息子。それが今、目の前にいるこのゲンライなのだ。


 この瞬間、ナギサは手に持っていたポールをゆっくりと離した。そのまま、なにか諦めたかのように軽いため息を吐く。



「まさかお前が、あの時の夫婦の息子とはな……」


「あぁ、アンタのことは三十年前のあの日から、一度も忘れたことはないよ。そしてアンタのあの言葉とずっと忘れずにいた。そのお陰で、今ではアンタを越えた!!」



 そう言うと、ゲンライは自身の手に握られている拳銃の引き金に、指をかけ始める。



「この十年間、本当に地獄だったよ。アンタの下について、アンタの信用を得るのに必死だった。アンタは警戒心は高いし、隙もほとんど晒さない。そんな人物に十年間、殺意を殺して耐えてきた。だが、これでやっとこの悪夢から抜け出せる」



 ナギサはゲンライの言葉を一言一句、全て聞き取っていた。まさか、十年間も共にしてきた『相棒』とも呼べる存在が、ずっと命を狙っていたなど考えたこともなかったからだ。


 そしてゲンライには、ナギサを殺す資格がある。それにナギサは、ゲンライに『負けた』のだ。だからこそ、こうして捕まってしまったのである。


 もう、なにも抵抗することは何もない。



(……五十年近くも生きてきたんだ。これで終わりにしても、問題はないな。唯一、心残りがあるのならば、『』を守れなかった、ただそれだけか)



 心の中でそう呟きつつ、ゲンライの顔を見上げた。ゲンライの顔は眉間にシワを寄せてはいるものの、どこか満足気そうな顔をしている。


 あとはもう、死を受け入れるだけだ。すると、気づいた時には『死への恐怖』など、とっくに無くなっていた。


 そのことに気付くと、ナギサは目をゆっくりとは閉じている。



「じゃあな、『最恐と呼ばれた傭兵、ナギサ』っ!!」


――パァンッ!!



 次の瞬間、ゲンライは拳銃の引き金を引いた。辺り一帯には、一発の銃声が響き渡る。撃たれたナギサは、一瞬身体を後ろに倒すものの、後ろに行ったその反動で前へと倒れてしまう。だが、今の衝撃でポールが外れたのだろう。ポールと一緒に額から血を流しながら地面へと倒れ込んだのだ。


 辺り一面には、ナギサの血で真っ赤に染まる。ゲンライの服や顔などにも、ナギサの返り血が飛び散っていた。


 そして本日未明、『ナギサ』と呼ばれた男は、誰も知らない土地で静かに亡くなるのだった。

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