十一月、第二週、水曜日。

 夜十時。

 茨北中学校の校舎の対面、グラウンドの端の方に防球ネットの一部が破れた場所がある。

 夏のハードな練習に耐えきれなくなったサッカー部部員が逃げるために防球ネットを引き裂いたのだとか。

 そんなまことしやかな噂を頼りに富田アツシはその場所を訪れていた。


「うわぁ、マジじゃん、夏から放ったらかしかよ」


 一目ではわからないように細工はされているが手でどかせる程度のカモフラージュ。

 張り直す予算がないのか、張り直さなくても問題ないとみたのか。

 しかし、このネットの穴が夜の学校へ入るための道となっていた。

 正門も後門も閉められていて、乗り越えようとすると防犯センサーに引っ掛かり契約してる警備会社に連絡が入るようになっていて、学校を囲む塀を乗り越えてももちろん同じだ。

 数を減らすためか、防球ネットが張られている一部はセンサーが設置されておらず、アツシは防球ネットの穴から塀を乗り越えた。


 明日使うノートが無くなったからコンビニに買いに行ってくる、という嘘くさい理由を家族に告げて出てきた。

 何もこんな遅くに行くことないじゃない?、と母親に呼び止められた時には、俺もそう思う、と口から出そうだった。


 夜十時、学校の非常階段、四階にて待つ。


 下駄箱に入っていた封筒をラブレターかと思い嬉々として開けると、まるで果たし状みたいな呼び出しが書いたノートの切れ端で辟易としたが、呼ばれた用件が用件なだけに無視するわけにはいかなかった。


 高塚クミに対してお前がしたことについて話がある。


 その一文に、アツシは胸を突かれたような痛みを覚えた。


 塀を乗り越えて着地する。

 周りを警戒するがもちろん誰もいない。

 照明も無い夜の真っ暗なグラウンド。

 十一月の夜ということもありひんやりとした空気が身体を冷やす。

 身震いするのは寒さ故か、怖さ故か。

 学校の怪談って大体夏の話じゃなかったっけ?

 誰に問うわけでもない疑問を浮かべながら、グラウンドの隅をアツシは歩いていく。

 監視カメラ作動中、と校門などに注意書が貼ってあるが実際のところ生徒のプライバシーの観点から動かしていないらしい。

 カメラは存在するだけで防犯になるのだとか、誰か忘れたが教師が授業中の与太話で漏らしていた。


 昔は教師たちが当直制で学校に泊まり警備していたと相川先生が懐かしんでいたのを思い出す。

 学校といえども、市役所や公民館と同じ公共施設なので、夜も地域住民の集会場に使われたり、相談事を持ち込まれたりなど、市役所や公民館の代わりとしての役目を担っている頃があったらしい。

 現在も学校の体育館が災害避難場所や選挙の投票所に使われていることが多いのはその名残と、何かの授業で聞いた覚えがアツシにはあった。

 いや、テレビ番組だっけ。


 昔は、と頭につけられるのでそれがどのくらいの時代の話かはアツシにはわからなかったが、電話などの通信手段も全世帯に普及していなくて、電話がない家庭で例えば夜になってもまだ子どもが帰ってこないなど、緊急事態が起こると直接学校に駆け込んでくることもあり、その連絡役なども担っていたとのことだ。

 学校の怪談なんてものは実際の夜の学校の怖さに比べたら粗末なものだよ、と相川はフガフガと笑って話していた。


 近隣への影響を考えて照明は消え非常灯だけが点る校舎が、所々緑色に発光していてグラウンドから見上げたその様は遊園地にあるお化け屋敷のようだった。


「苦手なんだよな、お化け屋敷」


 今度彼女の林セツコと行くことになっている遊園地ではどうにか断ってしまおう。

 セツコはアツシとは逆に怖いもの好きで、お化け屋敷も絶叫マシンも好んで体験したがる。

 付き合ったのだから相手の好みに合わせようとしてきたアツシだが、嫌なものをちゃんと伝えることも大事だなとこの頃は考えていた。

 そうやってお互いの好き嫌いを理解して尊重していくことが長く付き合う秘訣なのだと、愛読する漫画雑誌の恋愛漫画に描いてあった。


 息を潜め忍び足で校舎に辿り着いたアツシは、なんとなく身を若干屈めながら廊下を進んでいく。

 気を付けながら歩くものの、足音は静かな校舎に響いてしまう。

 コツコツとなる足音と、僅かに聞こえる鈴虫の羽の音。


 一階廊下の端、非常階段の入り口に辿り着きドアを開ける。

 ここにもセンサーは付いていないようだ。

 非常階段には電灯が無く、射し込む月明かりだけの暗い階段を登っていく。


 階段を登る足音と、アツシの息遣い。


「来たか・・・・・・」


 ぼそっと聞こえた声にアツシは顔を上げる。

 非常階段、四階。

 暗闇の中に人の姿があった。


「俺を呼び出したのはお前か──安井」


 月明かりの影から、アツシを見下ろすように、見下すように、タイチが──安井タイチがそこに立っていた。

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