5
「里丘はどうしてここに? なんか演劇部、部活休みみたいだけど」
「来週から文化祭の演技練習再開するから、それの準備とかしに来たの」
文化祭の日、吹田マコトの転落事故により救急や警察が駆けつけて午後から発表を控えていた三年生の劇は文化祭ごと中止となった。
学校側とPTAとの協議は、すぐにも高校入試が控えている為に完全に中止してしまう案と生徒達の思い出を優先するために日にちを変更しての再開案とでぶつかったらしい。
熱のこもった会議は怒声と涙、唾と汗とが飛び交う子供には見せられないものであったと全体朝礼で総持は笑い話にしていたが受けは悪かった。
十一月、第四週、日曜日。
部外者の事故があった学校で警察や教育連盟が再び保護者の参観を認めるには一ヶ月は必要だったようだ。
「準備って?」
「誰かさんみたいに備品紛失しました、って報告できないからね」
「演劇部の控え室に保管してるんだろ? 問題ないんじゃないの?」
「何言ってんの、だからじゃない」
「え?」
「演劇部預かりだから、なおさら万が一があったら嫌なんじゃない。部長・・・・・・元部長としてそんなことあってはならないってことなの」
「あー、アレか、女装セット紛失発覚したときの犯人探しの空気が嫌なんだな」
「そう、もうあんなのウンザリ」
一部知ってるものだけが疑惑の目を他の生徒に向ける。
悪いのは劇ぶち壊し計画などを立てた脚本係だが、同級生の中にそれを窃盗したヤツがいるのではないか、という疑惑は少なからず生まれてしまっていた。
かん口令が敷かれて話を知っているのはごく一部で、さらにその中の数名は犯人探しに躍起になっていた。
文化祭の準備期間は里丘にとって、演劇指導でスパルタだと煙たがられるも楽しい期間であった。
いつもの演劇部十数名で作り上げるものとはまた違う二クラス分の人数で作り上げていく大舞台だ。
図書館などで借りる教本に則った台本と演技と音楽とは違うそれぞれの担当生徒の色が混じったオリジナリティーの含んだ舞台は里丘にとって初めてだった。
しかも、他の二クラスがライバルのように存在する。
作品を完成させていく楽しみだけではなく、張り合いまであるだなんて里丘の肩はぐるぐると回り演技指導に熱が入る。
自分の三年間の成果を注ぎ込もうと密かに燃え上がっていた。
この劇の出来次第で、今後の自分と演劇との付き合い方、向き合い方が決まるのだと思っていた。
それはもう半年もなく迫る高校入試よりも大切で、里丘センの人生において重大なものだと心底思っていた。
それをライターと名乗る怪しい男が学校の階段で転落死したことで邪魔され、脚本係の紛失騒動でケチをつけられている。
文化祭の中止を告げられたときは、死刑宣告だと里丘は絶望し。
文化祭の再開を告げられたときは、命乞いをして救われたのだと空を仰いだ。
かつて演じた役を知ろうとして想像した感情が里丘の中で目まぐるしく再現されて、強く苦しめた。
「里丘ってさ、めちゃくちゃ演劇部好きだよな」
「なんか鼻で笑ってる感じがする」
里丘はタイチをジト目で睨む。
なんでだよ、とタイチは手を振り訂正する。
「演劇部が、って言うか、演劇が好きなの。私ね、個性が無いなって自分で思ってるし嫌いなんだけど。誰かを演じるとその人の個性を借りれるじゃない? その瞬間だけ、嫌いな私を忘れられて、個性を持った自分のことを嘘でも好きになれるんだ」
胸に手を当て、里丘は俯く。
少し見える目元が潤んでいるように見えた。
見えて、それをタイチはジト目で返した。
「それ、俺が貸した映画のセリフ」
「えへ、バレた?」
「バレバレ、演技まで一緒じゃん」
「んー、演技が好きなのか?とか演劇部続ける理由?とか聞かれる度にやってるテッパンだったんだけどなぁー」
顔を上げ悪戯っぽく笑う里丘。
グラウンドから、良いタイムだよー、と声が聴こえた。
「里丘ってそんなキャラなんだっけ?」
「なに、アンタの中で私のキャラ像どうなってんの? てか、そんなキャラ像出来上がるほど喋ってないでしょ、私たち」
「いや、まぁそれはそうなんだけどさ、そういうの面と向かって言うことかよ」
「アンタは面と向かって話さなすぎだけどね。自分の得意分野の映画の話を押しつけてるだけ」
「なんで俺のコミュニケーションに対してダメ出しされてんの?」
「そんなんだったら、クミとは話続かないよー」
え?、と言葉が詰まるタイチ。
あ!、と言葉が詰まる里丘。
「ど、どういう意味だよ、なんで高塚のことがいきなり出てくるんだよ」
「べ、別にクミって言っただけで高塚クミとは誰も言ってないでしょ」
「は、はぐらかすなよ」
「ア、アンタがクミのことどう見てるかなんてバレバレなんだから」
「どう見てるってなんだよ?」
「エロい目」
「はぁ?」
里丘は人差し指で目尻を吊り上げる。
それの何がエロい目なのかとタイチは思ったが、エロい目の正解が何なのかはわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます