第3話 真昼の大捜査網
その次の土曜日は、よく晴れていた。軽く風がそよいで、出歩く気候としては悪くない。郡司先生の自宅があるのは、しずか及び僕の自宅から電車で2駅離れた小柴町である。待ち合わせの時間に、
「悪い、ちょびっとだけ遅れる」との連絡を受けた僕は、しずか当人の勧めもあって、先に最寄の駅に出向いて待つことになった。
変な彫刻に挟まれたベンチに座って待つ間に、僕なりに捉えたしずかの特性を記す。
まず負けん気が強い。口も悪い。「不正は嫌い、偽善はもっと嫌い」なのはまだ青くさいせいだとしても、金銭にルーズなのを許さない態度は、そばで見ていて戦慄する。まさしく「美少女の仮面を被ったチエちゃん」(命名・うちの姉)である。ここがきゃつの不思議なところだと思う。
多忙のためご両親は不在がちとはいえ、何不自由ない家庭(母上が医者なのをはじめ、皆さん人に自慢できる職業だ)に生まれ、令嬢として育った身の上なのに、やたらとコスト意識が強い。しばしば5円単位にこだわりをみせ、僕にもそれを強いる。金持ちほど吝いともいうが、それともまた違う気がする。
ただしこれはしずかのみ。青鷺家の他の面々は、それぞれ個性が強いのは事実だけど、すばらしく鷹揚な人たちである。
ケチとか卑しいとかじゃなくて、少額といえどゆるがせにしない自立心が身に付いているためだろうとは、しずか贔屓の僕の母および祖母の意見であるが、他の青鷺家からは受けない実利的な雰囲気を、どこで身につけたかについての見解は一致しない。
前に述べたように、中学までのしずかは母方の里にいた。だが、ケチは同居していた「神戸のお祖母ちゃん」の影響との僕の見方には、面識のある我が家の祖母が否定した。「昔の阪神間のいい家のお嬢さん」の面影を残す方で、吝いとは対極にある人物像なのだそうだ。
ちなみにしずかの母上は、兵庫は兵庫でも宝塚の男役みたいにさっそうとした方であり、「チエちゃん」の「よし江はん」とは根本的に異なる。
なお、しずかの言動のチエちゃんとの近似性について、本人に直接ぶつけた経験は僕にもある。彼女からの返答は、
「じぶん、通天閣とポートタワーをごっちゃにしてるな」だけだった。
電車が到着すると、下駄ではなくお気に入りのヴィンテージ風スニーカーを履いたしずかがのっしのっしと姿をあらわした。
しかし、足首から上のスタイルは、予想とはやや違った。
当初僕は、まさか制服でやってこないよな、と懸念していた。
彼女の通う高校の暗い色をした制服は、当人たちが思うよりも注目度が高い。主な視線の成分は賞賛に、やっかみ。そんなのと肩を並べた小僧は、とても辛い採点にさらされる。
だが、僕のくだらない心配を尻目に、今日のしずかは、フェミニンとまではいかずとも、全体にすっきり上品にまとまったパンツスタイルだった。制服でもなければ、前に一緒に出かけた際のスカジャン姿でもない。だいたい彼女は、私服ファションはやや尖り気味の傾向があるのだが、今日は普通だ。
しずかも、僕の視線が含む疑問符に気づいたのだろう。気楽な格好をして出かけようとしたら、居間にママがいたという話をボソボソとはじめた。
ふだん多忙な母上が、日頃あまり手をかけられない娘に対し、急遽ファッションチエックを入れたのかと思ったら、事情はさらに少し複雑だった。
しずか母娘、お祖母さんが顔を合わせ、
「それじゃ、でかけるね」「気をつけていってらっしゃい」と、会話したちょうどその時、飲み物を求めたしずかのお祖父さんが、コーヒーメーカーのある居間へとやってきた。
母上と祖母上は当初、ロングTシャツ姿だったという彼女に軽く顔を見合わせつつも、そのまま玄関へと送りだそうとした。色彩など上下のコーデネートそのものは、決してハズレではなかったためである。
だが、おもむろに女性陣を見渡したお祖父さんがいきなり、
「しずかはこれから、土方さんの悟くんと会うんだよ」と指摘し、望みの品を手にゆったり自室へと去って行った。
すると女二人は、一転して騒ぎ出した。即座に当初案を破棄、親交ある家庭のお孫さんとの待ち合わせに穏当と二人の考えるスタイルへの変更を強制した。当初はもっと若々しさを肯定する明るいカラーを懇願されたが、最終的にブラウスの色においてのみ、かろうじてしずかの主張が通ったという。
「だから、紺色」「ああ」
それでも無地は止められたらしく、小さな白い水玉が入っていた。
女たちのもめごとはともかく、しずかが僕との約束を、先にお祖父さんにしゃべっていたわけではない。彼女の表情や態度を目にしたお祖父さんが、ほぼ瞬間的にこれからの孫の行動について見抜いたのだ。
話を聞いて僕は、笑うどころか軽い感動すら覚えた。
なぜなら、お祖父さんこと大学名誉教授の青鷺朝彦氏にはかつて、
「警察の諦めた怪事件を関与の翌日には解決した」「冤罪から気の毒な少女を救った」などの胸に響く名探偵エピソードがいくつもあったのだ。
むろん、かなり昔のあやふやな噂でしかないけれど、当時の関係者から伝え聞いた僕の祖母は伝説を真剣に信じていた。しずかもまた、祖父のようになりたいと考えているのは間違いない。僕もまた、その希望を助けたかった。
「やっぱり、すごい頭脳だね」と褒めると、「まだらボケだけどな」と、しずかは肩をすくめ、持ち前の整った顔をわざわざゆがめてみせた。
だが、これはしずかが、それほど祖父を自分と近しい存在だと思っている証拠だと、僕は考える。
彼女が夜、家の外に出て読書しているのだって、お祖父さんとの議論が再三ヒートアップし、それを冷まそうとしたのがはじまりだったらしいし。
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