One Day Memories

常夏夕

EP.1 彼女との出会い


俺には"特殊な力"がある。


それは、『記憶』に関する力だ。


自分の記憶を抽出し、他の人に与えたりすることができる。


勿論、記憶を抽出したら自分の記憶からは消えてしまう。


だが、抽出された記憶を与えられると、その記憶を忘れることは無くなる。


なので、この力は基本的に忘れたくない事があった時に自分に使っている。


そんな"特殊な力"を持っている俺が今、何をしているかというと...



———入院していた。



俺は2日前、トラックに轢かれたことで足を骨折してしまった。


そのせいで全治1ヶ月。


まぁ、トラックに轢かれて足の骨折で済んだのならいい方だろう。


本当なら痛みに関する記憶は消したいが、俺の能力で抽出する記憶は誰かに与えなければならない。


見ず知らずの他人にトラックで轢かれる痛みを渡すのは気が引ける。


碌に歩くこともできない入院生活だが、悪いことばかりではない。


俺と同じ部屋に女の子が入院している。


何が良いって、めちゃくちゃ美人なのだ。


髪はゆるりと巻いたボブカット。


スタイルも良く、モデルのようだった。


昨日は声を掛けれなかったが、今日は今から声を掛けてみるつもりだ。


いざ声を掛けるとなると緊張するな。


俺は意を決して声を掛ける。


「おはようございます」


無難に挨拶をする。


彼女はいきなり挨拶されたことに少し驚いたようだ。


「おはようございます」


そう優しい声で返してくれた。


ただ挨拶をする、これだけのことでも嬉しくなってしまう。


「でも、もうお昼過ぎてますよ?」


時計を見ると、時刻は12時を回っていた。


...おはようございますの時間ではないな。


彼女は続けてこう言った。


「あなたは昨日の夜にこの病室に来たんですか?」


「え?」


まさか会話が続くとは思っておらず、少し驚いてしまった。


ていうか俺がこの病室に来たの昨日の昼だ。


気づかなかった、なんて事があるんだろうか。


「俺は昨日の昼にこの病室に来ました」


「あぁ、そうなんですね。忘れてしまってごめんなさい」


「いえいえ、大丈夫ですよ。それより、1ヶ月ぐらいここにいるんでよろしくお願いします。」


「そうですね...お願いします」


少し間が空いた、何かあるのだろうか


「あの...私の病気について聞いてくれませんか?」


声色が少し変わった。


何か深刻な病気なのだろうか。


昨日の様子を見るあたり、特に病気である感じはしなかった。


「あなたが良ければ聞きたいです」


「ありがとうございます」


彼女は深く息を吸い、話し始める。


「私、『特異性記憶障害』という病気なんです」


彼女の口から聞いたこともない病気名が出てきた。


「それはどういう病気なんですか?」


俺は、その病気のことが気になった


「簡単に言うと、1日で記憶が消えちゃうんです」


「え?」


漫画とかだと見たことあるけど、そんな病気実在するのか...?


「家族のことや、自分のこと、病気のこととか、大事なことは覚えているんですが他のことは軒並み忘れちゃうみたいなんです」


そうか、彼女が昨日の昼に来た俺のことを忘れていたのもそのせいか。


「なので、私と話してもどうせ次の日にはゼロに戻ってる。忘れるのも、忘れられるのも辛いと思うんです。なので、私とは話さない方がいいと思います。」


さっき返事に、間が空いたのはそういうことだったんだな。


今の話し方を見るに、人との距離を取ろうとしている感じがする。


彼女自身が望んでいることだ、大人しく引き下がるべきだろう。




.....本当にそうだろうか?


本当に人と距離を取りたいのなら、俺の挨拶に反応する必要も無かったし、病気のことを話す必要も無かっただろう。


ここからは俺の想像が入るが、恐らく彼女は特殊な病気のせいで1人の時間が多かったのだろう。


誰かと仲良くなっても、すぐに忘れてしまう。


そんな経験を多くしてきたはずだ。


そして、1人に慣れ、誰かと仲良くすることを恐れてしまうようになった。


こんなところだろう。


なら、俺が出来ることは1つだけ。


余計なお世話かもしれないし、迷惑かもしれない。


けど、彼女を1人にすることはできない。


「俺は君と話すよ」


「え?」


この発言に彼女が驚いている。


「で、でも私は忘れちゃうんですよ!」


彼女の語気が強くなる。


だが、俺が引き下がることはない。


「毎日話しかけるよ」


「毎日ゼロから始まるんですよ!」


「俺は構わないよ」


彼女の瞳から涙が零れる。


消え入りそうな声で彼女が呟く。


「本当に、私と毎日話してくれるんですか?」


やっぱり1人は嫌だったんだな。


「ああ、君を1人にはしないよ」


「ほ、本当ですか?」


「本当だよ」


「絶対ですか?」


「絶対だよ」


彼女は絞り出して言った。


「あ、ありがとう、ございます」


果たして、俺の選択はこれで合っていたのか、それはまだわからない。


だが、少なくとも間違ってはいないと思った。


落ち着いたところで、お互いに自己紹介をすることにした。


「俺は黒瀬黛志。よろしく」


無難に自己紹介を終える。


他に言うことを思いつかなかった。


「私は七瀬結衣。これからよろしくね!」


先ほどの涙が嘘のような、笑顔だ。


それからは、他愛もない会話で盛り上がった。


俺と彼女との奇妙な関係が、明日から始まる。

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