TOUCHDOWN

 リエゾン連絡員は音もなく、闇の中からアコスタの元に現れ言った。

 手にはショート・バレルのAK74。

 

「下手な着地だな」

 

 中近東やトルコ辺りの訛りの英語。

 アコスタはどうにか面体だけ外した。幸いにも足や腰に痛みはなかった。


「ずーっと見てたのか?」

「早く着きすぎたんでな」


 周囲には車などの移動手段はなかった。ただただ荒野だけが延々と広がっている。


「それより、合言葉だろ」


 リエゾン連絡員は訊ねた。

 

「新しい身分証は?」


 アコスタは世界一短い合言葉を答えた。


NO要らない


 リエゾンは軽く微笑みAK74を下げた。

 そして、内ポケットから真新しいパスポートと携帯電話を取り出した。

 アコスタは両方を受け取り防寒具のツナギの内ポケットに閉まった。


「それより、なんでパラシュートをたたまないんだ?民兵に見つかったらすぐに何十人も集まってくるぞ」

「まだ必要だからだ」


 そうアコスタが答えるのとアコスタが内ポケットから取り出した小さな金属パイプがリエゾンの頚椎に当たるのが同時だった。

 リエゾンは昏倒し崩れるようにその場に倒れた。

 <死の医師>から前進基地で何度も位置を教えてもらい練習したが思ったよりうまくいった。

 そこからは時間との戦いだった。

 まずリエゾンのジャケットを脱がした。

 アコスタは超特急で自分の装備を外すというより脱いだ。

 防寒のツナギの下にはカジュアルな服装を着込んでいた。

 パラシュートのハーネスはそのままでツナギごとリエゾンに着せた。

 そして、アコスタ自身はリエゾンの強烈なタバコの匂いがするジャケットを着用した。

 アコスタはポケットから認識票を

取り出すとリエゾンの首にかけた。

 ここからも、難題が待ち受けていた。

 銃やナイフで殺すことは簡単だったがそういうわけにはいかなかった。

 <死の医師>から前進基地で教わった第二の行程へと移った。

 近くの大きな岩を持ち上げると暫く逡巡し、よーく狙いを定め角度も気をつけ

 <カインとアベル>のカインのように振り下ろした。

 パラシュートを装備したままのリエゾンの骨が折れる音が夜明け前の荒野に小さく鳴り響いた。

 うまく行ったかどうかはアコスタにもわからなかった。

 降下してきた工作員エージェントが着地に失敗して死んだかどうかの判断は民兵がすることだからだ。

 こいつのおかげで幾人の工作員エージェントが死に、待ち伏せをされてミッションが幾つパーになったことか。


 リエゾンからもらったスマホが鳴った。

 こんな荒れた国でも携帯電話が使用できることが驚異だった。


「ハロー?。こちら<アイ・ボール6>状況は?」


 アコスタが答えた。


「ハロー?。こちらは<アンヘル37>嘘は旅立った。繰り返す、嘘は旅立った」

「<アイ・ボール6>了解。<バレル22>がきみを支援している。こちらでも10秒ほど遅れがあるが静止衛星でGPSの信号だけはキャッチもしている」

「<アンヘル37>ログ。それより早く<フッカー>と合流したい」

「状況がやや変わった。国防部会の上院議員がつむじを曲げたので作戦に多少の変更がある」


「ファック!」


 携帯を遠ざけてアコスタはつぶやいた。


「<アンヘル37>なんか言ったか?」

「なんでもない」

「こちら<アイ・ボール6>その携帯にショートメールで位置情報を送るそこまで移動してもらいたい」

「移動?」

「こちら<アイ・ボール6>そうだ。LT現地時刻05:58までに携帯が示す位置情報に移動せよ。<フッカー>はそこで待っている。繰り返す、LT現地時刻で05:58までに携帯が示す位置情報に<アンヘル37>は移動せよ」


 アコスタには言葉がなかった。


「こちら<アイ・ボール6>了解したか?」

「ちょっと待った。こちらは移動手段が一切ない。『まで』って時間が限られているのか?」

「逃走ルート上が民兵の朝一のパトロール・コースと重なっている」


 そんなの分かってたはずだろ!。

 怒りは通り越すと言葉にならない。

 東部のエスタブリッシュは自分が優秀だと思っているがこれは思っているだけで、事実は違う。

 もしそうだったならば世界は争い事なくもっとうまく回っている。

 短い沈黙のあとアコスタは言った。


「こちら、<アンヘル37>了解。早くショートメールを送信してくれ」

「こちら<アイ・ボール6>了解。今からメールを送信する。」

「<アンヘル37>コピー。ファック・ユー、レッツ・ゴーそれゆけくそったれ

「こちら<アイ・ボール6>、アウト通信終了


 通話は一方的に切られた。

 荒野では少しづつだが青みがかり夜が明けようとしていた。

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