現代魔女の手作りチョコレート

SHOW。

チョコレート

 魔女はチョコレートを手作りするのかという質問があるとします。ちょっとだけ気になるのではないでしょうか。


 その答えは、イエスです。

 少なくとも魔女である私は今、キッチンの前に一人で立っているのです。


「よいしょっと」


 細分さいぶんされた板チョコが乗るまな板。

 包丁も念のため、そこで待機させます。

 余るそでをまくり、身の周りの準備です。


 大小異なるボウルを用意し、お湯を入れた大ボウルに温度計を差し込んで、その温度を調節しています。

 手先てさき水面みなもに触れないよう、注意しなければいけません。


「温度……五十五度、完璧」


 私はこれからチョコレートを溶かす作業、せんをしていきます。

 手作りの大きな山場、心して掛からないといけません。


「やりますよー」


 私は私を鼓舞こぶします。

 気合いを入れているのです。


 ただ声を張るのは苦手なので、はたからみれば独り言をつぶやいたようにしか映らないでしょう。根暗ねくらの自覚はあります。


 そういう性格なのですが、この時代における魔女の立場を加味するならば、なにかと都合が良いのではないでしょうかね。


「今度こそ失敗しませんよー」


 私の挑戦は今日で二度目です。

 昨日は大量の板チョコとミルクたちに申し訳ないことをしました。


 無残な形になってしまい、冷蔵庫にいます。

 後できちんと食べます、絶対にです。


 そうこうして、私がまな板にあるチョコを小ボウルへと、包丁を使い移し替えようとしたそのときです。


 私の家のインターホンが鳴りました。


「……む」


 用事のある人物は、他家たけに比べると少ないと思います。

 魔女に宗教しゅうきょう勧誘かんゆうをする不届き者じゃないのなら、郵便さんか魔女の付き人でしょうね。

 その判別は簡単なので様子を見ましょう。


「……鍵が開きましたね」


 施錠せじょうかれるかわいた響きが聴こえます。

 もう時期、私の眼前めのまえに現れるでしょう。


 正直、このキッチンを見られたくない人ナンバーワンなのですが、彼にも魔女付きという役割がありますので無碍むげには出来ません。


 玄関から一直線でこちらへ来る足音。

 すぐにキッチンのあるリビング扉が開かれ、湯煎前に中断している私からも視認が可能になりました。


「……どうも」


 彼は相変わらずの鋭い目つきを片方、前髪で隠しています。おそらく気にしているのでしょうかね。


 あと私的には、染色していない天然物の茶髪がとても羨ましいです。分けて下さい。

 私より十センチほど高い身長。正確な年齢は不明のようですが、少し年上らしいです。

 男の子にしては随分と細身体型で、ちょっとばかし心配になるくらいです。


 しかし今は、防寒完璧の重ね着のせいか良い意味で恰幅かっぷくがよろしいですね。


 部屋の温度に合うのでしょうか、不安です。

 いやそれよりもまずは、いつもの御礼おれいですね。


黒野くろのくん、今日もお疲れ様です」

「……ああ、はい——」


 なんでしょうか、少々素っ気無いです。

 元々ぶきっちょな人なので分かりにくいですが、それは間違いないでしょう。

 私がなにかしているのですかね。


 そんな彼。黒野くろの 頼人らいとくんは魔女付きという役職をになっています。


 簡単に説明すると、この現代に魔女という生き物は存在してはならないという文律ぶんりつがあります。


 しかし私のように、魔女は空想くうそう創作そうさくの中だけではなく、こうして生きているのです。


 黒野くんの役割を挙げとなるとですね。

 魔女が現存している事実の黙秘もくひ

 一般人に気付かれた場合の隠蔽いんぺい工作こうさく

 対象魔女の観察。

 こんなところでしょうかね。


 ちなみに、黒野くんは普通の人間です。

 魔女付きは基本、魔法は使えません。

 真実を知る一般人と言った感じでしょう。


 そして対象魔女に当たるのが私になります。

 つまり黒野くんは、私の魔女付きなのです。


「——メイさん?」

「あ……はいっ」


 急に私の名前を呼ばれると心臓に良くないです。前振りくらいして欲しいですよ。


 でも一応ミドルネームなので、この東洋の国の価値基準だと、苗字で呼ぶのと変わらないのかもしれませんね。


 ココノセ・メイ・マリー。

 英語圏だと確か、マリー・ウィズ・メイ・ココノセ。漢字表記だとここ 芽依めい

 これが私の名前です。

 ファーストネームは基本使わないですね。


 因みにここ 真莉伊まりいだとお母さんの通り名になります。


 母親のミドルネームを入れるのが、代々魔女のしきたりのようなものなのです。


 つまりは私のお母さんも魔女です。

 生粋きっすいの西洋人でった記憶はないのですが、お婆ちゃんもそのはずですね。


 お父さんは普通の東洋人で、お母さんはハーフなので私はクォーターです。


 あまりその特徴が私に見られないのが、実はコンプレックスだったりします。


「お取り込み中のようですが……」

「ああ、問題ありませんよ。明日はバレンタインじゃないですか、折角せっかくなので自分用に試してみようかと……」


 黒野くんは頷いています。

 でもごめんなさい、自分用に試している訳ではありません。


 こんな私ですが、渡したい相手がいるのですよ。黒野くんには内緒にします。


「それより、その格好かっこう……」

「む、流石さすが黒野くん。気付いてくれましたね」


 黒野くんが私の服装を指摘していますね。

 これはお目が高いです。思わず回転してしまいそうになりました。

 こうしていざ着てみると、なんというか気分が高揚こうようして、私のマナの能率のうりつはかどってますよ。


「……すみませんが、今すぐ着替えて貰えませんか?」

「なっ、どうしてそんなことを言うんですか黒野くん」


 なんてことを。

 これこそ私の本来あるべき姿なのに。


 私は両手を広げ、大の字にして、身の潔白を主張します。そうだ、ソファーに置いた帽子が足りなかったのかもしれません。


 そんなことを考えていると、黒野くんは目頭を押さえています。日々の疲労が溜まっているのでしょうかね。心配です。


「メイさん。魔女とは世間一般に知られても良い存在ですか?」

「……ダメですね。世界のバランスがくつがってしまいますから。それよりも——」

「——なら問います。どうして魔女が、一目で魔女だと分かる格好をしているのですか!」

「え」


 私は自身の格好を近くにあるスタンドミラーで確認しました。ついでにソファーに置いていた三角帽さんかくぼうひろかぶります。


「そんなものまで……全く……」


 黒野くんが文句を言ってますが、無視です。


 再度、鏡を見ました。

 ロング丈のワンピースに、フード付きのロングマント、それぞれ紫黒色です。

 このシワ寄せがいい味を出していますね。


 鏡からは見えませんが、このハイソックスもお気に入りですね、暖かいですし。


 そして私の黒髪ロングにもマリアージュしているので、胸が高鳴ります。


 これぞ本物の魔女の正装。

 何気に今まで、このような格好をしたことがなかったので念願、叶っちゃいました。


 私とて立派な魔女であり、おしゃれになりたい一人の女性なのです。

 いつも地味なジャージばかり着て、詠唱えいしょう鍛錬たんれんを積むだけではないのですよ黒野くん。


 うん、帽子があるとより雰囲気が出ます。

 私はその帽子のつばを両手でつまみながら、黒野くんにきます。


「……どうでしょうかね?」

「どうもこうもありませんよ」


 この答えが気に入りませんでした。


「一回くらい良いじゃないですか。魔女なのに魔女らしい格好をしたことなかったんですよ、もしかして似合いませんかね?」

「いや、似合う似合わないの問題では無くて。メイさんには魔女としての自覚が足りないと言いたいだけです」


 これまたなんてことを。

 私はとうの昔に魔女見習いを卒業したのに自覚がないなんて、そんなのありえないです。


「一般人にも着ている人はいますよ。いわゆるコスプレ というやつですね。

 だから黒野くんに先程さきほどの、私の魔女自覚無し発言の撤回を要求します」


 黒野くんはかぶりを振りました。


「魔女と一般人は違います。

 例えばその格好でメイさんが魔法を行使して、それが衆目しゅうもくさらされたとします。

 するとこちらの隠蔽工作が難しくなり、あまつさえパブリックイメージそのまま、メイさんがテレビのワイドショーをにぎわせることにもなり、最悪さいあく捕縛ほばくされ、解剖かいぼうまでされかねません。

 一過性の好奇心に流され命の危機を曝け出す魔女なんて、自覚がないで相違ありません。ですので撤回はしません」


 分かってはいますが黒野くん、なんて強情で頭が硬いのでしょうか。


「でも。かっこよくて、可愛いじゃないですか、これ。ねっ?」

「……分かりません」


 どっちか、でいいんですよ。


「……魔女に見えませんか?」

「メイさんには不要ですね」

「不要……」

「はい」

「な……いえ、もういいです」


 私は黒野くんから目を背けました。

 ここは部屋の中なのですよ。

 私だってこの格好が良くないことは知っているのです。わきまえてはいるのですよ。


 だから役職にとらわれず、魔女である私の魔女コーデに、似合ってるか似合っていないか、答えてくれたらそれだけで良かったのに。


 怒るなら、注意するなら、責務を全うするなら、その後でもいいじゃないですか。


「……」


 もう、反論する気も失せました。

 黒野くんが分からず屋……いえ、分かろうともしない屋だからです。


「メイさん?」

「……」

「メ……」

「……」


 このまま顔も合わせたくありません。

 同様に口も利きたくありません。


「……細かく切ったチョコレート、まな板の上で溶けてしまいますよ?」

「……」

「代わり……は良くないですよね、こういうのは。メイさんが作らないと意味がない」

「……」


 私は無言で、そのまな板の前に戻ります。


「おっ……と」

「……」


 途中で邪魔な男の子を軽くけてやりました。いえ、細身すぎて存在に気が付かなかっただけです。そういうことにしましょう。


 そんなことよりも、私のためにと変わったチョコレートを作らなければなりません。


「メイさん……」

「……」


 きっとお湯の温度が下がってますね。

 沸かし直すのは面倒くさいです。

 ならば、魔女としての私の一端を見せつけるまでです。


「【ウィズ・メイ・アルカーヌム】」


 私はいつもの詠唱をします。魔法を使うときの儀式のようなものですね。


 すると。大ボウルのお湯に気泡が浮き出て、温度が上昇しているのが分かります。


 私は温度計を差し入れます。

 再び五十五度、完璧な魔法ですね。


 それにこの格好で調理すると、魔女の血が騒ぎますね。今日一日はこのままでいます。

 意地でも貫いてやりますよ。


 そうして私はまな板にあるチョコレートを小ボウルに移しました。ちょっと溶けてるけど、許容範囲ですね。


 この後。小鍋にミルクを入れ、ちょっとだけ温めます。同時進行です。


 ようやくですが、ゴムベラを手に湯煎開始です。水が入らないように、チョコレートの温度が上がり過ぎないように混ぜます。


 ファットブルームには気を付けないといけませんね。チョコレートが白くなってしまう劣化現象のことです。


 みるみるチョコレートが液体に変わっていきます。少し温度が高いかもしれませんね。

 調節しながら、ゆっくり溶かしますよ。


 私が魔法を使えばもっと簡略化出来ますが、これは手作りですから野暮なことはしません。


 ……お湯の温度は例外です。

 訪問者がいなければ、冷めることはありませんでしたから、色々と。


「……」

「……」


 ずっと見守られてますね。

 黒野くんがここに来た用事は、おそらく私の安否確認でしょう。


 魔女付きの務めだと思いますが、私のお母さんの母国に帰省中の両親からも頼まれたのでしょうね。


 ここにいても気まずいだけですよね。私なんて、置いて帰ってくれて結構ですよ。


「……」


 一応……この湯煎が終わったら、それだけ伝えましょうか。


 魔女付きは厄介な役職です。

 一般人と変わらない、ただ魔女の存在を知っているだけなのです。

 なのに現代では弊害へいがいでしかない私のような魔女と、共にしないといけないのですから。


 当然、命の危険にもあります。

 いつの時代にも魔女狩りはあるのです。

 魔法が使えないから、襲撃された時に対抗することすらままならないでしょう。


 そうなれば私や、先輩魔女のお母さんや、同じように潜んでいるであろう別の魔女が守る決まりがあります。


 しかし魔女だからといって、全知全能ではないのです。いざというときに黒野くんを私が守れるか、正直分かりません。


 それを一度伝えたことがあります。

 でも黒野くんは今日も、私の元へ来てくれました。


 彼は不器用な人だけど、怖いくらい優しい人だと私は思いますね。


「……そうでしたね」


 ……こんなことでねるなんて、私は魔女ですが、黒野くんの魔女は失格ですね。


 チョコレートは良い感じに溶け切りましたね。プロ並みとは言い難いですが、変色したり水分が入ったりはしてないです。


 ……ついでに、もう一つの方も溶かしましょう。無言の抗議は意外と疲れるのですよ。


「……私、着替えて来ますね」

「え、あ」


 黒野くんが戸惑っています。

 こういう姿を見ると、年の近い男の子だなって感じがします。


「少しの間、代わりにミルクが焦げないように見て貰えませんか?」

「メイさん、あの——」

「——ごめんなさい黒野くん、私が大人気なかったですね。でも一度だけ、みんなが想像する魔女になってみたかったんですよ」

「……はい」


 簡素な返事。どことなく穏やかですね。

 でも、湿っぽいのは良くないです。


「この服、ネット通販で購入したんですよ? インターネットって便利ですよね」


 私渾身こんしんの魔女ジョークです。

 いえ、ネット通販を利用しているのは事実ですけどね。インターネット関連なら、他には月額のビデオ・オン・デマンドとかも契約してます。


 魔女も快適さを求めるのです。

 どうですか黒野くん。面白いでしょう。


「……メイさん、やっぱりそのまま着ていて下さい」

「……えっ、と?」


 どういう心変わりでしょう。

 私の方が戸惑ってしまいます。


「こちらこそごめんなさいメイさん。

 役目のことばかりで、メイさんの気持ちを考えていませんでした」

「……」


 黒野くんが頭を下げています。

 彼は本当に律儀というか、真っ直ぐです。

ただ……私はそんなことを望んでいません。


「黒野くんの言い分が、魔女の在り方として正しいのですから謝らないで下さい」

「ですが——」

「——私の念願は叶いましたから……やっぱり着替えてきます。ほら、ジャージの方が身軽に動けますし、ね?」

「あ——」


 私は別室へ向かおうと思います。

 黒野くんに任せておけば大丈夫でしょう。

 お手数ですがお願いします。


「——あの」

「なんですか?」


 しどろもどろしています。

 きっと適切な言葉を選択しているのでしょうね、待ちましょう。


「その格好をしなくても、メイさんはれっきとした魔女だと言いたかったというか——」

「——ああ。ふふ、ありがとうございます」


 黒野くん。不要と言ったのは、そういう意味だったんですね、分かりにくいですよ。


 はい、そうですね。こんな装いなんてしなくても私は魔女です。それは死ぬまで……いえ、死んでも変わらないでしょう。


「あと……もう少し良く見せて下さい」

「え? ああはい、どうぞ?」


 私は再び両手を広げて、黒野くんに見せびらかす形になります。冷静になった後だと、なんだか恥ずかしいですね。


 それは時間にして五秒くらいでしょうか。

 最後に三角帽を仰いで、黒野くんは私を見据みすえます。


「感想を言ってもよろしいでしょうか?」

「はい、よろしいですよ」


 堅苦しい変なやり取りになってしまいましたが、何の話でしょうか。


「……メイさんがその格好、似合わないはずがありません」

「……!」


 おお……これは幻聴でしょうか。

 いえ、黒野くんから発せられています。

 目の前にいるのでよく分かります。

 優しい笑みまで付いています。

 こんなことがあって良いのでしょうか。


「すみません。すぐに言うべきだったのですが、どう伝えて良いものか考えてしまって」

「……いいえ、嬉しいです」


 これは私が着たいのもありましたが、黒野くんにちゃんと見て欲しかったのです。

 ……本当に念願、叶ってしまいました。


「だからこの部屋の中では、そのままでいて欲しいなと思いました」

「……」


 私は答えません。答えられないのです。

 すると、キッチンから沸沸ふつふつと音がします。

 ミルクが焦げ付く前に火を止めないといけません。ついでに止めた後、そのままチョコレートの続きを作りましょうかね。


 ……その行動が、私の答えです。

 うん。黒野くんにも伝わったようですね。

 ぶきっちょな笑みを覗かせていますよ。


「あ、ここにいたら邪魔になりますよね?」

「ううん。私に分からないことがあったらたずねたいので、是非いて下さい」


 くされていたとはいえ、邪魔なんて思ってしまい申し訳ないです。黒野くん。貴方をいつも頼りにしていますよ。


「……そうですね。メイさんがさっきみたいに、魔法で温度上昇させていたら止めないといけません」

「えっ……いやでもそれは黒野くんと話していたせいですよね? 私は——」

「——はい。なので黙認しました。ですが、次からはダメなので容赦なく横槍を入れます」


 魔法を使用する私を、黒野くんがどのようにして止めてくれるのか興味ありますね。

 それにしても魔法禁止令を魔女付きが宣言するなんて、私だから頷くんですよ。


「はい……黒野くんは頭が硬いですね」

「よく言われます」


 立場の関係で少し他人行儀ですが、これが私と黒野くんの日常です。


 チョコレート作りのおかげで、これでもむしくだけた状態だと思いますね。


 しばらくして、私は湯煎したチョコレートと同温度のミルクに無塩バターを入れて混ぜます。


 そのあとは型に移し、冷やして固めるだけですね。明日が楽しみですよ。


「よし」

「……あっ」


 すると黒野くんが何かを思い出したと、手を叩きました。一体どうしたのでしょうか。


「そうだメイさん。今日はお土産を用意していました」

「お土産?」


 黒野くんがお土産なんて珍しいですね。


「はい……有名旅館の鍋セットです。

 日持ちもするので冷蔵庫に入れても良いですかね?」

「おお、はいもうご自由に。私、鍋ならなんでも好きですよ」


 一人暮らしの必須料理ですしね。

 特に最近はよくお世話になります。


「そう言って貰えると嬉しいです。では今すぐ取ってきますね」

「いってらっしゃい」


 そのまま黒野くんは玄関の方へ向かいました。鍋ですか……栄養バランスも良くて、寒いこの時期にはありがたいですね。しかも高級旅館、これは期待しちゃいますね。


 もしや黒野くんは、お土産を選ぶセンスがあるのではないでしょうか。


 私……何か忘れているような気がします。


「メイさん、取ってき——」

「——ああああぁ。黒野くん、ダメー!」


 私は黒野くんの前……いや、冷蔵庫の前の番人になりました。

 作りかけのチョコレートが入ったボウルを持ったままです。とても不自由不自然な体裁ですが、なりふり構っていられません。


「どうしたんですか……」


 黒野くんが呆然としてます。

 まあ、そうなりますよね普通。


「いやあ……黒野くん。やっぱり冷蔵庫の中より、常温がいいんじゃないかな?」

「いやでも、これ冷蔵って——」


 こうなったら致し方ありません。


「——【ウィズ・メイ・アルカーヌム】」

「え、ちょっ、魔法を使うのはダメだって言いましたよね、メイさん!」


 はい、それは聴いています。

 でもそれ以上に、黒野くんに見られたらダメなやつが私にはあるのです。


 冷蔵庫の中には、昨日失敗した生チョコたちがいっぱいいるのです。


 黒野くん。私から貴方にだけあげようと失敗を繰り返し、ついには山積みにしてしまった生チョコたちです。


 これを見られる訳にはいきません。私として魔女として、ここは通しませんよ。


 黒野くんには明日。私の自信作を渡しますから、覚悟して下さいね。

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