第45話 海洋都市サーベイル。



 結局、クソザコナメクジ君は生存を許された。

 コイツの為にルート変更するのもムカつくし、目的地の海洋都市で司法に引き渡そうと決まる。

 うん。こんな遠方で遭遇した『人ですら無い獣』を引き渡されるサーベイルの兵士さんも、困惑するよなぁ。今から申し訳ない気分だ。

 というか、クソザコナメクジ君もさ、今を生きて司法に引き渡されても、多分ほぼ確実に人体実験とかの材料にされるよ? サクッとプラズマ砲で消し飛ばされた方が幸せだと思うけどなぁ。


「まぁそんな訳で、君の活動圏も特に制限はしないよ。必要無いからね。でも、分かってるとは思うけど、余計な事したら悲惨な事になるから、やめた方が良いよ?」


 クソザコナメクジ君はシャムの居住区画に置いて、その内部なら特に制限無く動ける事になった。勿論僕達それぞれの個室に入ったら殺す。

 クライアントと一緒にして、しかも拘束しないなんて普通は有り得ないけど、安全管理は今のところ完璧だ。

 まずクソザコナメクジ君には、投降時にコックピットから出て貰って、その場で全裸になって貰った。何を隠し持ってるか分からないからね。

 それから僕がライフルを突き付けながら、ロコロックルさんが提供しくれた着替えを着せる。ロコロックルさんは殺害を決断しなかった自分の責任だからと、服の一着はタダでくれた。

 それから、スキャニングで爆発物とかを体内に持ってないかを確認してから、クソザコナメクジ君にはとある首輪をして貰う。

 シャムの居住区画に『こんな事も有ろうかと』的に備え付けられてたアイテムの一つ、犯罪者拘束用ネックバンド。


 通称『ギロチン』である。


 別に首を落としたりはしないけど、これが首にハマった時点で人生終わりって意味でその通称となってる。

 これは、装着者の行動を読み取って、許された行動以外をした場合に作動し、即座に『それ食らうなら万回死んだ方がマシ』ってレベルのパルスショックを食らう。死にはしないらしい。

 それがどんな物かと言えば、人間の体に走る痛覚神経全てをピンポイントで攻撃する装置だそうだ。装着者の体から読み取った致死量ギリギリの痛覚で責められ、しかも持続する。本当の生き地獄らしい。

 装置の設定は、まず僕ら三人への攻撃的な行い。これはルールの穴を突いて、みたいな緩い事が出来る設定じゃなく、装着者の脳波まで読み取ってるらしくてどうやってもすり抜けられない。

 そして、もう一つの設定は活動領域の侵犯。居住区画から逃げようとしたり、僕らの部屋に入ったりするとパルスショックが始まる。しかも元の活動領域に戻るまで終わらない。そしてパルスショック食らってる間は瀕死ギリギリの痛覚を突かれてるので動けない。

 つまり、一歩でも逃げようとしたら僕らが戻してあげるまで無限に生き地獄を食らう。

 当然、首輪に干渉しようとしても発動するし、僕らを脅して外させようとしても発動する。


「まぁ、ウチのシャムは設備良いから、最後の贅沢だとでも思って過ごしなよ。手向けとして滞在費も取らないし、高級フードマテリアルを使った高級フードプリンターが出す料理も食べ放題だよ」


 そんな訳で、クソザコナメクジ君は居住区画でのみ、海洋都市サーベイルに到着するまでは自由だ。

 贅沢出来る喜びか、未来を思っての悲哀かは知らないけど、名前をダムロと言うらしいクソザコナメクジ君は号泣していた。


「て言うかさぁ、ウェポンドッグ持ってるなら、普通に傭兵やれば良かったじゃん。なんで盗賊なんてやってるの?」

「…………ぐずっ、あれっ、は。いじょうさくせん、あたって」

「えっ!? 君も生身で移乗攻撃やっちゃうクレイジーだったの!?」


 マジかよ都市外領域クレイジー過ぎるだろ。

 でもまぁつまり、移乗攻撃で機体を奪ったって事は、その時に相当数殺してるはずだ。自業自得だね。

 色々と用意が終わったから、そろそろコッチも再出発だ。


「じゃぁ、僕は機体に戻るけど、本当に余計な事しないでね? 最後に死なば諸共とかやられても、多分僕ら、君の死体の処理が面倒でちょっと困る程度にしか成らないし」

「…………おど、おとなしくっ、してるっ」

「良い子だねぇ。でも盗賊だから悪い子だねぇ」


 呑気に呟いて、僕はシリアスに戻る。

 クソザコナメクジことダムロ君は、…………微妙に呼び辛いな。ダムで良いか。

 ダムは最初に、馬鹿な事をしない様に一回だけ、態と活動領域の外に一歩だけ出して有る。その時にパルスショックの激痛を理解し、どんな場合にそれが発動するかもしっかりと教えてある。

 だから余程彼が、言葉も理解出来ない本物の猿じゃ無いなら馬鹿な事はしないはずだ。してもその瞬間にその場で瀕死に成るからコッチは困らない。

 一応、逆に、ギロチンとまで呼ばれる確殺アイテムを装備してもこの場から逃げ出せる程の頭脳の持ち主だった場合は困るかも知れないけど、そんな頭があったら盗賊なんてやってないでしょ。


「では、出発!」

『了解。エネルギーは回復済み』


 シリアスもキッチリ三機のお犬様をモグモグしていらっしゃるので、エネルギー残量もかなり回復した。コッチもタンクをアプデしたし、専用精製されて無い生の生体金属ジオメタルではエネルギー量もお察しなので全回復とは行かないけど、それでもかなり回復した。

 今思うと、二機目にあんな乱射する事無かったな。アレが無ければ全快してたかも。


『警告。センサーに感』

「…………またか」


 ダムを捕虜にしてからコッチ、野良より賊の方が増えて来た。て言うかそんなに居る? ってレベルで盗賊が来る。

 盗賊は何か、装備がショボイって縛りでも有るのか、大体弱い。

 基本的にゼロカスタムで、中にはゼロカスのアンシークで突撃して来るアホも居る。君それ機体の使い方間違ってるよ?

 途中から多過ぎる盗賊に切れたネマも参戦して、でも武装が無いから真正面からの体当たりでブッ飛ばしてた。

 有効な手だけど僕が戦える内はシャムの装甲が痛むから止めなさい。


「………………そんなに都市外で生きて行ける物なの? 多過ぎない?」


 日が暮れ、朝が来て、三日目も盗賊祭り。

 何が嫌って、野良は警戒領域を出たら遭遇率がグッと減るけど、賊はアホなので警戒領域でも通常領域でもワサワサと群がって来るのだ。

 しかも五回に一回はクレイジーがバンザイアタックして来て凄い面倒。生身の奴を殺すのコスパ悪くてさぁ。こんなん想定してかなったから、遭遇し過ぎてライフルの弾も尽きたよ。シリアスでオーバーキルするしか無い。

 三日目の昼にはもう、僕は辟易としてた。


「なんかさ、最初は戦えて楽しかったけど、賊って雑魚しか居なくてつまらないんだけど。一番強かったのがアレだよ、ダムの仲間の二人だったよ」

「マジっすか」

「いやホント。だってあの二人は武装マトモに使えてたし、僕に突っ込んで来た奴は隠してたコンシールドの騙し討ちで殺したけど、それまではちゃんと『殺し合い』だったもん。それに僕が犬投げて撃墜した方、シャムに飛びかかった方もさ、一人が僕を抑える間に仕事を終えようとした訳じゃん? 盗賊を褒めるのはアレだけど、『仕事を成功させようとした』姿勢はちゃんとしてたよね」


 進むとアホにブチ当たるので、三日目のお昼もシャムの中で。

 でも今は警戒度が高過ぎるので、僕の休憩中はネマがシャムのコックピットに入り、有事の際は自律シリアスと共にシャムヘッドアタックで戦う。大型下級であるシャムの突進頭突きは当たれば超強い。そしてネマは突進が上手くなって来たので、割と強かったりする。

 少なくともその辺の雑魚盗賊なら、自律シリアスの援護が有ればネマだけでも倒せる。

 そのせいで、盗賊を次々と磨り潰すヤベェ子供二人だってダムから認識されてて、僕は当然としてネマにも「○○っすか」みたいな喋り方になってる。格下感が凄いぞダム…………。


「ダムも動けたら強かったのかなぁ」

「いえ、自分なんてウンコっす。ラーさんには適わなかったっす」


 ちなみに僕はラーさんと呼ばれてる。ネマは姐さんだ。何故僕の方が格下感有るの?

 しかしダムも、今は凄い速度で更生中だ。

 なんか、こう、シャムで美味しい食事が日に三度出て、寝床はふかふかのベッドだしシャワーも浴びれて、服は一着だけど高性能洗濯機にナノマテリアル製の服をポイッと入れとけば、シャワーを浴びて出てくる頃にはパリッとした服になってるのだ。

 衣食住足りて礼節を知るなんて言葉が有る様に、ダムはそれが足りて礼節を知り始めた。

 それと、なんで僕がこんなに強いのかと聞かれ、これで何度目かと言う感じだけど、僕の人生を軽く語ってみた。

 ロコロックルさんも気になったらしく聞き入って、ダムも、なんか、泣き始めたりした。

 スラムで親に置き去りにされた僕がこんな生活を手に入れるまで頑張ったのに、自分は何をしていたのか。そんな事を呟きながらガチで後悔してた。

 うん。えっと、ロコロックルさんはダムに情が湧いてる感じだけど、僕は正直「今更後悔してるの? 精神衛生的に良くないから最後までクズだった方が楽だよ?」って思ってる。

 だって、もう、どうやってもダムは這い上がれない。


「さて。僕はまた仕事に戻るね」


 兵士に突き出す時には戦闘記録も渡すから、僕の警告を無視して襲って来た盗賊行為の証拠は揃ってるし、何よりダムは既に仕事を成功させた経験があるのでアウトだ。

 孤児は例外として、普通の人は大体、誰もが情報端末を持ってる。

 その端末にはどんなしょっぱい雑魚端末でも備わってる『緊急時オーバードライブ』って言う機能があって、これは所持者のバイタルが危険域に達すると発動し、エネルギーパックの残量を全て使って端末機能をオーバードライブさせ、周囲の状況を読み取って一瞬だけ中距離通信を発する物だ。

 その効果は、要するに端末所持者が絶命する瞬間にどんな状況だったかを近くの都市に送信する物で、余程端末のエネルギー残量がゴミじゃなかったら十中八九『端末所持者を殺した相手』に関するデータを都市に届ける。

 物にもよるけど端末に使われるエネルギーパックは交換せずに二ヶ月は持つ。その残量を全部消費して端末その物まで自壊させながらの瞬間的なオーバードライブ通信は、劇的に運が悪くなければ殆どの場合が近くの都市回線領域に届く。普段ならそんな通信能力なんて無い端末だけど、オーバードライブしたうえで、ほんのゼロコンマ秒だけの時間なら都市に届くのだ。

 つまり、ダムが殺した相手全員が余程のエネルギーゴミ残量端末所持者か、余程の不幸体質だったとかじゃないなら、十中八九ダムの犯罪記録は都市にある。

 ほら、情報端末って簡単なスキャニング機能も着いてるから、もしダムが間近で殺してたりしたら、生体情報までバッチリ残ってるはずだよ。


「と言うか、都市の外に出るなら端末のエネルギー残量は満タン推奨ってのが市民の常識らしいし」


 待たせてたシリアスに乗りながら、独りごちる。

 殺せば殺す程情報が溜まる。

 勿論戦争とか、当たり前に人が死ぬ地域からのオーバードライブ通信はカットされたりもするけど。そのせいで戦地の近くは盗賊が多いらしい。

 

「…………あれ? もしかして、殺せば殺す程データが溜まるシステムなら、もしかして懸賞金とか着いてたりする?」

『肯定。規定数以上のを上げた盗賊を討伐した戦闘データには、賞金が発生する制度がある。なので、生体金属ジオメタルでは無く賞金を狙う狩人も存在する。また、襲われる事を小遣い稼ぎに護衛を請け負う運び屋も同様』

「マジか。いや、確かに人狩りマンハントとは言うけどさ」


 そっかぁ。じゃぁ僕もこの旅路でボコった雑魚共の内の少しくらいは、賞金が着いてたりするのかな?

 うーん、怪しいな。だって基本的に雑魚かったもん。


「皮算用は止めようか。依頼を熟せば充分なお金が貰えるんだし」


 下手に期待すると、ガッカリ感も凄いし。

 その後もやはり、盗賊が襲って来る。日が暮れ始める頃には屍の山だった。嘘。移動してるから山なんて築かれない。けどそれくらいは殺した。


「…………嘘でしょ? こんな事ある? もしかして何処かに盗賊が繁殖してる専用の都市とかある?」

『肯定。都市とは言わず、村や町単位なら可能性は充分』

「て言うかダムに聞けば良いか」


 夜。本当に聞いて見た。


「あるっす」

「あるんかーい!」


 夜はネマと僕が交代で警戒する。

 シリアスも生き物なので睡眠は必要だけど、それでも人間なんて言う脆弱な種族とは根本から異なる強者なので、一週間は徹夜可能。

 なのでシリアスが基本的な警戒をして、僕が起きてる時間なら僕がシリアスに乗り、ネマが起きてる時間なら速攻で僕を起こせる様に身構えてる。

 そんな夜半に、僕は寝る前にダムに聞いた。


「そんなに大きくデデンと有る訳じゃ無いっすよ。多くても五○○人くらいの村単位っす」

「それが、警戒領域や通常領域のアッチコッチに有ると?」

「そうっす。後は、少しだけ大きな町単位のブラックマーケットがあるっす。単位の小さな盗賊団はそこを根城してるっす。自分もそうだったっす」


 なるほどねぇ。

 闇商人は殺しに参加して無い。だからオーバードライブを食らって都市に記録が着いたりしない。なので闇商人がブラックマーケットに都市から物資を運び、村単位の盗賊団がブラックマーケットを使って補給をする。

 村単位に成らないソロ志向、もしくは少数精鋭の盗賊達は最初からブラックマーケットを拠点にする。

 盗賊達はブラックマーケットが生命線だから闇商人を襲わないし、闇商人は高値で品が売れる。なのに都市も普通に利用出来て、もうウッハウハだろうな闇商人。

 もしかしたら僕が暴落させたデザリアも、ブラックマーケットに流れてたりするんだろうか。


「盗賊が基本的にクソ雑魚いのも理由が分かった」

「え、そんな理由が有るっすか?」

「なんで盗賊本人が自覚無いんだよ。生活物資だよ生活物資」


 いくら闇商人がウッハウハでも、バレたらヤバいのは間違い無い。なら通常の値で売るなんて事は絶対にしない。だってそれなら危ない橋を渡る必要無いんだから。普通の都市に普通に売れば良い。

 それでもブラックマーケットに品を卸すなら、つまりそれだけ高値なのだ。

 それは生活物資も、バイオマシンもそのパーツも、何一つ例外は無いだろう。

 なら、タダでさえ高額なバイオマシンやパーツを買うのに、どれだけの生活物資を諦めないとダメなのか。生活物資だって通常よりずっと高いのに。


「つまり、生きる為の食料や水、エネルギーパックなんかが足を引っ張って、バイオマシンにお金を掛けられないんだよ。ゼロカスタムでも戦えるなら、ゼロカスタムでも勝てる奴を襲えば良い。そんな思考に成るのは目に見えてる」

「………………はぁー、なるほどっす」

「僕らがガンガン襲われてるのも、普通より大きいのにゼロカスタムに見えるシャムに対して、戦闘機カスタムとは言えシリアスだけしか護衛が居ないからだね。一機潰すだけで、『何故か普通より大きくて沢山荷物を積んでそうなダング』が手に入る訳だから、襲わない理由が無い」

「そうっすね。自分もそうやって舐めて掛かって、それで返り討ちに遭ったっす」


 色々と謎が解けてスッキリした。お陰で良い仮眠が取れそうだ。


「ありがとね。良く眠れそうだよ」

「なら良かったっす。自分もそろそろ寝るっす」

「気が向いたらダムのお仲間も狩りに行くかもだけど、なんか思ったりする?」

「…………そうっすね。狩った方が良いと思うっす。もう、自分達みたいなロクデナシは、絶えた方が良いっすよ」


 沈痛な顔でそう言うダムに、僕はオヤスミと告げてから自分の部屋に戻った。

 反省してるなぁ。無駄なのになぁ。でも、より苦しむのが償いと言うなら、随分と殊勝な心掛けだと思う。

 少なくとも、何故か僕のベッドでスヤスヤと気持ち良さそうに寝てるネマよりは殊勝だ。

 おい何してるお前。


「起きろ」

「…………ぃにゃッ」


 スヤスヤさんのおデコをペシっと叩いて起こす。寝る前に通信で起こそうとしたら、僕の部屋に居るとか意味分からないな?

 より確実に起こせると思えば効率的では有るけど、多分そう言った意図は無いんだろう。


「…………おは」

「せめて〝よう〟を付けろよデコスケ野郎。ほら起きろ、交代だ」

「……あぃ」


 さっさとネマを部屋から追い出して、僕は寝る。

 通信で起きなかった場合に備えて、僕を起こす為に入室が必要と考えた結果、ネマには入場制限を掛けてない。そしてこの後も起こさせるので鍵も掛けられはい。

 うむ、判断ミスったかな? 僕の部屋に入って良いのは、僕の部屋で好き勝手して良いって意味じゃないのだけど。


「なんでアイツ、こんなに僕へ懐くんだ?」


 謎である。何か特別な事をした覚えは無いし、何なら雑に扱ってる。

 まぁ良いや。分から無いので、考えない。寝よう。


「おやすみシリアス。また四時間後に」

『おやすみラディア。警戒は任せると良い』


 最初にネマが六時間寝て、次に僕が仮眠を四時間取る。流石に八歳を四時間睡眠で扱き使うのはちょっと無茶なのでこうなった。

 これは甘やかすとかそう言うのじゃなく、もう生物的な話しだ。だって八歳なんて『流石にもう、お昼寝は要らないかな?』って微妙な年齢だ。それを四時間睡眠の二交替とかで使って、起きてる時に操縦ミスられたら僕が困る。

 なので、睡眠の質と効果を高める薬を服用しつつ、僕とネマはそんな時間割になってる。まぁ僕は大丈夫。短時間睡眠で生き延びるとか日常茶飯事だったし。

 凄いんだぞ夜の砂漠は。都市から締め出されて丸一日帰れなかった時なんて、外でガチ寝したらそのまま目覚めないかと思ったし。起きる度に体の芯から凍えてて、その度に体を擦りまくって温めた。

 ああ懐かしいと思いながら微睡まどろむ。早く寝ないと四時間が勿体無い。睡眠補助剤は睡眠導入剤効果もあるので、段々スヤスヤしてくる。すやぁ…………。

 ロコロックルさんやダムも警戒を手伝うとは言ってたけど、それがこっちの仕事で、その仕事に一日二○万も出るのだから気にしないで欲しいと言ってある。なのでサッサと寝てパパッ起きねば。任せろと言って何かあったら最悪だ。

 

 そして翌日。起きた。


 まだ日が浅い。空が瑠璃色だ。綺麗だぬぅ。

 森と平原がチラホラと点在する、人の生存を拒む領域で見る夜明けは最高だな。


「おはようシリアス」

『おはようラディア。今晩は襲撃ゼロ。平和な夜だった』

「この道さ、海洋都市まで四日で行ける最短ルートじゃん? つまりガーランドからの最短オスシロードじゃん? 今度、此処の賊を根絶やしにしようよ」


 うん。ロコロックルさんは今更「む、無茶な旅程を組んでしまって申し訳ない……」とか言ってたけど、良く考えるとこのルートは僕も使うかも知れないのだ。オスシ食べたくなったら四日使って海洋都市へ! 見たいな。


「さて。四日目で御座います。今日の昼過ぎ、もしくは夕方には着く予定なんだけど、まぁ襲撃の頻度次第だね」


 流石に襲われながら完全に速度維持とか無理である。襲われる度に旅程に誤差が出る。

 欠伸をしてベッドから這い出でると、そのタイミングでネマがドアを開いて入って来た。今更だけどシャムの居住区画は自動ドアオートシャードである。

 シュィンって音がして扉が開き、ネマが心做しかウッキウキしながら入って来て、僕を見て固まり、そして落胆。


「……………………なぜ、おきてる?」

「〝ですか〟を付けろよデコスケ野郎。ネマは朝から飛ばしてるなぁ。突っ込みが追い付かないよ」


 ピッタリ時間に起きて何故怒られるのか。そしてなんで落胆してるのか。寝てる僕に何する気だったのか。色々と聞きたい所である。


「…………ざん、ねん」

「いやホントに何する気だったの君。もしかして昨日までは何かされてた?」

「ない、しょ」

「シリアス?」

『内緒である。乙女同士の約束』


 し、シリアスが、僕よりネマの味方をした、だとッ…………!?

 無限に嫉妬の炎が燃えてくる。そうかつまり戦争だね?


「受けて立つよネマ。どっちがシリアスに相応しいか…………」

「そう、いうのじゃ、ない」

『誰がどうであれ、シリアスのメインシートはラディア専用。安心すると良い』


 安心した。僕の安心はとても安い。民間レーションより安いのだ。シリアスの流し目一発でほわほわと幸せになって安心してしまう。


「まぁ良いや。シャワー浴びて着替える。その後朝食を食べて、ラストランに出発」

「あぃ」

「サーベイルに着いたら少し休もうね。流石にロコロックルさんも即日に全部売り払って『さぁ帰るぞ!』とは成らんでしょ」 


 部屋から傭兵服を持ってシャワーに行く。ちなみに寝る時の僕はパジャマとか着ない。インナーシャツにボクサーパンツだ。

 ネマはパジャマ派だけど。最初の報酬で最初に買ったのがパジャマってくらいパジャマ派だ。顔の通りに寝るのが好きっぽい。

 アイツ、名が体を表しまくってるけど、心も表してたのか。

 その時買ったパジャマは、なんか、こう、パステルイエローにポニョポニョした不思議生物が等間隔にプリントされてる総柄だった。

 不思議生物が不思議過ぎて最初は「これは、ペイズリー柄? それともレオパード柄?」と混乱したくらいだ。


「さて、今日も元気に移動しますか」

「ラストスパート、よろしくね」

「…………ねまも、がんばぅ」

「自分も、此処での生活は今日で最後っすか」

「そだね。でもダムが殺して来た人の中には、こんな生活を一日も経験した事が無い人だって居たはずだよ。しっかり悔いて、しっかり償っておいでね」

「……うっす」


 シャワーの後、何時ものジャケット&カーゴパンツスタイルで食事をして、シリアスに乗る。

 シリアスも無整備で此処まで来たから、サーベイルに辿り着いたらしっかり整備したいところだ。

 ゴシックで控え目な華やかさを演出するコックピットに乗って、ホロバイザーに映る計器やレーダーを見守りながらシリアスとイチャイチャして進む最後の旅路。いや復路も残ってるから最後じゃないんだけどさ。

 昨日まではアホ程襲って来た盗賊も今日は姿を見せない。朝早いから、と言うよりは都市が近いからだろう。

 下手な場所で仕事をしたら、そこらの傭兵よりもずっと立派な装備を持った警備隊がわんさか襲って来る。なので盗賊も都市の近くでは仕事をしない。と言うかそもそも近寄らない。

 見咎められてスキャニングされたら一発アウトだからね。君子危うきに何とやら。盗賊は間違っても『君子』じゃ無いけど。


「…………見えて来たねぇ。でっか」

『肯定。目算の時点でガーランドの数倍はある』


 旅も進み、昼を超えて更に二時間。目的地が僕らの視界に見えて来た。

 海洋都市サーベイル。陸に五割、海に五割食い込んだ六角形の大都市。

 帝国で求められる海洋資源の実に七割を賄う超重要拠点だ。

 銀色の絶壁が都市を囲い、その壁の上から物騒な砲門がズラズラと並んでいる様は、見ただけで「あ、無理」と攻める気を無くさせる威厳に満ちてる。こんな場所には盗賊なんて、そりゃ近付かないよ。


『--此方こちらサーベイル都市警備。応答願います』


 都市に近付くと、シリアスに通信が入った。


「此方は傭兵団砂蟲団長、ラディアです。どうされましたか?」

『はい。都市からの高精度スキャニングの結果、其方そちらの輸送機内部に凶悪犯が滞在してると判明しました。そのまま都市へ入れる訳には行きませんので、一度街道から逸れて停機し、事の次第をつまびらかにして下さい』

「了解しました」


 ローカル通信でシャムに繋いで、ネマにも街道脇へ駐機させる。


「砂蟲所有のシールドダング・シャムにて運びますは、輸送任務中に襲撃して来た盗賊です。戦闘不能に追いやったところ降伏、投降しまして、今はギロチンを付けて捕虜としてます。可能ならば都市への引渡しを希望します」

『盗賊は討伐が推奨されますが、捕虜とした理由は?』

「あまりにも必死に降伏を宣言し、そしてそれを聞いたクライアントが賊の捕縛を決定した為です。当時の通信記録と、機内に於いて捕虜が生活した期間の活動記録、そして該当の戦闘記録を送付する用意が有ります。送付先のIDはどうしましょうか?」

『了解しました。送付先は都市警備管理課までお願いします』


 遣り取りの後、データ送信。三分ほどダラダラ待つと、また通信が入る。

 この通信は強制力が有るので、余程変な機材を積んでなかったら拒否出来ない。

 ………………まぁシリアスなら余裕で拒否出来るんだけど。


『確認しました。凶悪犯の受け入れも可能です。輸送任務、お疲れ様でした。サーベイルは善良な傭兵団砂蟲と商人ロコロックル・カーペルク様を歓迎致します』


 入都許可が出たので再発進。ちなみに入都税はロコロックルさん持ちだ。

 と言うか、ロコロックルさんの姓ってカーペルクって言うんだね。


「おお、凄い。ゲートからしてガーランドとは格が違うよね」

『肯定。規模からして大差がある』


 ガーランドと違って入場を捌くのに人の手なんて介在しないトンネル型ゲートにスキャニングされながら進む。此処で何か問題が有ると、トンネル内にある強力な武装で吹っ飛ばされたり、駆け付けた警備に捕まったりする。

 具体的に言うとご禁制の品を山程積んでるとか、機内に都市が把握して無い凶悪犯が居たとか、そう言う場合だ。

 世の中、スキャニングを躱す為の手法が色々あるらしくて、チャレンジ精神が旺盛なアホが偶にやらかすのだ。

 バイオマシンや情報端末、更には都市から発する広域スキャニングと違って、トンネル内で稼働する超高精度集中スキャニングを無効にする方法は今のところ存在しない。それを知ってか知らずか、悪い事するアホは速攻でバレて人生を終わらせられる。

 トンネルを抜けると、もうその時点でガーランドの最奥区並に煌びやかなビル群が見えて、「…………と、都市が凄すぎて外周区とか存在しないのか」と戦慄する。凄いなサーベイル。流石はオスシ都市。


『此方、都市警備。凶悪犯の引き渡しが有ると聞いてる。そのまま進まず、マークするポイントまで移動願う。この指示を無視した場合は都市に凶悪犯を運び込む犯罪者として対応する事になるので、注意する様に』

「了解。すぐにマークされたポイントへ向かいます」


 また通信が入って、一緒にポイントをマークされたマップデータも送付された。すぐにネマにも指示して、先導する形で綺麗なマシンロードを進む。


「ああ、ビークルロードが見えないなって思ったら、マシンロードの下を通ってるのか」

『ガーランドとは交通網の形態が完全に別物。恐らく、この都市ではバイオマシンがビークルを踏み潰す等という事故は起きない様に成っている』

「マシンロードと交わる箇所を徹底的に上下で分けてるのか。ガーランドみたいに自由度は無いけど、その分整備されてて使い易そうではあるね」

『肯定。そもそも、祖国でもこの形が一般的。ビークルとバイオマシンが入り乱れる交通網を敷くガーランドが特殊』


 ガーランドでもマシンロードの交差点とかはビークルを下部トンネルで通してるけど、でもそれはメインストリートくらいだしな。細分化した小道を進む程にちょっと雑に成って行くんだ。

 

「さて、到着。此処は警備の詰所的な所かな? 厳重な軍事施設にしか見えないけど」


 マシンロードを進み、辿り着いたのはガッチガチに警備されてる施設だった。戦闘機が二桁単位で見える。

 短い間だったけど、ダムとは此処でお別れだ。別に名残惜しくも無いな。アイツ賊だし。


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