104 明かされた真実 2


 二人から交互に聞き取りした話によると、俺がボートの上で昏倒してすぐ、ジョゼがこの身体の主導権を受け継ぐ形となったらしい。


 自分の意識がないうちに身体が勝手に動いていると考えるのは気味が悪いが、それは以前から知っている現象であるから、そのことはスムーズに理解できた。


 いきなり身体の主導権を渡されたジョゼは、多少動揺したものの、それが一時的なものなのか、永続的なものなのか判断が付かなかったため、ひとまず俺が演じていたジョセフィーヌの振りをしてパトリックたちの目をあざむき、折を見てプリシラに相談を持ちかけた。


 もっとも、プリシラに言わせれば、ジョゼの演じるジョセフィーヌはあまりジョセフィーヌらしくなかったので、何事もなく誤魔化し切れているとは到底言い難いそうだ。

 それでも、一人の人間の中身が入れ替わっている、などという荒唐無稽な話は到底想像の及ぶところではなく、長旅の疲労がたたった一時的な精神不調と解釈されているらしい。


 もともと、プリシラにはこの旅の中で自分たちの身に起きていることをある程度明かしてしまおうかと、二人で話し合っていたので、ジョゼがプリシラに事情を打ち明けたこともさほど意外ではない。

 ジョゼにとっては急に一人きりにされたようなものだから、誰かと相談したいと思うのも無理からぬことだ。

 幸い、というか、不幸にもというべきか、俺はその日の夜には意識を取り戻し、今こうしてプリシラの部屋で引き続き作戦会議をしているというわけだ。


「次はあんたの番だからね」

『そうよ』

「俺の?」


「パトリックから聞いた話にショックを受けたんでしょ?」

『そうよ。心配したんだから』


 そうか。その話か……。

 賑々にぎにぎしい二人の女性を同時に相手することにかまけて、いっとき頭の片隅に追いやられていた現実と向き合うときがきた。


「ジョゼは……、察しが付いてるんだろ?」

『まあね。さっきプリシラともその話をしてたの。ユリウスが故郷だって言ってた砦村は、百年も前に湖の底に沈んでたって話でしょ?』


「そうだ。ただ、湖の底っていうのは少し違うな。アークレギスは本来もっと小高い山岳地帯にあったんだ。それが、きっと何かとんでもない力で山肌ごとえぐられて大穴が空いた。その穴に水が溜まって今の湖の姿になったんだろう」

『は? 穴ってレベルじゃなくない? 魔法の威力ってどんだけ凄いのよ?』

「それは……、全部思い出したってこと?」


「いや、思い出したというよりも、周囲の地形からの推測だ。村の近くに、皆でよくミタマ草を伐採しに行っていた場所があるんだけど……」

「ミタマ草?」


「知らないか? 赤い汁が出る、食用にもなる植物なんだが……。周りを取り囲むように、それが群生していた丘を湖の岸辺に見つけたんだ。パトリックが……、あいつが、あの湖とその周辺の湖畔のことをアークレギスだと言うのなら、多分間違いない」


『あ、そうだ。確認したわよ。パトリックって、ユリウスの幼馴染だって言うパトリックじゃないみたいよ? 五代前にもがいるんだって』

「……そうか。あいつは、パトリックの子孫だったのか」


 容姿は驚くほど似ているが、俺の知っているパトリックではなかった。

 側にあいつがいたからこそ、今が俺たちがアークレギスに生きた時代と同じであると信じて疑わなかったわけだが、そうやって思い返すと、確かにあのパトリックらしからぬ言動が目立って思えた。


 かつての親友が既にこの世にいないことを寂しく思う一方で、パトリックとその家族だけは難を逃れて、今もその血筋を残していることには、幾らか救われる思いがする。


「それで……、どうするの? これから」


 どうする……。これからどうするか?

 これから……。これから……。


 そうして、プリシラの言った言葉がようやく俺の芯に届く。


「……どうもこうもない。お終いだ。もう何もできない。もう、何もかも……終わってたんだ。百年も前に!」


 二人だけの部屋に満ちる沈黙。

 吐き捨てる俺の声に、プリシラは怯えたように身体を強張らせ、言葉を返せずにいた。

 どうにもやり切れない思いが……、俺の中のやり場のない怒りが、思わず目の前のプリシラに向いてしまっていた。


「……意識を失っている間にアークレギスの夢を見た。俺が忘れていた記憶の続きだ。村は精霊魔法使いの集団に襲われていた。おそらく、あれがアークレギスが消し飛んだ切っ掛けだったんだ」


 感情をぎょしきれなかった未熟な自分を誤魔化すように、俺はつい先ほど夢で見たヴィジョンの断片を語っていた。


「……俺が守りたかったアークレギスはもう存在しない。ミスティも、もう百年も前に……、とっくの昔に……」


 連絡なんて、いくら待っても届くわけがなかったんだ。

 知らなければ良かっただろうか。

 真実を知らないままでいられたら、今でも彼女からの連絡が届くのを無邪気に待ちびていられたのか……?


「……ごめん……」


 プリシラが震える声で詫びる。


「いや。俺の方こそすまない。つい当たり散らすような真似を……」

「そうじゃないの……。ユリウスの村を襲ったっていう精霊魔法使いの集団って、多分、私の先祖の連中なんだ。百年前のご先祖様がやらかした空前絶後の大失態。世界に対する最悪の背信行為。それをやったのが私たちベスニヨール家なのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る