昭和のレモン

入江さな

第1話 お伊勢参り

「お待たせ、あっちゃん」

「おう、いいものあった?幸子さんに」

「うん、『伊勢菖蒲』にした。来月まで楽しめるかなって思って。私の好きなベルガモットも入っているし、レモンバームは幸子さんの香炉に合うと思うの。喜んでくれるといいな」

淳は、ふっと笑って私を見ながら、「気配り姉ちゃんだな、さすがだわ。和子さんには、和菓子でいいのか?」

「そうね、ちょっと戻って、いつものお店に行くわ」


ここは伊勢神宮、おかげ横丁。四月上旬、桜の季節の伊勢神宮を見てみたくて、会社を休んだ。ドライバーとして、大学生の弟の淳、通称あっちゃんを、ランチをおごる約束で雇った。


 一年中、参拝客で賑わうおかげ横丁。私は、お気に入りのお店で、お土産を選んでいる。

「姉ちゃん、俺、ちょっと団子食べるわ、昼まで持たない」

「お昼ご飯前に、何言っているのよ。我慢したら?」

「朝早かったからさ、お腹減ったよ。それに、おやつは別腹。昼飯は、昼飯。まだ、時間あるじゃん」

「そうね、私もちょっと食べたいかも」 

 背の高い淳と両手に家族のお土産を持って歩く。


 我が家は、令和の時代では、珍しい六人家族の大所帯。就職した私も、大学生の弟も実家から通っている。


 私、藤森彩乃は昨年無事、希望のデザイン事務所に就職。なんとか一年をやり過ごし、今日は、自分の担当の仕事がひと段落したので、お休みをもらった。 

 隣の弟、藤森淳は、京大建築学科の三年生だ。暇そうなので、大阪から伊勢まで車を運転してもらった。 

 父と母も健在。両親は、設計事務所経営。事業も順調。そして、祖母は、会社の会長として、現在も現役で働いている。

 本当にどこにでもある、普通の家庭だ。


 大叔母、祖母の妹が同居していることを除いては。


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