第7話 決心の次の日、いつもの日常
「……セーフ。どうにか体育着は間に合ったか。悪かったな、火凛」
結局、一睡も出来なかった。夜中に二日連続で体育がある事に気づいたためだ。まだ時間割を把握していない事も影響していたが、昨夜はお互い遠慮無しでやっていた事の方が影響している。
「ううん。私こそほんとごめんね? いつもより昂っちゃって……ふぁぁあ」
隣で小さな欠伸をする美少女は当然火凛である。二人揃って寝不足ではありつつも、腰を痛めていたり疲れていないのは完全に慣れのせいだろう。
それにしても、昨夜の乱れっぷりは凄まじかった。最高記録を塗り替えることは無かったが、もし学校が無ければ分からなかった。
「ふぁあ」
「大丈夫か? さっきも台所で色々やってたみたいだが」
「んぅ。だいじょぶ」
目を擦りながら、火凛は畳まれた体育着をカバンに入れて背負った。今日は早めに寝かせてやろうと思いながら、戸締りの確認をする。
「無理はするなよ。それじゃ、途中まで一緒に行くぞ」
「はーい」
火凛は体をぐぐっと背のびをしながらそう言った。
◆◆◆
先程から火凛の様子がおかしい。
「なあ、火凛」
「ふふ……なーに?」
家を出てからずっとにこにこしているのだ。……いや、確かに普段から笑顔は多いのだが。今日は比にならないレベルだ。
「何か良いことでもあったのか? 随分と楽しそうだが」
昨日は帰ってからはずっと一緒だったはずだが、もしかしたら何かあったのかもしれない。
「んー? 昨日のこと思い出しててね。学校でも水音といっぱい話せるって思ったら嬉しくって……えいっ」
火凛はそう言って抱きついてきた。果物のような甘い匂いと共に、柔らかい頬が形を歪めながら擦り付けられる。
試しにその頬と体の間に手をやってみれば、手のひらにすりすりと子犬のように頬を擦り付けてきた。
「えへへ。水音の匂いがする」
……なんだこの可愛い生き物は。
「……じゃない。火凛、それだと歩けないから離れてくれ」
家から出る時間に余裕は持たせているが、他の生徒に見られる可能性もある。……この辺に住んでいる生徒は居ないが、それでも念には念を入れるべきだ。
「やだ……ん」
しかし、火凛は離れない。それどころか指を咥えようとしてきた。
よく見ればその瞳は潤み、肌は赤く火照っている。
「火凛」
まだスイッチが切られていないのだろう。つい二時間前まで致していたのだから。しかし、これ以上はダメだ。
両手で火凛の頬を掴み、無理やり目を合わせさせる。
「火凛。そろそろ目を覚ませ。でないと危なっかしくて学校に行けないぞ」
「ぁ……」
すると、とろんとしていた瞳が段々といつもの瞳に戻っていく。肌はまだ少し赤いが、もう大丈夫だろう。
「……ごめん、まだ気分が抜けてなかったみたい」
「いや、俺にも責任がある。それより、これから先はお互い謝るのは無しにしよう。昨日白雪に言われた通りにしないか?」
火凛は一度頷き、微笑んだ。
「うん。そうだね、ありがとう、水音」
「どういたしまして。さあ、行くぞ」
そして歩き始めようとしたが、ふと思い出して止まる。すると、歩き始めた火凛に手を引っ張られていた。
そう。俺は火凛と手を繋いでいたのだ。家を出た時からなのか、さっき抱きついてからなのかは分からない。
当然、ただ手を繋いでいる訳では無い。指を絡ませる恋人繋ぎだ。
「火凛。こっちも昨日白雪に言われた通りだ。そろそろ離した方が…………火凛?」
その手を離そうと力を抜けば、より強く握られた。名前を呼ぶが、火凛は俯いていて反応しない。
「……火凛?」
もう一度名前を呼ぶと、火凛は顔を上げた。
「もうちょっとだけ……だめかな?」
上目遣い。それに寂しげな顔のコンボに勝てるはずも無い。その手を握り返すと火凛の口角が上がった。しかし、先程のような危うさは無いから大丈夫だろう。
そう考えていた時だった。
「朝からお暑いねー、お二人さん」
人間、本当に驚いた時は声が出ないと言う。しかし、実際は声だけでなく一緒に体も固まってしまう。火凛も同様だったらしく、ギギギと壊れたロボットの様に振り向いた。
「……白雪か」
「もー! 驚かせないでよ!」
その声を掛けてきた女生徒を見て安堵の息を吐く。
そこに居たのは白雪だった。
「ごめんごめん、それより気になるんだけどさ」
白雪はいたずらっ子の様にニヤリと笑う。
「獅童君、お泊まりしたの?」
「……どうしてそう思う?」
「質問を質問で返すなあー!」
「そのネタはどこで知ったんだよ」
元ネタが思い出せないくらい使い古されたネタだ。確か、スタンドが出てくる漫画だったか?
まあ、今どきのJKはネットスラングを流行語に組み込むと言うし。使ってもおかしくないだろう。
「え? ジョ○ョ読んだ事無いの? 私も最近読んだんだけどさ。めちゃくちゃオススメだよ」
……いや、最近のJKは漫画とかアニメとか見るんだったな。
「……今度GE○で借りて読んでおく」
変に疑ってしまったせめてもの贖罪だ。そして、中学の頃にジョジ○を死ぬほど推してきた玉木よ……三年越しに約束を果たす時が来たぞ。
「ん? じゃあ貸すよ。今度持ってくるからさ」
「良いのか?」
思わぬ提案だ。買うには高いし、ああ言った所で借りるのはどうしても手間がかかる。無い時は無駄骨になるし。
白雪から借り、ハマれば少しずつ買う事にしよう。
「もちもち。ジョジ○推しが増えるなら全然いーよ。ちなみにウチの推しは岸○露○ね」
「ああ。名前はよく聞――痛っった」
その時、手に痛みが生じた。擦れたとか切ったとかではなく、ゴリっと押し潰されるような痛み。
見ると、火凛は凄く良い笑顔でじっと俺を見ていた。しかし、その手は力が入っているのかぷるぷると震えている。
「……か、火凛? めちゃくちゃ痛いんだが?」
そこまで言ってやっと火凛は手の力を
「ふん。今日は覚悟しててよね。絶対寝かさないから」
「いや、二徹はさすがに体に……」
と、つい家にいる時のノリで会話をしていたが、白雪が居ることを忘れていた。
白雪は目を丸くして俺たちを見ていた。しかし、次の瞬間にはニヤニヤと笑い始める。
「へーえ、ふーん、ほーお?」
しまった、と思ってももう遅かった。
「いやー、ごめんごめん。ジョジ○に興味を持ってる人が友達に居ないからさ。昨日も言ったけど、火凛から獅童君を取ったりしないいって」
「べ、別にそんなんじゃ……」
火凛は真っ赤な顔を俯かせてボソボソとそう呟いている。
……相変わらず可愛い。そんな火凛を眺めていると、横から声を掛けられた。
「あ、そうだ。ちょーっと気になるんだけどさ、昨日は何回したの?」
火凛は涙目でこちらを見てきた。俺に答えろと。
「……0.5ダースだ」
言葉と言うのは便利なものだ。六回と言われれば多く感じてしまうが、こうして言うと少なく感じる。詐欺師の手法とかこんな感じなのだろうか。
「0.5……え? 0.5ダース? それって六回って事?」
……どうやら俺に詐欺師の才能は無いらしいが。
「そういった可能性も無くはないな」
「いや、そーいう可能性しか無いから。……え?六? なんかそーいう薬でも飲んだ?」
「馬鹿にすんな。六回ぐらい普通……え? 普通だよな? 火凛」
「えっと……違うの?」
思わず顔を見合わせると、白雪が羨望の眼差しを向けてくる。
「凄い……てか火凛はもしかしてみんなの言ってた事信じてたの?」
「え? う、うん」
「はぁ。あんなん見栄はってるに決まってるっしょ。火凛の回数を基にテキトー言ってるだけだって」
おぉ……なんとなく会話に入りづらい事を話している。
「そ、そうだったの!?」
「そーそー、女が男をステータスみたいに扱うのは知ってるっしょ? あ、火凛はそんな事しないから安心してね、獅童君?」
「お、おう……」
思わぬ飛び火に思わず頷いてしまったが、俺は火凛のセフレなだけで彼氏と言う訳では無い。
「そ、それで、普通はどれぐらいなの?」
恐る恐ると言った様子で火凛は聞いた。悪戯がバレた子供みたいだ。
「まあ、多くても4,5回って聞いてるけど」
「じ、じゃあギリセーフじゃ?」
ホッとした様子の火凛であったが、白雪は首を横に振った。
「基本的に恋人の営みって週一……多くても週二とか週三なの。そりゃ毎日のようにってのもいるだろーけどさ。長続きしたのは見たことないよ」
その言葉に驚くのは今度は俺の番であった。
「……長続きしない? どういう事だ?」
「そりゃ言葉通り『毎日する程の性欲がない』か『し過ぎて痛めたり腰をやったり』するからっしょ」
後半の方に覚えはあったが、前者はよく分からなかった。
「で、でも、男子高校生だぞ?」
「世の中の男子高校生はそんなもんなの。そもそも毎日家に行くカップルなんてそのうち喧嘩して別れるだろーし。……昔から仲が良くて、お互いに家族みたいに思ってるなら別だろーけどさ」
暗に自分たちの事を指しているのだろう。実際、俺と火凛はお互いに言いたいことは言う性格だ。尚且つ言われれば謝るし、直そうと努力する。
もちろん一緒に居てドキドキする事もあるし、急に気恥ずかしくなった事もある……が、そんな時間よりも『幼馴染』として過ごす時間の方が長い。セックスの時間の方が一日の半分を占めていたとしても、だ。快楽と安心感を同時に得られるからなのだろう。
「まあそれ抜きにしても男子の方が辛いとか、女子の方がしんどいとかあるらしいけど。……二人は問題なさそうだし」
「待て待て。俺たちを世の中のカップルと混同している様だが、俺達は別に付き合っていないからな?」
その言葉を聞いて、白雪は「そういえばそうだった」と今思い出したかのように振舞った。
「いやー、ついうっかり。ウチの知ってるセフレって、こう……なんてゆーの? もっとドライってゆーか、『ただの友達』の域から出ない雰囲気だし」
思わず言葉が詰まった。これ以上は余計なことを言いそうだったからだ。
すると、火凛が口を挟んできた。
「私と水音は家族みたいなものだもんね」
「……確かにそうだな」
家族と過ごす時間と同じかそれ以上長い時間を共にしているだろう。その意見には賛成であった。
「もーいっそそのまま……っと、火凛、そろそろまずいから手離しとき」
「あ……もうこんな所に」
気がつけば学校にだいぶ近くなっていた。火凛と視線を交わし、手を離す。
「それじゃあ、俺はこの辺で」
「何を言ってるの?」
別々で登校しようかと離れようとしたが、それを火凛が引き止めた。
「もちろん、一緒に行くに決まってるでしょ? 獅童君? 幼馴染なんだからさ」
ニコリと、逃がさないぞとの意で笑みを向けられた。
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