三十八着目「僕の本性を炙り出す、決裂の追試」
研修室の三人は押し黙っている。
吉野執事は、僕に無理難題、不条理を押し付けてくる。
リョーマ君は……ばか。
僕は、ここ数週間の事をアニメの総集編のように、回想した。
これまでの巡り合わせと、蜘蛛の糸を手繰り寄せるような奇跡と必死の苦労は一体何だったんだろうか?
就職アドバイザーとの戦い、親との戦い、世間との決別の思いは何だったんだろうか?
リョーマのバカのせいで、全てが水の泡になりそう。
こんなエンディング、どんなクソゲーでもあり得ないだろ……
ここにいる奴らは全員敵、先輩も横柄でムカツク。一縷もオレ様過ぎて〇ね。洗い場の白金君は、自転車のサドル盗んで、もう一回ムショに行けばいいんだ(※白金君は無実です)
久我さんだって、コーヒーのプールに沈めてゲロゲロリバースしてしまえばいいんだ!(※何も悪くない一番被害者な久我さん)
僕の悪意が、見るもの全てを恨んだ。
理性は死んだ。
辺り構わず、何でも嚙み散らかす猛獣の気分だ。
吉野執事の表情を読み解くのは難しい。
再度、研修室に入ってから表情一つ変えない。
『チッ、中間管理職のオールバックくそおやじが』
心の中で悪態を付いていると、吉野執事がついに口を開いた。
「リョーマ50点……」
(下がってる!!)
まさかの結果に僕は驚愕した。
「おおおおおおおおおぃぃいいい💢!!何で下がっとんのじゃああ!!」
怒る事に慣れていない僕。一度感情のフタが開いてしまうと、どこまでも爆発してしまい、自分でもコントロール不能に陥る。
この前の、あみちゃんとの別れでも、それで大失敗してるのに、経験を活かせず同じ失敗を繰り返している。
「ヒック……ヒック……だって、夕太郎君が何も教えてくれなかったから……」
リョーマ君は、しゃっくりをし、涙ながら、鬼の形相の僕に怯えながら答えた。
「はっ?テメェ甘えてんじゃねーよ💢」
普段の僕は穏やかで、相手の言葉に複数のルートを想定して答える為、受け答えが非常にノロノロだ。
それに対し、キレると、相手の事などどうでもいい。普段のノロノロ運転が嘘のように、最速で反応する。
Vシネ好きが高じて、こういう時、腹の底からドスの効いた声が出てしまう。
「だって……ダッテ、夕太郎君がオシエテクレナイカラ……」
リョーマ君は、全身を震わせながら同じ言葉を何度も繰り返す。
多分、僕があまりにも豹変し過ぎてビビってるんだ。
「それは、本当ですか?」
僕を睨みつける吉野執事
「はっ?何でコッチが悪者みたいになってんですか?出来ないやつが悪いに決まってんじゃん!」
「……」
今もなお、吉野執事は僕を無言で睨みつける
「えっ?何で?ちょっ、マジでこの状況……この雰囲気マジで理解出来ないんだけど??」
僕はもう、眠気と疲労とコイツ(リョーマ)のせいでお屋敷を去らなければならない不条理な状況になりふり構ってらんない。
(なんでだ?コッチは合格者だぞっ💢)
「フゥ、やれやれ……とんだ見込み違いだったようですね。君は何にも分かっていないようだ」
吉野執事は、僕の傲慢な態度に呆れ返った。
「はっ?何がですかっ?分かんないも、なにもコッチは合格してるのに、コイツのせいで辞めなきゃいけないなんて理解できないし、納得できるわけないじゃないですか💢」
僕は感情に身を任せ、早口で吉野執事に直訴した。
「では、夕太郎君。君に言っておきたい事がある。
君の柔らかな雰囲気や表情、苦手な事にも一生懸命に取り組む姿勢、そして今回のテストのようにきちんと努力し結果を出す能力は、将来ホールに出た時、お嬢様にも伝わり、きっとたくさんのお嬢様やお坊ちゃま、老若男女問わず気に入ってくださるでしょう」
「……」
僕は、黙って吉野執事の言葉に耳を傾けた。
「だがしかし!キミには仲間を大切にするという姿勢や努力が根本的にすっぽ抜けている!!
それでは、困る!!」
「……」
(なんだよ、結局説教かよ……)
「ホールに出ると、フットマンはスリーマンセル(三人一組)になり、それぞれのゾーンを任せる仕組みとなっている。
どんなに相性が合わなかろうが、例えば、嫌な奴。お前が一縷を煙たく思ってるのも私から見れば一目瞭然だ。
それでも、協力しあわなければ、一番被害にあうのはお嬢様だ。それだけは、避けねばならない」
『ギクッ』
吉野執事とは、研修以外ではほとんど会ってないのに、どうしてそこまで分かるんだ……
僕の心情を手に取るように分かってしまう吉野執事に動揺を隠せなかった。
「夕太郎くん、君は、嫌な相手に直接イタズラしたり、手をくだすタイプではないな。
しかし、自分から直接働きかけないにしても、上手く相手のミスを誘ったり、相手の間違いに気付いても、己の利があれば、それを正さず己の利を掠め取ってから、相手を貶めるきらいがある。
決して自分からは手を汚さないタイプだ。ある意味賢い。
だが、申し訳ないが仲間としてやっていくには一番チームの破滅性が高く厄介なタイプでもある。
君の使用人としての能力には将来性がある。
しかし、今の君の振る舞いでは、私の長年の経験と直感からチームで活躍するのは難しいと私は感じている」
「……」
(うっ……対人関係において、ピンポイント過ぎて何も言えない……こんなに弱点を射抜かれたのは、社長の面談以来だ)
「この研修は、どんなに不条理でも仲間と協力する能力を養う訓練でもある。
恐らく、夕太郎君にとって今日が研修の中で一番辛い試練の日になるだろう。
個の能力だけでは、ダメなんです。どうか、周りと高め合う事を学んでください。これはあなたの今後の人生の試練でもあるかもしれません」
「……」
僕は、まだ素直に首を縦に振れなかった。
そんな僕に吉野執事は言葉を続ける。
「フットマンが、いつ如何なる時も柔和な笑みを浮かべていられるのは……
その内側……根底には、今の夕太郎君のようにギラギラと燃え盛る闘争心が源にあるからです。
何物にも負けない力強い意志、獣すら睨み殺すような怒りと殺気に満ち溢れた今のキミは、とても美しい……私を震え上がらせるほどトレビアンだ。
私も古より受け継がれ、忘れかけられていた戦士(フットマン)としての鼓動が高鳴るよ。
一縷君は、私よりも一足早くキミの本性を見抜いていたようだね。彼がキミを気に入っていたのも今ならよくわかるよ」
「……?」
(つまり、一縷さんは僕の使用人として必要な本性を開花させようと、イタズラ紛いの事を繰り返していたのか?まさか……良い人??いやいや考えすぎか……やっぱ一縷〇ね)
「夕太郎君とリョーマ君、しっかりとお聞きください。
使用人とは……
他者よりも強くあれ、他者よりも賢く、そして誰よりも美しく……
そうあろうとするものだけが、お嬢様にお仕えする資格があるのでございます。
我らの着ている燕尾服などは所詮、布にすぎません。
己の御心に燕尾服を着る物だけが、
『コツコツコツ』と足音を立て、僕に近づいてくる吉野執事
僕は、今までの傍若無人な振る舞いに吉野執事に殴られると思い、咄嗟に手で頭を抑えた。
「では、改めて夕太郎くん頼みましたよ」
吉野執事はまた『ポンッ』と優しく僕の肩を叩き、研修室を去っていった。
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