二十三着目「アン・ドゥ・トロワ」
「はいっ!アンドゥトロワ アンドゥトロワ アンドゥトロワ」
吉野執事の掛け声に合わせ、僕らはステップを踏んでいた。
フットマンは“足が命”という事で、足腰を鍛えることが、研修の第一歩らしい。
ちなみに、先日の研修で教えて貰ったのだが、僕は一つ勘違いをしていて、執事といってもいろいろあるらしい。
今、僕が目指しているポジションは、直接、お嬢様やお坊ちゃまをお世話する役割で、それを【 フットマン 】という。
この執事喫茶の花形ポジションだ。
おっと、いけね、吉野執事に言わせると執事喫茶という言葉は、あまり使いたくないらしい。
我々が、執事喫茶の事を呼ぶ時は「お屋敷」とか「ティーサロン」という呼び方をするんだってさ。変なの~。
なぜかは、よくわからないが、執事喫茶という一つの定義に収まりたくないらしい。
たぶん、「iphoneはスマホじゃなくて、iphoneだ」くらいのくだらない理由だと思う。
たぶん、ジョブズをパクッてるだけだと思う。
だって、いまやってる「アン・ドゥ・トロワ」だって、足腰を鍛えるみたいな、それなりの事言ってるけど、絶対、昔流行った柔道漫画の影響を受けてると思う。
だって、世代的にそうだもん……。
「コラッ!夕太郎君、きちんとリズムを取りなさい!アンドゥトロワ アンドゥトロワ アンドゥトロワ」
僕は、リズム感がゼロに等しくこの練習は苦痛でしかない。
おっと、話を戻そう。
フットマン以外にも、いろんなポジションがある。
【 執事 】
お嬢様やお坊ちゃまのお屋敷滞在時間を管理する役割。
お屋敷には、次から次へと、お嬢様やお坊ちゃまが出入りするので、分単位で玄関を管理しなければならない。
玄関で他のお嬢様と鉢合わせになってしまったら、世界観は台無しになってしまう。ご帰宅から、ご出発まで、気の抜けないポジション。
執事感を出すために、主に年配の方が担当することが多い。
【 ドアマン 】
ご到着したお嬢様、お坊ちゃまを出迎える役割。外の現実世界とお屋敷の中の世界を繋ぐ人とも言える。
あともう一つ重要な任務があって、冷やかしに来た一般人を追い払うという裏の一面もある。
だから、ドアマンは背の高さ、体のゴツさ、強面の顔の方が好ましい。僕には絶対向かないポジションだ。
【 デシャップ 】
出来上がった食事をフットマンに知らせ、フロアに円滑に提供するための指揮を執る役割だ。
キッチンに信頼され、フットマンに指示を与えるポジションなので、ベテランフットマンにしか出来ないポジションだ。
デシャップの指示に従わないと、フットマンはボロカスに怒られるらしい。(こわいよー)
【 ティーマイスター 】
お嬢様やお坊ちゃまの為に、紅茶を作る人だ。40種類以上もある茶葉に精通し、その茶葉にあった分量や時間を正確に淹れなければならない。
紅茶係とも呼ばれるが、特に紅茶を入れるのが上手い人は、尊敬の念を込めて、マイスターと呼ばれる。その基準は僕にはよくわからん……。
【 アシスト 】
ティーサロンのありとあらゆるアシストをする役割の人だ。
水ボトルの補充や、カトラリーの補充、シャンパンクーラーの用意、会員カードのポイント管理、お会計、お化粧室チェック等、多岐に渡る。
何かトラブルが発生した際もまずはアシストを通して、ハウススチュワードに連絡される。これもなかなか胃の痛いポジションだ。
【 ページボーイ 】
小間使い。見習いフットマンがやるポジションだ。仕事は主に二つ。お嬢様のカバン持ちと、お化粧室へのご案内だ。
フットマン採用試験に合格すると、まずこのポジションに付き、お屋敷の雰囲気を学ぶ。
ティーサロンの中では、カースト底辺となるため、性格の悪いフットマンに“かわいがられる”事も多いポジションらしい。
(やりたくねー)
これらの役割を全部ひっくるめて、“使用人”と呼ぶ。
そして、使用人のカテゴリーには入らないが、もう一つ【洗い場】というポジションがある。
これは、僕らのような研修生が行う仕事だ。
お屋敷の最底辺と言ってもいい仕事なので、まー、ボロ雑巾のようにこき使われまくる。
リアルシンデレラ状態である。しかも、ガラスの靴もないし、王子様も来ない。
このポジションを抜けたければ、フットマン採用研修を突破するしか、その道はない……。
「アンドゥトロワ アンドゥトロワ アンドゥトロワ はいっ、ここまで!」
「ハァハァハァ……」
今まで、パソコンと睨めっこの仕事だったから、体力が低下してて辛過ぎる……。
「リョーマ君、トレビアン!」
「ありがとうございます!」
「夕太郎君、ノンエレガントですよ!」
「ぷっ……はい!すみません」
相変わらず、『ノンエレガント』は、僕の笑いのツボにハマる……。
「このステップは、フットマンの基礎中の基礎ですので、体に沁みこませてください。毎朝必ずやるように」
『はい!かしこまりました!』
僕ら二人が同時に返事をすると、吉野執事は紅茶の資料を僕達に手渡した。
「当家、ティーサロンの紅茶資料集でございます。来週木曜日に紅茶テストを実施します。後日、紅茶の講習も行いますが、基本的には自学自習で覚えて貰います」
『はい!』
僕は、資料のページをペラペラとめくった。
(うわ~、聞いたこともない横文字がいっぱい書いてある……。なんだオレンジペコーって?ゴールデンディップ?CTC?みんな初めて見る単語ばっかり、これを一週間で覚えるなんてムリゲーだよ~……)
「では、ひな鳥たち、これを着てキッチンに向かってください。洗い場のお手伝いをしてもらいます」
僕らは、吉野執事からキッチンコートを手渡された。
(えっ……ボロボロに穴開いてんじゃん。防御力ゼロじゃね?)
僕らがキッチンコートに着替えていると……
「あっ!」
突然、声をあげる吉野執事
『ビクッ!!』
社畜の警戒心が発動し、余計にビビる僕
「えっ、なんスか?」
全く動じない、リョーマ君
「私、君達にとても重要な事を一つお伝えし忘れてました」
「だから、なんスか?」
おいおい、その態度は“ばいやー”じゃないか?リョーマ君よ……ヤバいと思うよ、おさーんは……。
「フットマン採用試験ですが……合格出来るのは、お一人のみでございます」
『えっ……』
僕らは、その言葉に絶句した。
「必ず、一人は落ちます。もしくは、出来が悪いとお二人とも落ちることはあります。でも……二人同時に受かる事はありません」
『……』
「苦楽を共にして、お互いを高め合った二人が、最終的にどちらがフットマンに相応しい人間か、フットマン採用試験で雌雄を決する。これを『デュエルシステム』と言います」
吉野執事は淡々と語った。
『……』
(なにが、「デュエルシステム」だ……ダサダサだろっ、中二病過ぎるだろ、この職場。ネーミングセンスなさすぎ……)
「以上です。じゃっ!洗い場頑張って来てくださいね。バーイ」
満面の笑みで僕らを見送る吉野執事だった。
――洗い場に行く途中
「クソッ!なにが『デュエルシステム』だよ!あの満面の笑み、サイコパスかよっ!一カ月も研修頑張って、受かるのは一人だけってヒド過ぎない?ねっ、リョーマ君?……」
僕は、突然の知らせに憤りを感じ、リョーマ君に同意を求めた。
「……、……」
リョーマ君もショックだったのだろうか、僕の問いには返事をする事もなく、俯き加減にトボトボと歩くだけだった。
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