二十ニ着目「執事の話は続くよ、どこまでも」

 吉野執事の教え方上手いな~。全然関係ない質問から、いつの間にか、研修っぽくなっている……。

 もし、僕がこういう講習を出来ていたら、アンケートでオール3なんて貰わず、4とか5を貰えていたのかも……。

 そしたら、職場の皆から『Mr.ALL THREE』なんてバカにされずに済んだかも……。

 リストラされずに済んだのかも……。そしたら……、彼女とも…………

 あ~、もういいや!そんな事考えてたらキリがない。やめよう、やめよう……。


 ――


 吉野執事による「反省会」は続いていた。

 リョーマ君は、視線をまっすぐ、真剣に吉野執事の講義に耳を澄ませていた。

 そんな、真剣な彼の姿を観ると、僕は気持ちが揺らいだ。


 リョーマ君は、“本気”で執事になろうとしている……。

 それに比べて、僕はどうなんだろう?……。

 結局、僕なんて、たまたまTVで執事喫茶特集を観て応募した「夢見ちゃった系」だし、リョーマ君のように“本気”かと言われると、う~ん、、、自信を持って答えらんないな~……。

 TVで観た一縷いちるさんは、あんなにカッコ良かったのに、リアルでは、なんか我が強くて……正直、無理……。

 苦手なんだよな~、ああいう人……。


 なんつ~か、「元気の押し売り」っつうか、「頑張ってるオレをみろ!」みたいな、無理矢理こっちに同意を求めて来るような人。

 あんま関わりたくないな~。でもこの喫茶の主要メンバーだし、無理だろうな~。

 そこまで、無理して執事になりたいのかな?僕……

 あ~あ、受かったら受かったで、こんな迷い方するなんて、思ってもみなかった……。


 ――


 なおも吉野執事による「反省会」は続いていた。

 ドラマや漫画の世界だけかと思ってたけど、やっぱり、現実の執事も話が長いんだ……。


「実技テストの際、私は、皆さんに同じ言葉掛けをしました。覚えておりますでしょうか?……『お嬢様を想う気持ちが誠であれば、使用人として、どんなことも乗り越えられます』と……。それのみです」


「えっ、それが出来たら、みんな受かってたって事ですか?」

 リョーマ君が驚いた様子で吉野執事に質問している所で、僕もようやく二人の会話に追いついた。


「そこまでは、申し上げられません」

 吉野執事は、人差し指を唇の前に持ってきて“シッ”のポーズをした。

 その仕草がカッコ良く、様になってるので、今度機会があったら、僕も使ってみよっと思った……。


 僕は、もう完全に「反省会」に飽きてしまい、注意力散漫だった。

 だってさー、なげーんだよっ!コイツらの話!!

 そんな事、絶対に口が裂けても言えないけどね……。


「私たち、使用人は、たとえどんな素晴らしい、志しやスキルがあったとしても、それをお嬢様やお坊ちゃまの前で発揮できなければ、何の意味も成しえません。

 主人の為に、何が出来るか?それが使用人として、一番大切なとなる部分でございます」


 んっ?今なんて言った?「」って言った?難しい言葉使わないで……(悲)

 あっ、リョーマ君が、ちょー真剣にノート取ってるから、後で見せて貰おうっと……。

(ちなみに、後でノート見せて貰ったら、「」とメモしてあった。そんなんだっけ?謎は深まるばかりだ……)


「あの日、リョーマ君と夕太郎君は、目の前のお嬢様の為に、全力を尽くしてくれましたね」


『はいっ』

 二人同時に返事をした。

 えっ?だって、そんなの当たり前じゃん。お客の為に頑張るなんて、わざわざ言うほどの事でもなくね?……。


「夕太郎君!!」

 突然、大きめの声で、吉野執事に呼ばれビックリしてしまった。


「ハイッ!」

 やばっ、「飽きた」とか「めんどくさい」気持ちが顔に出てるのがバレて、怒られるなコリャ……


「君は、お嬢様やお坊ちゃまを差し置いて、目立ちたいと思いますか?」


「はいっ?いや、全然、むしろ目立ちたくないです。むしろ、端っこに居たい、隠れたい気持ちで一杯です」


「そうですね。特に君はそうかもしれませんね……。

 しかし、3番目の彼は、自分が目立ちたいという気持ちの方が、強そうだったので、私はバツの判定を下しました。

 もしかしたら、才能やセンスは、あの中では、彼が一番持っていたのかもしれません。

 でも、誰かの為に尽くそうという気持ちがなければ、この仕事は成行きません。

 特にお嬢様相手だと尚更です。 女性は、そういう不届き者は、すぐ察しますからね。

 イケメンや自分自身の特技を自慢したいだけであれば、地下アイドルや動画配信など、今の時代、様々な方法があります。

 彼はそちらの方が、向いていると私は判断しました」


 なるほどね~、僕の当たり前は、クソノッポにとっては当たり前じゃなかったのかもしれないのか……。

 いろいろ、深いな~この世界……。


「さらに言うと、3番目の彼は、実技がてんでダメでした。きっと能力はあったのでしょう。

 しかし、お嬢様の前で、うまく出来なかったら、たとえ練習で出来てたとしても、何の意味も成しえませんからね。

 これは、私の推測でございますが……さしずめ、小バカにしてた『みすぼらしい庶民の格好した場違いの子』が思いのほか、しっかりとした給仕をして、でしょうかね?」


「フフフッ」

 吉野執事は、僕を見ながら微笑んだ。


「えっ!?どうしてそれを……?」

 あれっ?いつの間に僕とノッポ野郎の会話聞かれてた?まさか、盗聴器?


「フフフッ、夕太郎君、不思議そうな顔をされてますね。気になりますか?」


「はい……」


を使えば、あの程度のコソコソ話を理解するのは、簡単でございますよ。君達もホールに立つと、自然に身に着きます。

 だけど、そのスキルが身につく過程で、をみると思いますがね」

 吉野執事は、たまに脅しのような怖い事を『満面の笑み』でサラッと言って来るので、それが本当に恐怖に感じた。


(じゃぁ、さっきの『いいえ』もで読めよ……)と僕は思った。


「いやぁ、それにしても、あの時の夕太郎君の給仕は『トレビアン!』でした。

 もうね、身にまとうオーラから、燕尾服が見えましたよ!私には!!

 長く面接を担当してますが、あんな事は初めてでございます。

 まるで、誰かが憑りついているようでした。しかも、あの動きは、かなり手練れのサービスマンでございますよ」


「あっ、ありがとうございます。無我夢中で、自分でも何だかわかんない内に、がんばっちゃいました」

 吉野執事の推測力と洞察力ってほんと凄い……。

 全部当たってるし……もしや、エスパーなのか?……。


「あー、でも、思い出しちゃいました。夕太郎君、私は君に一つ言いたいことがあります。

 私はね、割と夕太郎君に怒ってますよ。

 君は、給仕の途中で、急に気を抜きましたね。

 あれは、『』でございます。

 私は、二人の面接官のように、甘くはないですよ。

 あのような『ノン・エレガント』な気の抜き方したら、即、君達はこの場から去って貰いますからね!

 その心づもりを常に持っておいてくださいね」


「はい!」

「ぷっ……」

 リョーマ君は、真面目にハッキリと返事をした。

 僕は、新しく出てきたパワーワード『ノン・エレガント』がクソダサ過ぎて、怒られてるのに、笑いを堪えるのに必死だった。


「それと……。夕太郎君、カップの名前を覚えようとしたところは、『トレっ……』とても、素晴らしかったです」


 えっ、いま『トレビアン』いう流れだったじゃん。なんで止めたの……。

 また『トレビアン』貰い損ねた……。


「ちなみにですが、ロイヤルアルバートにムーンローズというカップはありませんからね。

 正しくは、ムーンローズでございます。

 ムーンライトローズは、オールドカントリーローズというカップと対の……〇△◇〇△◇〇△◇」


 うわぁ……どうしよ。吉野執事の蘊蓄が長すぎて、眠気が凄まじい……『コックリコックリ』してきた……。


「ムーンライトローズは、月の光の下で艶やかに咲き誇るバラの花々を……〇△◇〇△◇〇△◇

 カップに用いられている『モントローズシェイプ』は、紅茶を美味しく飲む為の究極のシェイプと言われており……〇△◇〇△◇〇△◇

 紅茶を美味しく抽出するのに適した温度は……〇△◇〇△◇〇△◇ 紅茶を飲むのに適した温度は「60~70度程度」と……〇△◇〇△◇〇△◇。

 カップの上半分を花咲くバラのように広げ、空気と触れる表面積を出来るだけ広く取ることで……〇△◇〇△◇〇△◇

 そちらはエイボンシェイプ……〇△◇〇△◇〇△◇」

 紅茶を語る吉野執事は、全く止まらず、話が長すぎて、情報量が多く頭がクラクラしてきてしまった。


 リョーマ君が、一生懸命ノートを取ってたので、後で見せて貰ったが、

 リョーマ君もこの時、「コックリコックリ」と眠気と戦っていたようで、ノートには「~~~」のような、ミミズがたくさん這っていて、結局わからず仕舞いだった。




 使用人採用試験まで、あと29日

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