二着目「Mr.ALL THREE」
僕は社長に会議室へと呼び出されていた。
原因として思い当たる大きな出来事が一つあった。
僕は3Dcadソフトの講習を主な仕事としているが、現在、全世界を襲っている金融危機の影響によって、今後の予定が全て白紙となってしまったのだ。
一体、どんな話を切り出されるのか。出来れば聞きたくない。
そんな心情が表れ、恐る恐る扉を開く。
「失礼します……」
「来たか。そこに座ってくれ」
既に向かい側の席についていた社長に促され、僕は対面の席へと座った。
社長は数枚の紙を手にしており、こちら側にも同じものが置かれていた。
「これは先日の講習のアンケート結果だ。見てみろ」
「はい……」
アンケートは数字で答える評価部分と文章で答える感想部分に分かれている。
評価はどれも5段階の3が並んでいた。それは僕がオール3と呼ばれている由来であり、いつも通りの無難な結果だと言えた。
「単刀直入に言う。俺は数字の評価は気にしない」
社長はまず初めにそう言った。
それは僕が3しか貰えないことを糾弾するわけではないことが分かる。
だからと言って、安堵は出来ない。案の定、社長は言葉を継いだ。
「それよりも、俺が見てるのは受講者の人達の感想だ」
僕は感想がまとめられた場所へと視線を遣る。
『講師にしてはちょっと若い気がする。ちょっと控えめな印象なので、もっと説得力が欲しい。』
『新人さんの割には、落ち着きがあり頑張っていた。』
『普通の人の普通の講義だった。』
そのような内容がズラリと並んでいた。ちなみに、既に三年目であり新人ではない。
「これを俺が見て、どう判断すると思う?」
社長は淡々とした口調で問いかけてきた。
それは怒鳴られ詰られるよりもよっぽど怖かった。
半泣きになりながら僕は答える。
「個性がなく普通の仕事しかできなくて、自信がないので、イマイチ印象のパッとしない人だと思います……」
「まあ、そこまでとは言わないが……俺も大体同じ感想だ。そうだろ?」
僕はただ悄然と俯くことしか出来ない。
社長は滔々と語る。
「このご時世、平々凡々な仕事しかできない人材はいつだって使い捨てだ。もし君にもっと個性や才能を他の人たちに感じさせる仕事が出来ていれば、君自身の力でこの金融危機を跳ね返し、来週も講習が続けられていたかもしれない。確かに、今回は金融危機が原因で講習がなくなってしまった可能性が高いだろう。けれど、それが本当の理由かは分からない。そして、今の君はこれまでやって来た仕事がなくなった、というのが現実だ」
社長の言葉は僕に深く突き刺さっていた。僕自身が考えていたよりもよっぽど僕の抱える問題を射貫いているのだ。何か言い返せるはずもない。
「これも良い機会だと思って、君自身のスキルを磨くために、上級コースのマニュアルを作ってくれ。それで、ダメかどうかは俺が決める。出来るな?」
「……はい」
僕は項垂れながら答えた。
社長の命令が実質的には追い出し部屋行きだということは分かっていた。社内ニートとしてろくな仕事も与えられず、その待遇に耐えられなくなって誰もが辞めていくのだ。
それでも、拒絶なんて出来るはずもない。そうすれば、いよいよクビになるだけなのだから。
胃がキリキリと痛む。それは紛れもなくストレスによるものだった。
「話は以上だ。自分のデスクに戻ってくれ」
僕は言われるがまま会議室を出る。前から二人の同僚が歩いてくるのが見えた。
何とかいつも通りに振舞おうと試みる。
「お、おつかれーっす」
声が微かに震えているのが分かる。気づかないでくれ、と願った。
「おっす」
「おつかれさん」
二人は挨拶を返してくれた。その様子におかしな点は感じられなかった。安堵する。
しかし、少し歩いたところでひそひそ話す声が聞こえてきた。
僕は思わず立ち止まる。彼らは廊下を曲がったところで立ち話をしていた。
「おい、聞いたかよ。オール3のこと。講習のアンケートで1を取ったんだって」
「マジか、それはヤバイな。だから、社長に絞られてたのか……でも、オール1ってあだ名の方が仕事出来そうだけどな、ははっ」
「何か噂によると、受講者の態度があまりにも悪くて、オール3がカッとなって怒鳴ってしまったらしい」
「アイツ、変に真面目なとこあって、冗談とか通じない雰囲気あるからな。ガマンの限界が来たんだろう」
「へー意外、オール3も切れる事あるんだな。ある意味その場面、見たかったわ」
「確かに」
二人はくつくつと声を上げて笑う。
僕が聞いているとも知らず、陰口を叩くことが如何にも楽しそうだった。
「職人気質の多い男ばかりの環境だから、受講者さんに舐められたんだろう。あれだけ気をつけろって忠告してやったのに」
「なまじっか、若く見えて顔も良いから、男ばかりだとバカにされやすいんだ。まさか、イケメンが損する世の中なんて思いもよらなかったぜ。なまじっかイケメンだからさ、なまじっか!」
「バカ、声が大きい。オール3に聞こえるだろ!」
「おぅ、わりぃわりぃ……」
声の大きさの前に周囲を確かめて話して欲しい。
彼らの陰口は今の僕にはとても耐えられなかった。これ以上聞いていられない。
その場を離れようとしたところで、彼らの声音に憐憫のニュアンスが混じる。
「でもまぁ、たった一度のミスで社内ニートは酷すぎるよな」
「こんなご時世じゃなきゃな、ちとタイミングが悪かった」
「オール3は才能なくて平凡だけど、頑張ってはいるんだし。マジで可哀想ではある」
「社内は巨大ロボ実体化プロジェクトに人材を集中させてるのに、オワコンの講師業に配属されてる時点で察してやれ」
「おい! 社内でもプロジェクトの情報漏洩は懲戒処分の対象だぞ気をつけろ」
「おっと、失敬失敬」
そこで彼らは歩き去って行った。
僕は遣る瀬無い気持ちでいっぱいになる。
彼らの話していたことはまるっきり出鱈目だ。僕が受講者に怒鳴ったなんて事実はない。
本当は憤りをぶつけて訂正したかった。そんな嘘が社内に出回っているのであれば、とても放置できる話じゃない。
しかし、一歩を踏み出せなかった。僕には彼らと真っ向から向き合って、立ち向かう勇気も度胸もなかったのだ。決して怒りを抑え込むことが出来たわけじゃなかった。
もう、どうでもいい。何もかもが面倒くさい。
僕はとぼとぼと歩きながら、胸中を色々な思いが駆け巡る。
巨大ロボ実体化プロジェクトとは一体何なのだろう。いつの間に同僚達とこんなにも距離が空いてしまったのか。
世界金融危機。どうしてそんなものに巻き込まれなければいけないのか。
僕が一体何をしたというのか。何でこんな目に……。
「はぁ……」
大きくため息を吐いて暗澹たる気持ちに沈んでいると、突然、携帯の着メロが流れた。GReeNの「キセキ」だ。
僕は何も考えずに携帯を確認する。メールが来ていた。
その相手は、あみちゃんだった。
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