*5* 初めまして……って、え?
あの女子高生達に腐肉色パスケースの写真を撮られてから今日で一ヶ月。
アンモナイト氏は所謂バズった状態になって、一躍ネットニュースの記事になった。とはいえそんなことになっていると教えてくれたのは、いつも使うコンビニの強面バイト君だった。
俺は青い鳥のSNSをしていない。しかしこれを期に始めてバイト君に教えてもらったハッシュタグで検索してみると、そこには【現代の若者の心の中に潜む闇と孤独を生々しく描く絵師】とあった。あの作風がそういう風に受け取れるのは、成程確かに若い証拠なんだろうなと思う。
あとは何と言っても、あれだけ頻繁に投稿していたアンモナイト氏が四日も何も投稿せず、過去に投稿された絵に承認済みのマークが凄まじい数ついていたことだろうか。商品も全て売り切れになっていた。当初の俺の読みが当たったのだ。深海に沈むアンモナイト氏の元まで地上の光が届いた。
これでもう自分の仕事は終わったと思って、生まれて初めて作者に対して承認ボタンとスタンプの他に、コメントを残したのだ。文面は可もなく不可もない使い古された感のあるテンプレートで『これからも創作活動、頑張って下さい』と。
ところがコメントを書き込んで一分もしないうちに、サイト上にある俺のボックスにメッセージが届いた。差出人はアンモナイト氏。これまでスタンプにも承認ボタンにも反応がなかっただけに驚いた。
そこには短く『会ってお礼が言いたい』とあり、さらに俺を困惑させた。だが結局好奇心に負けて『良いですよ。先にどこの県に住んでるかだけ教え合いましょう。それでどっちからも近い県の駅で待ち合わせとかどうです?』と送った。
そして本日どちらからも近くて、それなりに待ち合わせがしやすい大きな駅の構内にある、某コーヒーチェーン店でコーヒーを飲んでいる。窓側の席に深緑のシャツにジーンズというラフな格好で座り、分かりやすいようテーブルにはこれまで買ったアイテムを並べてある。
因みにお互い性別や外見的特徴は知らない。会うまで全然分からない方が面白いからというのが理由だ。ただし目印になるものは教えてもらっている。腐肉色のパスケースと黒縁の眼鏡だ。どちらか一方ならあり得るだろうが、どちらも持ってる人間がそうそう偶然この空間に大量発生するはずもないしな。
しかし待ち合わせの約束時間まであと五分だというのに、それらしい人物の姿が見えない。首を捻りつつもう一度周囲をよく見ようと思っていたら、不意に周りの席から『見てあの子、凄い美人』『え、モデル?』という声が聞こえた。
そんな美人がいるのなら、待ち合わせしている人物を探すついでに視界に入ってしまっても仕方ないよな?
ということで、周囲の視線が集まる方へ振り返ると……いた。腐肉色のパスケースを胸の前で見せつけるように持った、黒縁眼鏡で、凄いプロポーションをした黒髪ボブカットの清楚系大和撫子美人が。
即座に脳が〝待ち人じゃないな〟と判断し、美人を見れたことに満足してまたアンモナイト氏の捜索に戻ろうとしたその時だ。大和撫子がパッと表情を明るくして、桜色のカーディガンを翻しながらこちらに向かって歩いてきた。
一斉に俺の座っている席の方に集まる周囲の視線から逃れるべく、彼女から顔が見えないように俯く。誤解だ皆。きっとこの近くに彼女と待ち合わせているイケメンの彼氏がいるんですよ。
だがそんな俺の内心の抵抗も虚しく、下げた視線の先に大和撫子の履いていたクリーム色のパンプスが入り込み、やがて「あ、あの……もしかして【オジサン】さんですか?」という震える声が降ってきた。
マジか。
ごめん、マジか。
表の人通りが見える窓には角刈り頭で三白眼で顎の四角い、一般的な成人男性でしかない体格の自分が映っていた。咄嗟に違うと言えたら良かったのに、ついここまで来て約束をすっぽかして現れなかった人と思われるのも辛くて。
「はい……俺が【オジサン】です。君がアンモナイトさん?」
自分の顔がなかなかに若い女性を怖がらせるのは分かっていたので、なるべく穏和に聞こえるようにそう話しかけると、アンモナイト氏、もとい彼女は「そ、そうです。本物の【オジサン】さんに会えるなんて……光栄です」と涙ぐんだ。
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