おじいちゃん、転生ならさっきしたでしょ!
高羽慧
1. おじいちゃん
辺り一面、真っ白な空間で向き合う年老いた男と私。
ここは来世を告げる場所。私の職場だ。
私に性別は無いが、他者が見れば親子のような男二人だろう。
「亡くなった時の名前は
手元の書類――一見紙かと思われるが質量の無いそれを手早く繰り、老人の来歴を確かめて眉をひそめた。
「あー、重田さん」
「おう。次の行き先は決まったかね?」
「あなた、覚えてるんですね? 生前のあれやこれやを」
「そりゃそうだろう。まだそこまでボケとらん」
ボケの問題ではない。
死んでここに呼び出された魂は、記憶を失って素体に還るものである。
新たな魂の材料になるわけだ。
例外的に同じ魂を保持して輪廻の流れへ戻される者もおり、この重田という老人はそれに当たる。
しかし、記憶を保ったままというのは例外中の例外、私が担当してきた魂では彼だけだった。
「七十八歳と百二十一日にして、車道へ迷い出た幼子を庇ってトラックと衝突、即死したと」
「子供は助かったか?」
「ええ、擦り傷で済んだようです」
「そりゃよかった。そこは心配だったからな。とすると、次は転生だよなあ?」
「よくご存じで」
「思い出したんだよ。これが二度目の人生だと」
正確には三度目だが、教える必要はなかろう。
人を助けて死んだ者は、もう一度同じ魂で人生を送る権利がある。
老人は既に
その転生した先が重田硯司であり、ここでもまた人を助けて死ぬ。
繰り返すこと自体はいいが、前世を思い出したというのは厄介だ。
「いつ思い出したんですか?」
「一年前かな。助ける子供を探すのは大変だったよ」
「まさかわざと死んだと!?」
「自殺したわけじゃない。突っ込んできたトラックが悪い」
「それはそうですが……」
自殺なら問答無用で素体送りだが、そのような判定は書類上にもされていない。
彼には転生資格がある、そう告げると老人の口許が緩む。
「ワシも勉強したんだ、この一年で」
「はあ」
「異世界がいい。異世界、いいよなあ」
「え。異世界ですか」
「日本はもう満喫したからな。剣と魔法の世界、あるんだろ? 灼熱の精霊よ我が呼び声に応えて顕現せよフレイムストーム! とか」
「詳しいですね。まあ、あります」
転生先を選ぶのは、彼の担当である私の職務。
探すのが面倒なだけで、彼が言うところのファンタジー世界だって選択できる。
本人の希望を聞くのは珍しいと思うが。
「前世に比べれば不便な生活ですが、構わないんですね?」
「魔法が使えるなら平気だ。というか魔法最高だろう、文明の利器とか要らん」
「では少々お待ちください」
「おう!」
今さら魔法とか、何を勉強したのやら。
しかし私がごねるような案件でもないので、粛々と転生先を選んで送り出す準備を進める。
しばらく書類と格闘したあと、用意はつつがなく完了した。
「レイ・クライス・メイフィールド、それがあなたの名です」
「おお、いい名前だ。テンション上がる」
「行け、新たな人生へ!」
硯司改めレイが、光の粒子と化して消え去った。
レイの魂が善性に満ちたものなのは確かだ。良き素体となるだろう。
貴族家の三男に生まれる手筈であり、そこで本当に納得できる人生を送ってほしい。
彼の来世に幸あれ――そんな私の願いは、いわゆるフラグでしかなかった。
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