:第三話「恋と獣」
実った恋は熟しても鳥には食べられない。
[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]
:第三話「恋と獣」
…………………………
−恋やつれ、その姿がにつかわしくない程に、恋い慕う友人の。
古文の小テストは返ってくる前に惨敗だという事は分かっている。負った不名誉は、夏越しの祓えで流してしまおう。そもそも抜き打ちテストなんかをする先生が悪いのだ。また職員室へ呼び出され、衆人環視の下、グチグチと言われる辱めを受けるのだろう。くそぅ、いつか、どうにか仕返しが出来ないものか。そんな事を頭の片隅で考えながら、放課後の“旧街道通り”を華子と歩いていた。華子が「気にする事じゃあない。苦手な事なんて誰でもあるでしょうよ」と励ましてくれるのが、実に涙ものである。本当に、わたしは、唯一、古文だけが恐ろしく出来ない。他は普通なのに。本当に普通なのに。まるっきり普通なのにだ。一体、どうしてなのか。科学では解明されていないが、輪廻転生や前世というものがあるのなら、わたしは前世で古文の親でも殺したのだろう。
古都から低い山をいくつか越え、竹林を分入り通る石畳の古い街道。その道は古都から、わたしたちの住む町、旧市街地に繋がっていて、その中心を通っている。そして、町を取り囲む大きな堀を渡り、新市街地にある駅にまで抜ける目抜き通りだ。その“旧街道通り”で、すれ違った人間と彼岸の獣の恋人と思われるふたりを見て『ああいう風になりたいなあ』と羨ましくもなり、少し思うところもある。まだ、社会は人間と彼岸の獣が付き合い、それに対して偏見や差別が無いくらいに成熟していない。だから、どうしても、関係が進んだ先にある不幸を考え、辛くなる。『彼岸の小さな恋』を読んだ後だから、余計に思いが深くなっているのかもしれない。歴史や史実、偏見や差別に理解を深める為、本を読むだけではなく、わたしに何か出来る事は無いのだろうか。人間と彼岸の獣が混じり歩く向こうから、ひとりの細身で背の高い彼岸の獣が華子に声をかけてきた。さすが、長身のスタイル良し遊んでいる風女子高校生。やっぱり、その見た目だけで声がかけられるんすね…………っあ?
「はあっ!!!??」
「いや……だから、カレシ」
ばったり町で会った華子の新しい彼氏さんは彼岸の獣だった。
「いやいやいや!言ってよ!!」
「えっ。学校で言ったでしょ」
いつも華子の話は長いから適当な相槌を打って、初代校長の前で、もじもじとする男女に“爆ぜる伝説”を作ってあげていた事が仇となった。あの時、華子は惚気話だけではなく、相談にも乗って欲しいとお願いしていたらしい。華子の彼氏さんが姿勢を“わたしの身長に合うくらい”に低くして「まだまだ彼岸の獣と人間の関係には偏見が多い。おれたちの関係について相談に乗っていただければ……」と優しく、少し弱々しい声で言う。うーん、でもなあ。それについては、わたしも絶賛煩悶している最中なんだけどなあ。
「えー……っと?どーいう系のお悩みを?」
「結婚の事です」
「はあ、結婚。ナルホド。…………えっ!?け、けけっ!けっ、結婚っ!!?」
え。いや、うん。………………ちょっと、待って………。目の前が。いや、結婚を考えるのは、いい。『結婚を前提に』って、よくドラマや映画、本で読む。だけど、華子は三週間前に前の恋が終わって、あなたとの新品の恋は六日しか経っていないんですよね?それとも同時並行して展開されていた恋だったりしましたか?その結果、選ばれたのは貴方の方で………?いや、上手く乗り換えられ?そもそも、別の恋は口説き落とす為だけに用意された………っ?いやいやいや、そんな事を華子が………?様々な悪事を働く華子の想像をし、ありえるな、という結論に達したから華子を睨んだ。その顔が鬼……だったに違いない。
「っいや!りんご……!何か誤解していないっ!?」
「わたしが、何を、誤解、するのかな、華子くんっ!?」
よく彼氏さんの話を聞くと“将来的に”という事だった。付き合う以上は将来的に結婚というものが無い話ではないから、最初に考えておきたいのだと言う。彼氏さんも、華子も、それぞれに別の種族と付き合うのが初めてで、それなりの覚悟を持って付き合っていきたいのだと、ふたりの言葉が重なった。え、何、凄い。さり気なく仲が良いところを見せつけられている。やだ、惚気って、怖。
「それで、まあ……ケモノ系恋愛について詳しい、りんごパイセンの意見をだなあ」
「いや………わたしに聞かれてもだなあ」
華子くん、わたしの恋愛は成就どころか、相手にされていないと話したところだろう?そして、君が『お断りをされたんだよ』と教えてくれたのは三時間前だよ?でも、もし……、もし、華子と彼氏さんのお付き合いが上手くいったとして、そこに待つのは………必ず、ふたりが苦労をするという事だ。『彼岸の小さな恋』でも描かれ、現在も残る『婚姻審査』という制度。違う種族同士が婚姻する際に審査があるらしく、よく“悪法”だとして、テレビや新聞で『当人の意思に反して婚姻が決められないのは人権侵害』や『国を訴える裁判が起こされ……』等のニュースをよく見る。毎日、欠かさず新聞を読む華子も知っているだろうけれど………ふたりの未来は暗いかもね、だなんて言ってもさ…………、
『Enfent』の照明は小さなものがいくつか点いていて、店内の明るさのほとんどが大きく開けられたお店の入り口からの自然光を利用している。店内から見える睡蓮が浮かぶ池の光が美しいから、本を探すよりも、そちらの風景に見惚れてしまう時がある。今日は『彼岸の小さな恋』と同年代に執筆、発行された本や、その時代に詳しい本を探すつもりだった。だけど、なんとなく………なんとなく、読みたくなくなってしまっていた。
「どうかしたのか?」
「へっ!?…………あっ!えと!」
お店の一番奥、レジカウンターの向こう側で本を読んでいたはずの、その凶暴な目が眼鏡越しにこちらへ向けられていた。
「求める本が無ければ、買わなくてもいい」
「えっ、やっ、そゆ…………わけではっ」
「その割には、手に取る本に一貫性が無く、迷っている」
見ていないようで、ちゃんと見ているんですね。わたしは本を探すための『目的』を二時間前に失ってから、ずっと迷子です。手に取った本の題名すら見えていなくて、覚えてもいない。
「今日は、もう遅い。後五分で閉店時間だ」
「……はい」
「下まで送るから表で待っていなさい」
「……はい」
「はいッッ!?!!???」
今、送るって言いましたね!?それはまごう事なき、わたしに向けられた優しさですよねっ!?並んで歩けるって事ですよね!!!?なんていうか、ぃよっしゃアッ!
…………………………
実った恋は熟しても鳥には食べられない。
[Many fruits on the tree are fruits to be found by you.]
:第三話「恋と獣」おわり。
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