テレジア奇譚~悪役女御が欧州一の姫君に転生、ハプスブルク家の没落を防ぐ、夢と勇気の架空戦記
相ヶ瀬モネ
第1話 プロローグ
■表紙絵➡ https://kakuyomu.jp/users/momeaigase/news/16817330653402041752
【現代/京都】
「風邪でもひいたら大変ですから……」
「大丈夫、すぐに帰るから。ちょっとだけ行ってきます」
京都でも名の通った老舗料亭の若女将の弘子さんは、そんなことを言いながら、すぐ近くにある博物館へと急ぐ。どんよりとした空からは、白い雪がちらつき、京の底冷えとはよく言われるが、その日は、ことのほか冷え込みのきつい日だった。
若女将とは言っても、まだ大学の芸術学部の学生でもある彼女は、その博物館で開かれている『ハプスブルク展』を見に行こうと、急いで帰ってきたのである。
学生生活と生家の料亭の若女将、ふたつを両立させている彼女に、自由になる時間は多くはなかったが、突然の休講で時間がぽっかり空いたので、諦めていた展覧会を、慌てて予定にいれていた。
若女将の名は
実は、彼女の前世は、あの『源氏物語』に出てくる悪女『
前世の彼女は、詩歌音曲は言うに及ばず、后妃にふさわしい学問を修めており、また、自身の皇子であった朱雀帝のご教育にも、可能な限りつき添っていたため、最終的には、あの時代の、あの世界の女君には、ありえないくらいの高度な知識と教養を持っていた。
千年以上の時と世界を超えて、この世に生まれ変わった、そんな現在の彼女は、残っていた記憶の中の知識はもちろんのこと、相変わらずの『負けず嫌いもほどがある』そんな彼女の美点でもあり、欠点でもある、持ち前のど根性を発揮して、大いに勉学にも励み、その上、絵画、花道、茶道、書道、ピアノ、日本舞踊、弓道、書ききれぬほどの様々な習い事を学び、その結果、それぞれの腕前は、どれも素晴らしいものであった。
「弘子さん、健康のために、少林寺拳法やらない?」
さっき大学でそう言っていたのは、幼馴染であり、前世の息子であり、今現在は大学でも少林寺拳法部で部長をしている、前世のことはすっかり忘れた
「しつこい……アザだらけの料亭の若女将なんて、お話にもならへんわ」
「……そう言われてしまうと……もったいない。僕より才能あったのに」
「持ち上げても無駄です。どうせ白帯の部で入賞させて、クラブの総合得点を増やしたいだけでしょう?」
「分かった? じゃあ、今度、母が弘子さんを、乗馬に誘って欲しいと、ずっと言っているんだけど、それはいい?」
「いいわよ、息子のつき合いの悪い分は、娘がわりのわたしが行ったげる。きっとさみしいんやわ」
そう言ってから、彼女は「ありがとう」そんな気持ちのこもった合掌している彼を残して、大学を去っていた。
「わたしの朱雀を大切に育ててくれた恩返しやね……」
彼女は小さくそうつぶやきながら、博物館の門をくぐり、建物の中に入る。頭上には大きなシャンデリア。思わず目を見張る。
「……綺麗…………」
そのシャンデリアは、女帝マリア・テレジアが職人に命じて作らせた『マリア・テレジア型』と呼ばれ、実際にウィーンの宮殿に飾られていた、歴史的にも価値のある一品であった。
華やかな花の形の飾りのついたクリスタルガラスのアーム、テントのような形でつながった
『まるで人形のように作りものめいたこの世のものでない冷たい美しさ』
彼女が
現代に生まれ変わってから、ひととおりの教育を受ける中で、ざっと『マリア・テレジア』のことは知っていたが、読めば読むほど、自分と同じように、まるで物語の中の人物のような、そんな彼女の波乱万丈の生涯に胸を打たれる。
「こんなに頑張って頑張って、国を守り切ったのに……いまのオーストリアちっちゃい……初手で、フリードリヒに負けて、ケチがついたのかしら?」
その時だった。頭上から声が降ってきたのは。
『……の声が、わたくしの声が聞こえますか?』
「シャンデリアがしゃべった……?」
そして
「え……?」
なぜか昔のように、
「え? いまの生活が気に入っているのに、もう一回、源氏物語に戻るなんて、絶対の絶対にいや!!」
いつの間にか手にしていた閉じた
声のする方角を見ると、そこにはさっき目にした綺麗な、しゃべるシャンデリアと、その下に立ち尽くしているお人形のようなお姫様。お姫様は口を開く。
「やっと、わたくしの声が聞こえる者がいたと思えば、なんて無礼なのかしら、わたくしを誰だと思っているの? 礼儀をわきまえて、まずはあいさつをなさい」
お姫様は、やたらと高飛車であった。思わずムッとして言い返す。
「あなたこそ礼儀をわきまえなさい!」
「無礼者、わたくしは、神聖ローマ帝国皇帝の皇女にして、オーストリア大公女、マリア・テレジアよ!!」
「…………」
決着はついたわね、そんな表情の美しい幼いお姫様を、
「しかたのないこと、子供のことゆえ、大目に見てつかわそう。そなたこそ礼儀をわきまえぬ無礼を働いておるぞ皇女。欧州では、皇女ですら礼儀をわきまえぬのか?
厳格な階級社会で育ち『
そう思い直したが、それでもそんな風に言われると、なにも言い返せない。
シャンデリアの下は、氷点下の空気が流れ、神聖ローマ帝国皇帝の皇女『Princess of Princessであるマリア・テレジア』と、決して折れることのない
自分がこのように、天国に旅立てぬほどの憎しみを抱いているあのフリードリヒ2世から、シュレージエンを守るために、なんとか祖国オーストリアを救いたいのだが、なぜか自分には見えているにもかかわらず、あちらの世界にも、こちらの世界にも、なんの手出しもできないこと、誰にも自分の声が聞こえずに困っていたことを話す。
そんな絶望の最中に自分だけが、彼女の声に反応したらしい。皇女は必死に自分に向かって、あなたなら、皇太后であった別世界のあなたならば、わたくしの願いをかなえられるかもしれない、そう訴える。
そうかもしれない。物語の中から、現代によみがえった自分であれば、彼女の作り出した別世界に入れ替わることも可能だろう。いや、わたしだけが可能なことかもしれない。
『そうよね、もう終わった話だし、第一、その“皇女が見えている世界”すら、実は、シャンデリアに取り憑いた女帝の、諦めきれない過去の思念の世界なのだろうから』
皇女が少しかわいそうになった
本で読んだ彼女の生涯が頭をよぎった。
負けず嫌いもほどがある、そう、父であった右大臣に呆れられ、立ち位置も近い自分ほど、彼女の無念を理解できる存在はいないだろうとも思う。
『夢の中でくらい、この亡き皇女の夢をかなえてあげたい。それに、この何百年も諦めない根性に、この執念、絶対にこの小さな皇女の夢がかなうまで、現代に帰れそうにないわね……』
「その、フリードリヒ2世とやらを、成敗すればいいのね?」
「できれば、可能な限り、オーストリアの国民を幸せにして欲しいの。あと、わたくしの妹とか、フランツとか、フランツの弟とか、いろいろ……」
「まあ、できるだけ……最善をつくすわ」
一番幸せだった時代、少女時代に戻っている皇女は、子供らしい一面を持ち合わせているようで、もともと子供が好きな
そうして早く現代に帰りたい
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