第13話 招き猫の脅威

 ふむ、『豊かさを招く猫を崇める者たちの集い』とな。

 いつの間にやら、ニャスポーン信仰はそんな名前がつけられていたらしい。


「神殿の正式名称ほどじゃないけど、それでも長えな……。それこそ『神殿』みたいな言いやすい俗称はないのか?」


「ありますよ。『招き猫』と呼ばれています」


 まさかの縁起物。

 そのうち置物とか作ったほうがいいのだろうか?

 右前足を挙げて金運を招き、左前足を挙げて人を招く。

 両足挙げたらバンザイお手上げだ。


「うん、まあわかった。で、その『招き猫』を正式な宗派と認めるかどうかの審査をしたいってわけだ、神殿は」


「はい。どうか召喚に応じていただきたいのですが」


「んー、俺としては、べつに宗派として認めてもらわなくてもいいからなぁ……」


「あー、ケイン様、それは困ります。すでに『招き猫』はそれなりの規模にまで成長しているので、見捨てられると本当に困るんです。ウニャード様なんか、うちの運営をこなしつつ『招き猫』に関わる仕事も精力的に取り組んでいます。すごく頑張っているんです。ここでハシゴを外さないであげてください」


「俺が召喚に応じないだけで、なんか大ごとになるような言い方だが……」


「実際、大ごとになるんです。もしケイン様が召喚を無視した場合、大神殿は『招き猫』を異端と断ぜざるを得なくなってしまいます」


「異端……? 信仰対象のニャスポーンはニャニャに認められたようなものだろ? それなのに異端にされちまうのか?」


「そのあたりは込み入りまして……。大神殿はニャスポーン様を特別な存在であると認めるものの、そのニャスポーン様をニャルラニャテップ様のような神猫の方々と同じように信奉することは容認しない、という感じです」


「めんどくせぇ……」


「これは私の推測になりますが、正直なところ大神殿は『招き猫』を宗派として認定したいはずです。というか、異端にはしたくない」


「したくない……?」


「はい。禍根になりますから」


「ん? 禍根っていうと?」


「『招き猫』は自分たちの信仰を蔑ろにされるわけですから、かなりまずい部類の恨みが残るということです」


「わからんな……。『招き猫』って、ぽっと出の、それこそ地域信仰みたいなもんだろ? 神殿がわざわざ気にするほどか?」


「ケイン様、それはさすがに『招き猫』を過小評価しすぎです……。今、『招き猫』には勢いがあります。発足から数ヶ月ですでにユーゼリア王国が影響下にあることは、シセリアさんの陞爵式での貴族の方々の態度を見ればわかります。では、このあたりで勢いは落ちるでしょうか? いえ、きっと収まりません。むしろこれからなのかも――」


 なにしろ実利がある、とクーニャは言う。

 信仰する個人に、はっきり目に見えて現れる大いなる実利が。


「ハゲがふさふさになるだけの話じゃん」


「それが絶大だと私は申しているのです!」


 怒られた。


「ある意味、男性の夢を叶えてくれる『招き猫』、その勢力はどこまでも広がっていく可能性を秘めています。大神殿に異端と断じられようと、かまわず信徒は増えていくでしょう。そんな勢力に禍根を残しておいたらどうなるでしょうか? 『招き猫』は自分たちを蔑ろにした『神殿』をどう思うでしょうか?」


「同じ神さまを崇める友だち、とは思わないか……」


 もしかして宗教戦争待ったなし?


「大神殿はニャザトース様を崇める者同士が罵り合うような未来を歓迎しません。であるからこそ、『招き猫』を慎重に扱う必要があり、異端にはしたくないはずなんです」


「なら召喚なんぞせず、とっとと認定しちまえばいいんじゃないか?」


「信仰に関わることですから、おざなりな対応はできません。ちゃんと後世の人々が納得する……いえ、ニャザトース様に恥じるようなおこないはできないと言うべきでしょうか」


「神さまが触れた俺のデコをお前が舐めようとしたのは、恥じるおこないではないのか?」


「はい。恥じるおこないではありません」


「――!?」


 こいつ、強い……!


「ま、まあ話はわかったよ。せっかく善行だって始めたことだ。ここで放置して後世の混乱の種にするのは忍びない。面倒でもお呼ばれされてやるさ」


「ああ、ありがとうございます」


 クーニャはようやくほっとしたように安堵する。


「でも審査するつっても、肝心のニャスポーンはいないぞ? そこはどうすりゃいいんだ?」


「それについては報告してあるので大神殿も把握しているはずです。要は『招き猫』が真っ当な宗派たりえることを認めるため、その証人として関係者――つまりケイン様とシセリアさんが召喚されたのでしょう。あ、シャカ様も来ていただければありがたいです」


「うー、私は関係ないのにー……」


 不満を口にしつつ、シセリアは音に反応して動くオモチャのように体をくねくね。


「あの、関係は大ありですよ……? シセリアさんは『招き猫』の尊師、代表なのですから。ケイン様に次ぐ重要証人です」


「私はただ名前を貸しているだけだというのに……!」


「安心してください。重要証人とはいっても、シセリアさんが名誉尊師であることは大神殿も把握しています。実のところ、ちゃんと召喚に応じるかどうかが最も重要なんですよ」


「うー、ならまあ……平気ですかね?」


 そう面倒なことはないと知らされ、ようやくシセリアの表情から険が抜ける。

 が――


「とはいえ、気になる噂もあるんですよね……」


「え、なんです? どんなろくでもない噂なんです?」


「いえ、ろくでもないというわけでは……。どうも『招き猫』を快く思っていない宗派があるようなんですよ。大神殿も一枚岩ではないんですよね」


 三人寄れば派閥ができる――なんて言われるように、枢機官団内にも派閥があるらしい。

 基本的に同じ神猫を推す者たちが集まっての派閥だが、その中で三大派閥と呼ばれるものがあるそうな。


「まず一つはニャルラニャテップ様を推す混沌派、次にニャゴ=ニョトース様を推す極門派、最後がミャウ=ニュグラスを推す豊穣派です。この三つの派閥の代表は枢機官団の三つの階位の内の一つ、定員三名の神殿枢機官が務めていて、それぞれ混沌卿、極門卿、豊穣卿と呼ばれています」


「ふむ、それで『招き猫』を嫌ってるってのは?」


「豊穣卿、という話です。もちろん全体の判断に逆らうほどではないでしょうから、最終的に宗派の認定には賛成するのでしょうが……ちょっとケチをつけてくるかもしれませんね」


「なんで嫌ってるとか、そういう話は?」


「ちょっとそこまでは……。もしかすると、『招き猫』が神殿の中で大きくなりすぎるのを警戒しているのかもしれません。派閥の勢力というのは、そのまま神猫様たちの力関係が反映されています。しかし『招き猫』が参加することで、この勢力関係に混乱をきたすと思われているのかも……」


 うちの神猫ちゃんをさしおいて、神猫未満のぺーぺーを崇める宗派がでかい顔してるのが気に入らない、というわけか。

 まあ気持ちはわからんでもない。

 だってそのぺーぺーってつまり俺だからな。

 俺が豊穣派の立場でも『なんだおめえは!?』ってなるわ。


「やれやれ、どうも愉快なお呼ばれになりそうだな……」


 こんな面倒なことになるなら、善行推進組織など提案するのではなかった。


「それで、おまけの用件ってのはなんだ?」


「ああ、それはケイン様へのお礼についてですね。賛美機は大神殿でも好評なようですよ」


「賛美機……?」


「前にケイン様が創造された猫を賛美する魔道具ですよ。賛美機と呼ばれるようになったんです」


「あー、あれか」


 延々と『旧支配者のキャロル(猫賛美仕様)』垂れ流すあれ。

 そういや大神殿にも贈られたんだったな。


「あと神棚の発案についても大いに感謝しているようです。神棚を正式なものと認め、来年のうちに販売を始めるようですよ」


「そんなのもあったな」


 あったって言うか、シルさん家には実際にある。

 各部屋へ通じる廊下の一角に備え付けられ、クーニャが毎日お手入れしているのだ。


「販売が始まったら、一部利益をケイン様にお支払いするそうです」


「あー、いらんいらん。どっかの孤児院にでも寄付してやれ」


 かき集めた小銭を渡されても面倒なだけだ。

 あ、なら寄付のおまけに、右手を挙げた招き猫を贈ってやるのもいいかもしれないな……。



――――――――――――――――――――――――――――



 その頃のおちびーズ。


「ミカン、おいしーねー」


「おいしーねー」


「綺麗な猫ちゃん、お名前は? うちの子にならない?」


「ラウー、ミカンむいた。はい、あーん」


「……ん!」


「「すぴーすぴぴー」」


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