第27話 さらばシセリアよ、永遠なれ
「バカにしてるわけじゃないのニャン。悪気はニャいのニャン」
ちょっとした粗相からシルの妹さんをキレさせてしまった。
そこで俺はなんとか落ち着いてもらおうと、精一杯の可愛らしい仕草で謝罪に臨んでみたが――
「それってむしろ悪質なんじゃないの?」
「ニャ、ニャァ……」
効果のほどはどうもかんばしくない。
どうやら妹さんは猫が好きではないようだ。
そうこうしているうちに意気揚々としたエレザとしょぼくれたシセリアが戻り、それに遅れ、ようやく宿屋夫妻から解放されたレンがこっちにやってくる。
「すみません、お待たせ――」
「はじめまして、使徒レンリ様! わたくしは聖女クリスティーニャと申します! こうしてお目にかかれたのもなにかのご縁があってのこと、ここは一つ、おでこをペロペロさせてはもらえま――へぶっ」
にょきっと変態が湧いたので、これを猫パンチで成敗。
まったく、正式に聖女と認められてもクーニャはクーニャだ。
「す、すごい! 猫耳っ娘をなんか大きな猫が引っ叩く……こっち側はなんかすごい!」
いきなり変なものに対面させてしまったことを俺は申し訳なく思ったが、レンは面食らったかと思いきや嬉しそうに顔をほころばせていた。
「レン、なにを感激してるのかわからないけれど、この無駄にでかい猫が貴方の会いにきたケインよ」
「えっ」
マリーに指摘され、レンは今度こそ面食らう。
レンは何度も目を瞬かせていたが、やがてハッとし、なにを納得したのか大きくうなずいた。
「ああ、なるほど! ケインさんは神様に猫になりたいって願ったんですね!」
「ちげーニャ! そんなこと願う――奴はいたけど! それはニャーの話じゃねーニャ!」
予想外の納得をされていたようだ。
事情を知らないままだと気が散ると思い、ついさっきぶり、本日二度目となる説明をしてやる。
「はあ、そんなことが……。さすがはファンタジーですね」
「そうだニャ。ファンタジー恐るべしだニャ」
「僕はてっきりゲームで最初から最高難易度を選ぶタイプなのかなと思いましたよ」
「いくらなんでもそんな酔狂じゃねえニャ」
転移先がやべえ森だったのも『安全な場所』と指定し忘れていたからであってなにも望んでいたわけではないのだ。
「僕は日本出身ですが、ケインさんはどちらです? 名前からして英語圏の方なのかなと思っているんですが」
「ニャーも日本だニャ。本名は真島景っていうニャ」
「あ、そうだったんですか!? では名前をこちらに合わせた感じですか……」
「合わせたというか、勝手に『ン』をつけられただけニャ」
答えつつ、俺はついとシルを見やる。
するとシルはついと顔を背けた。
俺はじ~っとシルを見つめ続けた。
シルはぷるぷるし始めた。
「ちょっと! なにいきなりいちゃつき始めてんの!?」
そしたら妹さんがキレた。
「べつにいちゃついてるわけじゃねえニャ」
「べつにいちゃついてるわけではないぞ!?」
「ああん!?」
俺とシルが誤解を解こうとしたら、なにが気に食わないのか妹さんはさらにヒートアップ。
困ったな、あれか、キレる十代というやつか?
でも妹さん、竜だから十代とかそんなレベルの歳じゃないよね?
「こいつなんか不愉快なことを考えているような気がするわ!」
「マリー、奇遇だな、私もなんだかそんな気がするぞ」
あれ!?
なんでいきなり孤立無援になってんの!?
「そ、そんニャことないニャン、誤解だニャン」
竜二体にボコられてはさすがに無事ではすまない。
俺はなんとか弁解しようと思ったが、もし『なにを考えていたか言え!』などと迫られたら逃げ出すか、それとも完全に猫になってしまったふりをするしかなかったのでここは話を逸らすことにした。
「それで……だニャ。レンはニャーに会いにきたらしいけど、ただ会いにきたわけではないと思うニャ。なんの用なのかニャ?」
「強引!? ――あ、いえ、じ、実はですね、ご相談があるのですが……」
と、レンは庭で遊んでいるおチビたちを見る。
「この話、森ねこ亭の人たちにはちょっと聞かせられない話なんですよね。先代を恩人と思っているとなるとなおさら……」
「うニャ?」
もしかしてなんか不穏な感じ?
幸いディアとラウくんは……って、そうか、マリーがノラを追っ払ったのは間接的に二人を遠ざけ、レンが話をするとき居合わせないようにと考えての行動だったのか。
獰猛なだけかと思いきや、ちゃんと気遣いのできるお嬢さんなんだな、と俺は感心してマリーを見やる。
「ああ!? なに見てんのよ!」
「ご、ごめんニャー……」
目が合って即キレられた。
シルさんや、あなたの妹さん、ちょっと獰猛すぎやしませんか……。
「あ、あの、話を続けてもいいですか……?」
「ぜひ続けてほしいニャ。そんでもって空気をなごませるニャ。このままではニャーはストレスでスフィンクスになってしまうニャ」
「それを堂々と言えるなら大丈夫なのでは……? あ、すみません、余計なことを。ではまず核心から言いますと、先代は妖精界そのものを宿屋にして、汎界から宿屋をなくそうとしているんです」
『……?』
ちょっとレン君がなにを言っているかわからない。
これは居合わせたほぼ全員が同じであったようで、みんな仲良くきょとんとすることになったのだが――
「ちょっと待ってくれ! 妖精界を宿屋にするってどういうことだい!?」
ヴィヴィだけはすぐに反応を示し、ここでレンはおやっとした顔になる。
「あなたは……あ、もしかしてセルヴィアルヴィさん? ですよね。考えてみれば、汎界に妖精がいるのはまれな話ですし。あなたのことは女王様から聞いています。妖精界はたいへんなことになってしまったので、早く戻ってきてもらいたいと仰っていました」
「妖精界が!? ど、どういうことだい!? 妖精界はどうなってしまったんだい!?」
すっかりヴィヴィは取り乱し、レンの顔の前までいって情報を得ようと必死になる。
「お、落ち着いてください、それをこれから話しますから……!」
「はいはい、離れる離れる。もう、いちいち話が進まないんだから」
マリーは面倒くさそうにヴィヴィをむんずと掴んでレンから遠ざける。
ヴィヴィは「はーなーせー」とジタバタするが、獰猛でキレやすい竜の手からは逃れられないようだ。
「あー、本当は僕と先代が出会ったあたりから話したほうがいいんでしょうけど……。ではこの事態の始まりから説明しますね」
「そうして!」
ヴィヴィよ、話を詳しく聞くのが探偵だろうに……。
まあ妖精界の一大事となればそんな余裕などなくなるか。
「発端は三年ほど前、先代がいきなり『さまよう宿屋』を僕に継がせると言いだしたんです。僕としてはいずれと思っていたんですが、あんまり急だったので驚いて、いったいどうしてかと尋ねたんです。そしたら先代は『世界宿』――世界中の人々を泊めるための宿を用意する、と答えました」
「その『世界宿』が妖精界だったのかニャ? なんでまた先代は妖精界に目をつけたんだニャ?」
「おそらく……僕がした
迷い家か。
確か旅人が迷い込んだ先に人のいない屋敷があって、訪れた者には幸運に恵まれるとか、富が舞いこむとか、伝わる地域によって色々とバリエーションのある昔話……だったような?
「先代はこの話に妙に食いついて、ついでに『舌切り雀』の話なんかもしたりしました。あ、もちろんこんなことになるなんて思ってもみなかったんですよ? なんとなく『さまよう宿屋』って迷い家みたいだなって思って、何気なくした話だったんです」
「つまりはこういうことかニャ? 迷い込んでしまう、という性質を上手く利用して、お客さんに来てもらう、ニャ?」
「そうです。人が泊まる場所を求めたとき自然と訪れることができる宿。先代は妖精界ならそれが可能だと考えたんです」
「妖精にとっちゃ迷惑な話だニャ」
「あ、ところがそうでもなくてですね、だからこそ話がちょっとややこしくなっているんです。先代はなにも妖精界を征服して宿にしてしまおうというのではなく、共同での運営を持ちかけたんです。妖精たちにとっては、妖精界にいながら汎界の人々と交流が持てるというところが一番のメリットになりますね。交流を持った人が増えていけば、それだけで自然と妖精の汚名も薄れていくだろうと。このあたりのことはセルヴィアルヴィさんから聞いていますよね?」
「聞いてるニャ。ニャるほど……。こう聞くと妖精界の宿化もそう悪くない話に思えるニャ」
「はい。ですので、妖精たちは『世界宿』の賛成派と反対派に割れました。数は賛成派の方が多く、女王様が代表となっている反対派は劣勢ですね」
「あー、そういう感じかニャ……」
「それにこのまま賛成派に反対派が押されて妖精界が宿屋になってしまうと、話はもう妖精界だけに収まらなくなります。もう汎界に宿屋は必要なくなってしまうんです」
「そこまでやれるものかニャ?」
「やるつもりなんですよ、先代は。そして最終的には人々から『家』の概念すら消し去る気でいます。人が帰るべきは妖精界の『世界宿』であり、個々が寝床を用意する必要などなくすと」
「むちゃくちゃだニャ。宿代払えない奴はどうするニャ」
「その場合は『世界宿』で働いてもらうそうです。人手はいくらあってもいいと」
「どうしてまた、そこまでして人をその宿に泊めたいのニャ?」
「不公平だから、らしいです」
「不公平ニャ?」
「はい。家のない者がいる。宿に泊まれない者がいる。だから自分がその持たざる者たちのため寝床を用意する、と。そして、その寝床が素晴らしいものであれば持てる者たちは妬む。ならばすべての人が泊まれるようにする、と」
「始まりは弱者救済ということかニャ? でも、それを一人でやろうってのは正直狂ってると思うニャ」
狂える聖人というのは面倒なものだ。
行動力だけはあるバカとどっこいである。
「ひとまず妖精界がたいへんなのはわかったニャ。それでレンは――」
と、俺がレンの用件について尋ねようとしたときだった。
『話は聞かせてもらったぞ!』
「ひえっ」
シセリアの近く、ごばーっと邪悪な靄が噴出したかと思うと、そこからにょきっとスプリガンが生えてきた。
『妖精界など帰るものかと思っていたが、独善的な企みに利用されているというのならば話は別よ! これは帰らねばなるまいて!』
話の腰を折ってなんだこいつは。
行くなら勝手に行けばいいものを、なんでわざわざ宣言しにくるか。
皆も突然なんだこいつと驚いているようだったが、ただ一人だけ、このスプリガンの宣言を喜ぶ者がいた。
シセリアである。
「おお! 帰るんですか!」
『おお、帰る! 帰るとも!』
「いぃぃやったぁぁぁ――――――――――ッ!」
喜んでる。
シセリアめちゃくちゃ喜んでる。
が――
『というわけで装着だ! どぅぶるぁぁぁぁ!』
「は?」
突然のことに思考停止したシセリアに、鎧の各部へと分解されたスプリガンがどんどん装着されてゆく。
「え? あれ? あの?」
『開け、妖精門よ!』
これまでにない量の黒い靄が発生、そして集束。
まるでそこに穴でもあるような真っ黒い塊と化すと、シセリアinスプリガンは迷うことなくそこに飛び込んだ。
『忌むべき妖精どもの罪の証たる我が、愛すべき妖精たちの危機を救うため! 偉大な主人に纏われ、今こそ帰還を果たそう! 妖精界よ、我は帰ってきたぁぁぁ――――――ッ!』
「ちょ、ちょっとぉぉぉ――――――――ッ!?」
響き渡るスプリガンの雄叫びとシセリアの悲鳴。
しかしそれも、シセリアinスプリガンが黒い塊に呑まれ消えるまでのわずかな時間だけであった。
――――――――――――――――――――――――――――
『あとがき』
昨日、無事本作の一巻が発売されました。
ご購入してくださった方には厚くお礼を。
これからご購入してくださる方には深い感謝を。
飼い猫(フク)にはけりぐるみを贈りましたが興味を持ってくれませんでした。
今度、マタタビの粉をすり込んで再チャレンジしようと思います。
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