第12話 妖精探偵、来たる
本日の仕事はお休み。
なので冒険者ギルドへ行くのはなし。
したがって集まってくる子供たちを公園で踊り狂わせるのもなしだ。
場合によっては子供たちが『あの猫きやがらねえ……!』と町へ飛び出して大捜索を始めそうなものだが、このあたりのことは『いつもの時間に見かけなかったらその日は来ないと思うように』と親御さんたちに伝えてあるので大丈夫だろう。
もうなんかもすっかり顔なじみなのである。
さて、本日の仕事はお休みだからと、なにも俺はシルさん家でごろごろしようと思っているわけではない。
今日はしばらくお休みしていた『冒険者になるための訓練』をノラとディアに施すことにしたのだ。
これもまた『猫らしくない行動をしよう活動』の一環である。
シルさん家の庭にて、俺と対峙するのはノラ、ディア、メリアの三名、ちょっと離れたところではエレザが見守っている。
そんな俺たちを縁側に腰掛けて見守るのは、シル、クーニャ、それからラウくんとわんわん姉弟、あとニャンゴリアーズだ。
本日の訓練はこれまでの魔法の習得に重点を置いていたものとは打って変わって、非常に限定的な状況を想定したものとなっている。
唐突な試みなのはわかっているが、実施を決めた一番の理由は俺が陥っている今の状態がその訓練をおこなうにちょうどよかったからだ。
で、その訓練がどんなものかというと――
「できないよ! ニャスポンをたおすなんて!」
木剣を片手に叫んだのはノラだ。
近くには同じく木剣を握るディアとメリアがいる。
……うん?
そういやメリアって冒険者になるんだったっけか……?
まあいい、参加したってことはそのつもりってことなのだろう。
この想定訓練において三人は『アロンダール大森林の異変を調査しに向かった結果、元凶たる危険な魔獣に遭遇し、これを討伐することになった冒険者』という役である。
そして三人が倒すべき危険な魔獣。
それが俺だ。
現在、俺は獣らしさを全面に出すため全裸となり、このままではただのでかい猫なので、敵とわかりやすいよう『私が元凶です』と書かれた看板を首からぶらさげている。
三人のやることは至って単純。
俺を木剣でぼこぼこにして討伐する、それだけだ。
しかし『それだけ』であるにも関わらず、三人はこうして手をこまねいている。
まあ予想通りといえば予想通り。
この訓練、想定内容は『依頼を受けて魔獣の討伐に向かったところ、対象はやたら可愛らしい見た目をしていた』というもの。
肝は『敵の見た目にほだされることなくちゃんと討伐できるかどうか』――つまり三人にとってはクリティカルな内容となっている。
一応、ぼこぼこにしようと俺にはまったく効かないから手加減の必要はないと言っておいたが、物語形式で想定を進めていき、いざ俺と対峙することになったとたんこれである。
ノラは戦意喪失状態となり、それは残る二人も同様であった。
「戦う必要なんてきっとないよ。ニャスポンは悪いことなんてしてないんでしょ?」
「ニャふっふ、これは腑抜けた冒険者がきたものニャ。ニャーはこれからお前たちの町までいって、跡形もなく消し去ったあとはマタタビ畑を作るのニャ。いっぱいマタタビを作って、それをほかの猫たちに配って配下にしてやるニャ。世界中の猫をニャーの支配下においたあとは、この世界を猫の楽園に作り変えてやるのニャ」
話せばわかる、なんてぬるい状況は想定していない。
この訓練はひとまず『戦う』という選択をしてもらうために実施したのだから。
しかし――
「猫ちゃんの楽園……それは素敵な世界なのでは?」
メリアが食いついた。
この反応は想定していませんでしたね……!
「そ、そこに人間はいないニャ! 猫だけの世界ニャ!」
「そんな……! それじゃあもふもふできない……!」
やっとメリアの表情が深刻になるが……いいのかそれで?
頭はいいのに、猫が関わるとホント一番のポンコツになりおる。
「あの、あの、ニャスポンはどうして猫ちゃんの楽園を作りたいの?」
ここで尋ねてきたのはディアだ。
尋ねちゃうかー、と思うと同時、よくぞ尋ねてくれたとも思う。
誰にも尋ねられなかったら、どこかのタイミングで自分から話していただろう。
「救われぬ猫を救うためニャ!」
「救われぬ猫ちゃん……?」
「そうだニャ。ニャーは気づいたら自分しかいなかったニャ。寒くてお腹が空いて、ずっと寂しくてミーミー鳴いてたニャ。なんとか森で生き延びて強くなったニャーは思ったニャ。この世界には、昔のニャーと同じように寂しい思いをしている猫がきっといっぱいいるニャ。ニャーはそれを救ってやりたいのニャ。だからニャーは猫の楽園を作るニャ。きっと人間はそれを邪魔するニャ。だから人間は滅ぼすニャ」
とりあえずそれっぽい設定。
まあこんなものだろうという適当なものだったが……おかしい、なんか三人がちょっと泣きそうだ。
さすがに感受性豊かすぎんだろ。
設定がまずかっただろうか?
でも、どっかのイタチみたいな完全悪では意味がないのだ。
冒険者になるなら、見た目が可愛らしい魔物を討伐できるようになることは必要だろう。
それができなきゃやっていけない。
だが、この訓練には隠し想定があり、それは『敵が敵なりの正しさを持ち、それを理解できてしまったとしても戦わなければならない状況がある』ということを三人に知ってもらうためのものだ。
正直、おチビたちにはまだ早いと思うが、俺が猫である今でしかできない訓練だし、ここはなんとか乗り越えてもらいたいところ……なんですけどね。
『うううぅ……』
これは無理かなぁー……。
三人は困っているのだろうが、俺は俺で困っていた。
すると、である。
「少し、皆さんに助言をしてもよろしいですか?」
見学していたエレザが手を挙げて言う。
姫さんが泣きそうだからと訓練を中止させるつもりはないようで、俺はうなずいて許可した。
「皆さんは少し勘違いをしていますよ。なにも殺してしまう必要はありません。双方譲れぬからこそ、優劣をつけるために戦い、そして勝たなければならないのです。そして勝ったうえで、皆さんが相手の譲れぬものをどう扱うか、そこが重要なのです」
話だけして、はいそうですかと引くことはできない。
だから戦う。
区切りをつけるために必要になる。
世の中は往々にしてそういうものだから。
戦いはなくならない。
なくなるわけがない。
すべての人が一切の望みを抱かぬ悟りにでも到達しない限り――って俺はなにを思っているのだろう?
まあいい。
ともかくエレザの助言によって、ノラたちは覚悟を決めることができたようで瞳に力がもどった。
「ニャスポンをとめよう!」
ノラの言葉にディアとメリアはうなずき、やがて三人は『やー!』と俺に挑んできた。
でもって「えい! えい!」と木剣でぽこぽこ叩いてくる。
無抵抗というのもあれなので、俺は俺で「うニャ! うニャニャ!」とソフト猫パンチを繰り出し、適度な反撃を試みた。
もちろん俺に勝つ気はない。
ここで勝ってしまったらもういよいよわけがわからなくなる。
というわけで俺は適当なところで「ぐニャー! やられたニャー!」と地面に倒れ込んで敗北を認めた。
「ニャーの負けだニャー……。猫の楽園はあきらめるニャー……」
これでひとまず訓練は終了だ。
あとはお茶しつつの反省会をする予定。
だったのだが――
「ニャスポン、大丈夫よ! 楽園は無理だけど、猫ちゃんたちを助けるのは私も協力するから! お母さまとかお父さまとか、お祖父さまとか伯父さまにも話してみるから!」
ノラの気分が盛り上がったままだった。
いや、それはノラばかりか、ディアやメリアも同様である。
三人は野良猫保護に意欲を燃やし、やがてさらにノラが言う。
「ニャスポン、私たちの仲間にならない? ほら、物語だと仲間にニャスポンみたいなのがいるものだから」
それってマスコット枠なのでは……?
結局、話は俺を仲間に加え、これからは野良猫保護を推進していこうということでまとまった。
でもね、盛り上がったところ悪いんだけど……いや、ほら、神さまが猫な世界だから、そういう猫はもう普通に保護されるような環境になってるみたいなんだよね……。
こうして思ったより盛り上がった(?)想定訓練は終わった。
と、そこに――
「たぁーすけてくださーい!」
なんかシセリアが助けを求めてきた。
この情けない感じは久々で、エレザとか嬉しそうだ。
「や、宿の前に妖精が! それであの鎧と口論を始めてるんです!」
『妖精!?』
三人の好奇心が即座に爆発。
この衝撃でようやく終えた訓練の教訓がどっかいっちゃってないか心配なところだが、ひとまずその妖精とやらを確認しに向かう。
で、その妖精はシセリアの言う通り、森ねこ亭入り口の横、鎮座するスプリガンと口論を続けていた。
とはいえその妖精、見るからに妖精、という雰囲気ではない。
確かに背丈が1/8美少女フィギュアくらいで、背中に透き通る左右二対の羽根があって宙に浮いているのは実に妖精っぽい。知性や清廉さを感じさせる青銀の髪は短めで整えられており、深い緑の瞳は穏やかさや思慮深さを感じさせるところも神秘的で妖精っぽい。
しかし、身につけている衣服がやけに落ち着いた色合いのフォーマルちっくなシャツ、ベスト、ズボンと、そこがまったく妖精っぽくないのである。
「だから! 君が汎界で好き勝手していては、妖精へのいらぬ誤解が増えるだけだと言っているんだ、僕は! 君なら自力で妖精界へ帰還することも可能だろう!?」
『確かに戻ることはできるが……断る! シセリアという相応しき使用者を得た今、我に妖精界へ戻る理由など存在せぬ! いよいよ始まるのだ、勧善懲悪の汎界
「あ、あ、あんなこと言ってるんです! 妖精さんを援護してあげてください! でもってあの鎧が妖精界に帰る気になるよう説得してください!」
スプリガンの趣味は弱き者を助けること。
であれば、その遊行とやらは世のため人のためであり、それはこの国の伯爵たるにシセリアの仕事に相応しいものであるのでは?
水戸の爺さんや暴れん坊な将軍みたいな感じで。
ともかく妖精とスプリガンをこのまま放置もできないため、俺は事情を聞くためにも両者の間に割って入ることにした。
「いったいなんだニャー。店の前で騒がれると困るニャー」
「あ、すまない。実は――ってなんだ君は!?」
ファンタジーの権化みたいな妖精にめっちゃ驚かれた件。
「ケット・シーの一種か……? いや、違う! そんな生やさしいものではない! これはもっと別の次元の――ホントになんなんだ君は!?」
「出し抜けに驚くのはまあいいニャ。でも考察してから改めて驚くのはやめるニャ。不安になるニャ」
「ん……? ということは、君は望んでその姿になっているわけではないのだね。これは失礼した。不安にさせるようなことを言ってしまったか。それにしても首にそんなものをかけさせられて……」
「あ、これは自分でかけたニャ」
「君は僕をおちょくっているのかな?」
妖精ややキレ。
まったくの誤解である。
「そ、そんなつもりはないニャ。たまたまこれを首にかけてるときに、そっちが騒ぎ始めたから見にきただけだニャ」
「そ、そうか、それは重ねてすまない。しかし、たまたまそんなものを首にかける状況なんてものがありえるのか……? どうやら僕もまだまだ経験不足のようだ」
やれやれと首を振る妖精はちょっとキザな感じだ。
「では、遅ればせながら名乗らせてもらおう」
妖精はそう言いながらうやうやしく礼を。
「僕の名はセルヴィアルヴィ。妖精界を統べる女王陛下により、妖精の名誉回復の任を与えられた唯一の特務妖精。人呼んで――」
と、そこで妖精――セルヴィアルヴィは顔を上げ、にこっと微笑んで言う。
「妖精探偵だ」
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