第16話 『コマンド ▷はなす』

 ゴーディンが軍を引きあげさせる命令を伝えたあと、俺は彼を連れて侯爵家へ帰還すべく再び夜空へ。

 でけぇ野郎なので、これが思いのほか苦労することになり、試行錯誤の結果、ゴーディンを行きで使った板の代わりにすることを思い立ち、アイルを背負った俺はゴーディンをサーフボードのように使って一路侯爵家を目指した。


 やがて空が白み始め、魔界の太陽が『今日もがんばんべー』と昇り始めてしばらくしたころ、俺のスマホが『ぶるるにゃーん! おぅおぅーおぁーん!』とこれまで聞いたことのない着信音を奏で始めた。


 これはただごとではない。

 そう思い、一度地上に降り立って電話にでてみたところ、相手は怒ったシルだった。

 もともと相手の精神状態によって着信音を変化させる機能があったのか、それとも追加されたのか……。

 ともかく俺は電話越しにしこたま怒られつつ、なんとか王様を連れて帰還途中であることをシルに伝えた。


「やっぱ姐さん怒ったじゃん」


「うん、予想よりずっと怒ってる感じだった」


「これが恐怖か……」


 堂々たる立ち姿のゴーディン。しかしその犬耳はぺたーんで、尻尾はきゅーんと丸まってしまっている。

 そうか、こいつでも怒ったシルは恐ろしいのか……。


「と、ともかく急いで戻るぞ」


 正直、帰るのは億劫だが帰らないわけにはいかず、であれば少しでも到着を早めてシルがイライラする時間を減らすべきだ。


 俺たちは大急ぎで侯爵家を目指し、人々が活発に動き始める頃になってようやく到着。

 仁王立ちで待っていたシルに出迎えられ、俺とアイルは正座させられおかえりなさいの説教を食らう。


 その間にゴーディンは侯爵家の面々に迎えられ、挨拶やらペロが無事でよかったやらお騒がせして申し訳ないやらと会話を交わす。

 そして話はたった一人で訪問した理由へと推移し、そこからは俺も参加する必要があるため、ひとまずシルの説教は中断ということになった。

 とても助かった。


 話し合いの場は談話室へ移され、シル、ヴォル爺さん、ルデラ母さん、エレザ、シセリア、クーニャ、アイルとピヨ、ディライン父さん、ヴィリセア母さん、そしてゴーディンと、皆が集まったなかで俺は事のあらましを説明する。


「最初は王様を懲らしめて従わせ、軍を退かせるつもりだったんだ。これが手っとり早いかなと思ってな。でもこの王様、どうもあきらめが悪いようで、今回はあきらめても機会があればまたやるっぽくて、これじゃあ問題の先送りでしかないし、話してみると魔界を支配したいわけじゃなく、目的があって統一したいだけだってわかってな、ならもうこれ後押しして統一させちゃった方がいいなかと思って連れてきたんだ」


 目的が『猫になるため』ということは伏せる。

 まだ言うべきではない。

 たぶん言ったら『ふざけんな!』と反発され、これを信じてもらうために無駄な時間を使うことになる。


「魔界って強い奴に従う習慣があって、その国で一番強い奴が王なんだろ? ならわざわざ戦争なんてしなくても、王同士で決闘でもさせてやればいいんじゃないかなって。国家間代理戦争……とは違うか? 国の戦争って王様がやらせるんだから、むしろ当人戦争か? まあそんなわけで、この王様を隣の国の王様んところに連れていくことにしたんだ」


『……』


 皆がぽかーんとしてるのは、さすがに話が難しいからというわけではないだろう。

 これ以上ないくらいわかりやすい決着の付け方だし、やることは王様を空輸して隣の国の王様宛に投下するだけのことだ。


「それでな、一緒に考えてもらいたいのは、どうやって各国の王様を納得させるかってところなんだ。いきなり乗り込んでいって殴り倒すんじゃ、さすがに認めないと思うからさ。これをなんとか、納得して決闘に臨ませる条件? みたいなものをさ」


 俺の考えとしては、決闘に勝った場合のメリットは多く、負けた場合のデメリットは少ない、そんな条件を最初に提示することだ。

 例えば、勝てば労せずゴーディンの国が手に入り、負けた場合はゴーディンを犬狼帝と認める、みたいな感じで。

 しかし――


「一晩でめっちゃくちゃじゃー!」


 ここで一番頼りにしたかった爺さんがキレた。


「昨夜は寝るのも我慢してあれこれ――もうホントあれこれ一生懸命考えておったというのに、もう全部台無しじゃ! お主が見当たらんと聞いたときは嫌な予感を覚えたが、まさか全部ひっくり返されるなんぞ予想できるか!」


「いやだからそれは――」


「うっさいわーッ! わかっとるわーッ!」


「そ、そうか、ならいいが……」


「なんもよくないわぁーッ!」


「ま、待て、まずは落ち着こう。考えてみてくれ、ひとまず戦争は回避できたんだから、これは喜ぶべきことだろ?」


「確かにな! でもな、でもな、儂頑張って考えとったんじゃ! これはなんとかせねばならんと、もう健気なくらい真面目に考えておったんじゃ! それを一晩でひっくり返されて! 昨日は魔界統一阻止の話し合いじゃったのに、今日は魔界統一に向けての話し合いとかこれもうわけわからんわ!」


 状況はマシになったと認めるところではあっても、気持ち的に納得できず爺さんは荒ぶっているようだ。

 これは爺さんが落ち着くのを待つしかないか。

 そう思ったところ――


「ヴォルケード殿、知恵を貸してはもらえぬか。俺は魔界統一を成し遂げ、そして猫になるという夢をあきらめることができんのだ」


「あ」


 言っちゃった……。


「……猫?」


 きょとんと、怪訝な顔をするヴォル爺さん。


「うむ。俺は猫になりたいのだ」


 もう止めても意味はない。

 それからゴーディンはいかに猫になりたいか、そのため魔界統一を実現しようと努力を重ねてきたことを爺さんに語った。

 で、それを聞かされた爺さんだ。


「……」


 しばし瞑目したあと、爺さんは魔界へお出かけだからと魔法で収納してきた棺をその場に用意し、皆がぽかんと見守るなか、ごそごそと引き籠もってしまった。


「おーい、爺さん、おーいって」


「……」


 返事がない。

 拗ねちゃった屍のようだ。



    △◆▽



 肝心の爺さんが引き籠もってしまったので話し合いはひとまず解散となったが、俺は引き続き談話室に留まり、爺さんに棺から出てきてもらうべく説得をすることになった。


 うーん、天岩戸のお話かな?

 なんとか興味を惹いて顔を出させる? でもって鏡を見せる?


 場合によっては自分の顔にびっくらこいてまた引き籠もってしまうかもしれないが……まあぶっちゃけ、蓋を取っ払って引っぱりだせばいいのだ。でもそれをやると、本格的に口をきいてくれなくなりそうなので最後の手段である。


「まったく、皆にちゃんと話をしておかないから、こういうことになるんだぞ」


 そんな俺に付き合って留まっているシルは、ここぞとばかりにお説教の続きをしてくる。


「いや話がこんなことになるとは思わなかったし……」


「だとしてもだ。あらかじめ話を聞いて考えが共有されていれば、結果がまったくの想定外になったとしても、納得もできるし、その段階でスマホで連絡をしていれば、こちらが落ち着く時間も考える時間も生まれていたのだ」


『……そーじゃー、そーじゃー……』


 棺の中からなんか聞こえた。


「そしてなにより気に入らないのが、どうして空を飛んでいくのに私をのけ者にしたかだ。いったいどういうことだ」


「いやー、それは……ほら、シルさん、一応地元では守護竜やってたりするし、戦争をやめさせるとか魔界のことに思いっきり関わったらちょっと問題あるかなって……」


 こうも問いただされると誤魔化すわけにもいかず、正直に言ったところシルは深々とため息をついた。


「変な遠慮をするな」


「痛いです痛いです」


 ぐにーっと頬を引っぱられる。


『……』


 そこでドゴッドゴッと爺さんによる壁ドンならぬ棺ドンが。

 なにか癪に障ったらしい。


「なあなあ、悪かったからさー、そろそろ機嫌なおして出てきてもらいたいんだけどー」


『……つーん……』


 話しかけれど拗ねっぱなしの爺さん。

 困り果てていたところ、談話室のドアが開き、ラウくんがちょこちょこやってきて、俺の服をちょいちょい引っぱる。


「どうした?」


「……わんわんの王さま、かわいそう」


 ぽつりと。

 それでもラウくんにしてはよく喋った方だ。


「そうなんだよ、かなりアレで可哀想な奴なんだけど、困ったことに俺としてはほっとけないんだ」


「……ん」


 するとラウくんは『ならば良し』みたく頷いて、用はそれだけだったのか談話室から出ていこうとする。

 が――


「ラウー! いたー!」


 そこにペロが現れ、すかさずタックル。


「……んぐー!」


 たまらずラウくんころりとダウン。


「いくよー、いくよー!」


「……んー! んー!」


 さらにペロはラウくんの手を引き、そのままずるずる引っぱって談話室から出ていった。

 西部劇で馬に引きずり回される人……いや、大型犬の散歩にチャレンジしてみたものの、力負けして引きずられるお子さんだな、あれは。


「ほらー、ラウくんも気にかけてんだ。ここはさー、広い心でさー、協力してもらいたいわけー」


『……』


 あれ、反応がなくなった……?

 と思ったところ、ゴリゴリ音をさせて棺の蓋がずれ始め、やがてのっそり爺さんが顔をだした。


「仕方ない……。ラウ坊に感謝するんじゃな」


「おお、やっと機嫌がなおったのか」


「べつになおっとらんわ!」


 まったくまったく、とぷりぷり怒りながら爺さんは出てくると、大事大事と魔法で棺を収納する。


「では、まず王から聞き取りをすることにするかの。気は進まんが」


 ぶつくさ言いつつも、爺さんは俺たちと一緒にゴーディンのところへ。

 人を捕まえて尋ねたところ、みんな庭園にいるとのことでさっそく出向く。


 まず見つけたのは、庭園すぐのところでしゃがみ込み、がりがり記録をしていたクーニャだ。

 俺以外のことを記録しているのは珍しく、尋ねてみたところゴーディンとの会話内容を覚えているうちに書き残しているとのことだった。


「ゴーディン様はなかなか信心深い方でした。思わず会話が弾んでしまいましたよ」


 神さまの話題で盛り上がったらしい。

 それからさらに庭園を進むと、ベンチがある場所にみんな集まっていた。


 ベンチに座っているのはおチビたちで、ゴーディンはその前で向かい合うようにして地面に胡座をかいており、そのすぐ近くには仰向けに倒れるラウくんの服の両肩にそれぞれ噛みついて引っぱるテペとペルがいて、一方で両足を掴んで引っぱるペロがいる。

 ラウくんは綱引きの綱ではない。

 退くことを知らぬわんこたちによる大岡裁きが、いかなる一件落着へ繋がるかはまったくの謎である。


 そしてそんな集まりからちょっと離れたところに、エレザやルデラ母さんのような保護者一同がおり、またシセリアやアイル、そしてトロイといったよくわからんのがいる。


 ゴーディンと話すおチビたちをはらはらと見守っているようであるが、そんな心配は無用なほど和気藹々とした様子だ。


「猫ちゃん、いいですよね!」


 意外なことに、熱心に話しかけているのはメリア。


「ああ、猫はいい」


 どうも猫好きという共通点で話が合うらしい。


「ゴーディン様は猫ちゃんをいっぱい飼っていたりしないんですか?」


「それがな……。まだ幼いころは飼っていたのだが、逃げられてしまったことがあるのだ」


「逃げちゃったんですか」


「ああ、可愛がりすぎたのがいけなかったのだろう。ニャザトース様に連なる存在だと、ありがたがって構い過ぎてしまったのが。猫は構ってもらいたい時に構ってくれる者を好くものなのだと、俺はそれで学んだ」


 ゴーディンが寂しそうに言うもので、これは元気づけねばと思ったのかメリアはスマホを取り出して画面を見せる。


「ディアちゃんの宿に住む猫ちゃんたちです。これを見て元気を出してください」


「おお、にゃんにゃん……!」


 メリアこだわりの猫写真を見せられ、ゴーディンの顔がほころぶ。


「素晴らしい魔道具だな! 汎界にはこのような物があるのか!」


「あ、これはケインさんが用意してくれたものなんです」


「ほう、では兄者に頼めば俺にも与えて……いや、この身はいずれ猫となる。猫では扱えんだろうから……そうだな、俺が猫となった暁には、ぜひとも記録してもらいたい」


「わかりました」


 にこにこと、のん気なような摩訶不思議なような会話をするゴーディン。

 これを爺さんは見つめていたが――


「誰じゃ。あんな阿呆に王への道を示したのは」


「いや、あいつは自ら望んで――」


「そういうことではないわ」


 苛立たしげに言葉を遮られる。

 なんでオコなの……?


「まったく、ひどいことを……?」


 なにかを言いかけ、ふと爺さんは言葉をとめて視線を動かす。

 そこには双方から引っぱられる力により、ちょっと宙に浮いたラウくんがいた。

 誰かそろそろ助けてあげて。


「もしや……?」


 考え込む爺さん。

 しかしそれもわずかなこと。


「まあええわい。確かにこれは放っておけんようじゃ」


 ため息まじりに言うと、爺さんはゴーディンに向かって歩き始めた。

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