第11話 退屈した子犬たちの遊戯
なんでまたそんなに嬉しそうなのかわからないが、とにかく嬉しそうな笑顔のペロ。
「つかなんで裸になってんの……?」
これまでずっとすっぽんぽんだったからか、ペロはまったく気にしていないようだが、これではこちらの居心地が悪い。
「先ほどまではオルヴァイトが仮初めの服を用意していたのだろう。人化できるようになったばかりのペロでは難しいことだ。ひとまずお前が用意してやるといい」
「じゃあまあ適当に」
シルに促され、俺は子供用の半袖シャツとハーフパンツ、あと靴を創造する。
「あ、私が着せるわね」
このあとすぐにメリアが動いてくれ、ペロに服を着せ始める。
途中、尻尾を出すための穴が必要なことに気づくなどちょっとした種族的な問題もあったが、これでペロは人並みの格好になった。
「ちゃんと着れた!」
これが初めての着衣だからか、ペロは誇らしげで嬉しそうだ。
その様子はまったく無邪気で微笑ましく、着るのを手伝ったメリアだけでなく、近くで見ていたノラとディアも吸い寄せられるようにひしっとペロに抱きついた。
と、その時だ。
「あれ、ルデラ!?」
「え……? あ、ヴィリセア!」
不意に驚きの声があり、目を向けたところ神殿の入り口に女性が現れていた。
ルデラ母さんがヴィリセアと呼んだその女性はキャラメル色に近い金髪で、瞳は淡い褐色。年の頃はルデラ母さんより若いくらいだろうか。装飾の施された仕立ての良いシャツ、ベスト、ズボンを身につけており、そんな彼女の足元には子犬が二匹。
一匹は赤みをおびたくすんだ黄――麦藁みたいな色の毛並みをしており、もう一匹は金茶――金色がかった明るい茶色だ。
ヴィリセアはどうやらルデラ母さんとはお知り合いのようだが、初対面となる俺たちはなんだろうときょとんとするばかり。
しかしここで――
「はは!」
揉みくちゃにされていたペロが嬉しそうな声を上げる。
すると今度はヴィリセアがおやっと。
「え……ヴェロア、ちゃん?」
「うん! ヴェロアだよ! ペロでもいいよ!」
「……!」
ヴィリセアはまず驚きの表情を浮かべ、やがてぽろぽろ涙をこぼしつつ、よろめく足取りで前に踏み出す。
一方のペロはお嬢ちゃん包囲網を抜け、ててっと小走りでヴィリセアに近づくとそのままひしっと抱きついた。
「えへへー。はは、やっと会えた! ぼくね、ちゃんと儀式をしてきたよ!」
「ああ、ヴェロアちゃん、ヴェロアちゃん……」
半年以上の間、離ればなれになっていた母と娘の再会。
俺は悪くねえが、さすがに申し訳ない気持ちになってくる。
俺は悪くねえが。
「くぅーん?」
「きゃう、わんわん!」
再会を喜び合う母と娘、その周りをうろちょろする二匹の子犬。
「新しいわんわん……!」
「増えた、わんわん増えた……!」
「……わんわ」
「あー、子犬も可愛いわー……」
再会した母と娘の様子よりも、子犬の方が気になっちゃうおちびーズ。
「なあルデラ、あの子犬ってもしかして……」
「ええ、あの子たちはヴェロアちゃんの弟妹よ。弟がディフェードくん、妹がヴェルナちゃんね」
麦藁が弟くんで、金茶が妹ちゃんか。
ペロに比べるとちょっと小さいかな?
二匹(二人?)は『かまって、かまって』とヴィリセアやペロにちょっかいをかけてアピールするが、今ちょっと二人はその余裕がないらしく相手にしてもらえない。
やがて諦めてしまったのか、子犬弟妹は今度はこっちにやってきた。
でもってさっそくノラとディアの餌食に。
「私、この子もらう!」
「わふ?」
「じゃあわたしはこっちの子!」
「きゅーん?」
行方不明の娘が戻ったところだというのに、今度は残っていた子供たちが今まさに攫われようとしていた。
これで抵抗でもすれば話は違うのだろうが、さすがはペロの弟妹とでも言うべきか、二匹はまったく警戒心を見せず、おチビたちに撫でられたり抱っこされてもむしろ嬉しそうに尻尾をぺるぺる、愛想を振りまくばかり。
さらにここでペロの飼い主兼子分なラウくんが動く。
「……ん」
そっと差し出す燻製肉。
「「……!?」」
無邪気な様子から一転、ハッとした弟妹はすぐさま差し出された燻製肉に食らいつくと、一心不乱に食べ始めた。
小さなもふもふが夢中で餌を食べている様子は微笑ましいもの。
おチビたちがほっこり笑顔で見守るなか、子犬弟妹はすみやかに燻製肉を食べ終えると、もっと欲しいと尻尾の振りを激しくさせておねだりを始めた。
しかし――
「それぼくのお肉……! ラウー、ひどい! なんであげちゃうの!? はは、ちょっと離して……! 離して……!」
燻製肉が提供されるのは見過ごせない事態らしく、ペロが騒ぎだした。
ペロはあの肉欲しさに大森林から俺を追ってきたほど、そりゃ食い意地が張っていることはわかっていたが、この状況でも執着するとは。
わんわん侯爵家のご令嬢は、ずいぶんと花よりなんとかだった。
△◆▽
脱出しようと藻掻くペロをむぎゅーっと抱きしめ続けたヴィリセア母さんであったが、やがて安心したようでペロを解放して俺たちに向きなおる。
で、解放されたペロはというと――
「ラウー、ぼくのお肉かってにあげちゃダメ!」
「……んー」
ぷんすかラウくんに怒っていた。
ラウくんとしては、悪気どころか良かれとペロの弟妹におやつをあげていたのに怒られてしまい困った様子だ。
「わふ! わふ!」
「きゃうーん!」
一方、美味しいおやつを貰った弟妹は、姉の怒りやラウくんの困惑などおかまいなしで『もっとちょうだい!』とおねだりを続ける。
「ふふ……」
まあそんな様子も周りからすれば微笑ましいわけで、さっきまで泣いていたヴィリセア母さんも今では笑顔になっていた。
「ありがとうルデラ。ヴェロアを見つけてくれたのね」
「見つけたと言えば見つけたんだけれど……詳しい話は場所を移してからにしない? ひとまずここでは簡単な紹介だけするから」
「あ、私まだ名乗りもしていなかった……!」
これは失礼、とヴィリセア母さんはわんわん侯爵の妻であり、ペロの母親だと自己紹介。
そのあと俺たちもルデラ母さんに補足してもらいつつ自己紹介をしていくことになったが、俺が使徒だったり、シルが竜だったりでヴィリセア母さんはちょいちょい驚くことになり、トロイは極めつきだったのか最後は困惑によって締めくくられた。
そのあと俺たちはヴィリセア母さんについて神殿を後にし、森に挟まれた石畳の道を進む。
やがて到着したのは森を出てすぐにあった広場。そこはペロ捜索の拠点になっていたようで、あちこちに天幕が張られ、遺跡発掘のベースキャンプみたいなことになっていた。
「ヴィリセア様、あの、いったいなにがあったのです……? どうしてルデラ様がこちらに……?」
森を出たところには人集りができており、だいたいが犬耳、犬や狼の獣人で、ちらほら普通の人が混じる。あとベストを身につけた後ろ足立ちしている大型犬もけっこういて、メリアが興味津々なおチビたちに「たぶんコボルトね」と囁いていた。
「実はまだ私にもよくわからないの。これから話を聞くから。あ、そうそう、もう探索の必要はなくなったから、撤収をお願いね」
「それは……もしかして、そちらの……」
「ええ、ヴェロアよ。やっと帰ってきてくれたの」
にこっとヴィリセア母さんは微笑み、ペロの頭を撫でる。
「貴方が行方知れずになってしまったから、みんな捜してくれていたのよ」
「そうなの? えっと……ただいま! ぼく、戻ってきたよ!」
このペロの言葉に、集まっていた者たちは声を上げて喜び、コボルトたちは歓喜の遠吠えを始めた。
「ふふ、じゃあ私は話を聞くから、あとはよろしくね」
めでたいめでたいと喜ぶ人々から離れ、俺たちは天幕の一つに向かうと、さっそくルデラ母さんによる事情説明が始められた。
まずはペロの行方不明が、オルヴァイトの導きによる結果であったという話から始まり、何故そんな必要があったのかの説明へ。
一応ゴメンナサイしておいたが、やはりオルヴァイトの導きだったというのが大きく、俺はとくに怒られることもなかった。
こうなると取り成し役だったクーニャはただ付いてきただけになるが……まあいい。
話はそこからオルヴァイトに伝えられた『混沌』についての話が少しあったが、現状ではよけいなちょっかいは悪手となるためひとまず置かれ、それよりも直接的な、この国の王様についての話に移行していった。
自国の問題であるヴィリセア母さん、放っておけないルデラ母さんは真面目な様子で話し合い、俺たちはときおり意見を求められるような感じである。
一方、話に参加する必要がなかった子供たちは、天幕から少し離れたところでトロイに見守られながら仲良く遊んでいた。
しかし、最初こそ駆け回って遊ぶだけだったのが、コボルトたちに勧められて場所を移してからが……。
「ディフェード様とヴェルナ様が安心して転がったり穴掘りできるように、ボクたちが土をふかふかにした場所ですよ!」
「がんばって耕しました! でもちっちゃな小石は残っちゃってます! 許してください!」
コボルトたちが自信を持って勧めたその場所で、子供たちは大はしゃぎ。
なにがどうしてそうなったのか、途中からはノラやディアが水弾を投げつけるのでそれを躱すという遊びが始まる。
ひょいひょい躱すペロ、弟妹も負けてはいない。
ラウくんやメリアにはちょっと厳しいが、自ら盾と水弾を受けにいくトロイに庇われて被弾は抑えられている。
そんな子供たちの様子があまりに楽しそうだったからか、周りで見守っていたコボルトたちもこれに参加。
あっという間に場は大変なわんわんカオスと化していく。
走り回ったり転がったり、水を含み泥と化した上でやるものだから、みんなどんどん汚れていった。
やがて、ひとまず話を終えたルデラ母さん、ヴィリセア母さんはここでやっと子供たちの状態を把握。
すっかり泥まみれとなった子供たち、そしてコボルトたち。
「「こーらー!」」
お母さん二人による、怒声のハーモニーが広場に響き渡った。
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