第3話 品種改良という名の合体事故

 シャカによりもたらされた異世界の利器は皆に衝撃を与え、始まった撮影大会は昼近くまで続くことになった。

 もはや予定していた魔導学園の訪問は午後に繰り越すしかなく、ひとまず昼食をとってひと休みしてから向かうことに。

 そして学園へ同行する者だが、まずヴォル爺さんは確定。

 次に――


「私はついていくぞ」


 シルも同行。

 でもっていまいち元気のないシセリアも名乗りを上げる。


「ケインさんが出掛けるなら、私は同行しないわけにはいかないんですよ……」


「そんな嫌そうに言わんでも……」


 ちょっと切ない。

 出会った頃の、あの脳天気な大型犬のようなシセリアはどこへいってしまったのだろう。


「せんせー、私もうちょっと写真とってから戻るー」


 ノラは王宮へ戻るため宿に居残り。

 エレザはノラの付き添いをするのでこちらも居残り。

 そのほかのおチビたち――ディアとラウくんは、ノラとしばし会えなくなることもあって宿に留まりノラに付き合うようだ。

 そしてメリアはというと――


「ほら、私って学園から追い出された身でしょ? だから、のこのこ顔を出すのはどうかと思うのよ」


 などと言いつつ、俺を見ようともせず猫どもの撮影に勤しんでいる。

 すでにメリアはただ猫を撮るのではなく、猫の特徴的な動作――例えば『くわぁ~』と大あくびをする瞬間、そういった様子を記録しようとするまでにその意識は高まっていた。


「私はケイン様に同行したいのですが……」


「待って! クーニャさんは居てもらわないと困るの!」


 猫と意思疎通できるクーニャは、今のメリアにとって最も必要な人材であるらしく、引き留める様子はなかなか必死だ。


「クーニャ、今日のところはメリアに協力してやってくれ……」


「ケイン様がそう仰るなら……」


 メリア嬢が望むならば俺としてはその希望を叶えてあげたいというか、印象を良くしておきたいというか、ともかくクーニャには残るよう言いつける。


 あと、シャカなら写真を紙に転写できそうな感じだと伝えたところ、写真付きメニューを実現すべく、アイルは作れる鳥料理をすべて作って撮影するため隣の店舗にこもった。


 結局、学園へは俺、ヴォル爺さん(おすすめ商品)、シル、シセリアの四名だけで向かうことになった。



    △◆▽



 学園を訪問した俺たちは、すぐに学園長室へと案内された。

 その道中、シセリアに気づいた生徒たちがわらわら集まってくるという、ちょっとした騒ぎが発生。

 生徒たちの多くは陞爵のことを知っていてシセリアを褒め称えたが、当のシセリアは引きつった微笑みで無難な受け答えをするばかりであった。


 そして到着した学園長室。

 左右の壁は本棚、正面奥には窓をバックにしてどーんと重厚でアンティークな机と椅子があり、そこにお爺ちゃん学園長がちょこんと座っている。

 その横に控える若い男性は副学園長だ。


 そんな二人は何故かびくびく。

 きっと不気味なヴォル爺さんを恐れているのだろう。

 そう考えた俺は、見た目はアレな爺さんだが危険はないと説明してみたが、二人が怯えているのは俺が賠償金を返せと殴り込んできたのではないか、そう疑っているためだと判明した。


「んなことしねえし。つか、そんな怯えるくせによく請求したな」


「最初はするつもりはなかったんです、実は」


 そう応えたのは学園長。

 聞けば、修理修繕にお金は必要で、これを王家にお伺いしたらまずは俺に請求してみろとお達しがあったらしい。そこで半信半疑で請求してみたところ、俺があっさり大部分を支払ったのでびっくりしたようだ。


「俺が払うと考えたのは……たぶんノラの親父さんか」


 俺のことはノラ経由――あるいはエレザ経由で色々と伝わっているはずなので、判断したとすればあの人だろう。


「ともかく、返せなんて言わないし、残りもちゃんと払うつもりだから怯える必要はない。で、その残りの支払いについて、ちょっとお願いがあって話をしにきたんだ。つまりは――」


 と、俺はヴォル爺さんというカードを生贄に、支払いの猶予期間を召喚しようと考えていることを説明。

 すると学園長、副学園長は共に唖然としてしまった。


「え、あの魔導王様に当学園で教鞭を執っていただけると……? それ、私も生徒として参加してもいいですか……?」


「あ、なら私もお願いしたいです」


「いやお主らは学――いや、そ、そうじゃな。まあかまわんぞ」


 教師なりたさにツッコミを堪えるヴォル爺さん。

 この反応なら教員採用はうまくいきそうか……?

 そう安堵したところ――


「ケインさんがいらしているとか!」


 なんか騒がしいのが飛び込んできた――と思ったら、農業に革命を起こすことが予定されているファスマー教員だった。

 シセリアと違い、出会った頃に比べるとずいぶん生き生きしている。


「いやー、ケインさんには近いうちに私の畑を見てもらいたいと思っていたんですよ! さっそくご案内しますね!」


「お、おい!?」


 ファスマーは学園の敷地に拵えた試験圃場しけんほじょうを見せようと、俺をぐいぐい引っぱって連れていこうとする。


 まあここからは学園側と雇用される爺さんの話し合いになるだろうし、俺が居る意味はあまりなさそうだから移動しても平気だろう。

 重要度を考えると、『鳥家族』を支える大規模農園の実現にかかわるこちらの方を優先すべきだ。

 そう考えた俺は爺さんを残し、シルとシセリアを連れてファスマーの畑を見にいくことにした。



    △◆▽



「ご覧ください!」


 ファスマーの畑はもともと授業で使う薬草などを栽培している区画に設けられており、そこだけ生い茂る大きな葉が地面を覆い尽くして一面の緑になっていた。

 そんな畑にはなんか静止した緑色の子馬が何頭もいて――


「って馬じゃねえ!」


 あれ、馬そっくりな植物だ!


「どうです、見事なものでしょう!」


「まあ見事っちゃ見事だが……」


 いきなりで戸惑ったが、考えてみれば元の世界でも『バロメッツ』という、パイナップルみたいな感じで羊が実る植物の伝説があったわけで、ここがファンタジー世界であることを考慮すればこのように動物型の……果菜? 果実? まあともかくそういうものが一般的であってもおかしくはないのだろう。


「しかしどうしてまた、あんな馬そっくりなもんを育てようと思ったんだ?」


 おそらく木馬魔人の影響はあるのだろうが、それでもわざわざ忌まわしい出来事を連想させる植物を選んだのか、これがわからない。


「いえ、あれは試しに育てた一般的な甘瓜です。この短期間でみるみる成長し、何故か馬の形になったんですよ。こんなの初めて見ました。それでケインさんにもぜひ見てもらおうと思ったんです」


「あれって甘瓜なの!? えっ、ああいう動物の形をしたものが実る植物って普通じゃないの!?」


「聞いたことはありませんね」


 唖然としつつシルを見る。

 そしたら『知らん』と首を振られてしまった。

 どういうことなの、と思っていると――


『ヒヒーン……!』


『ヘブルルル……!』


「おいいぃ! なんか鳴いてる! 微かに鳴いてるぞ!?」


「ええ、鳴くんです」


 なに平然としてやがんだコイツ……!?


「どういうことなの!? いやこれホントどういうことなの!? どうしてこんなの生えちゃったの!?」


「私が頑張ったからでしょうか」


「そんなわけあるか!」


 頑張ってこんなん生えるなら世の畑はどこもサファリパークが開園だ!


「絶対なにか妙なことしただろ!? なにした!」


「妙なことなどしていませんが……。あ、もしかすると灰を撒いたのが影響したかもしれませんね」


「灰……?」


「ええ、木馬の化物を燃やした灰を」


「なんでそんなの撒いちゃったの!?」


「農家の方が畑に灰を撒くと良いと……」


「んあーっ、うん、わかる、それはわかるけど! でもね、どうしてよりにもよってあの灰を撒いた!?」


「そこに灰があったので」


 いや『そこに山があるからだ』とウザいマスコミにイラッとした登山家みたく言われてもね!


「まあ見た目は他に類を見ないほど個性的な形をしていますが、これでごく普通の甘瓜ですから。いえ、普通の甘瓜よりもずっと甘くて美味しいんですよ」


「言ってることが微妙におかしいぞ! 馬の形してヒヒーン鳴く時点でもう普通からはかけ離れて――って食べちゃったの!?」


「もちろん! 売り物になるか確認しなければいけませんからね!」


「売る気なの!?」


「はい。できればヘイベスト商会にお願いして流通させようと思っています」


「流通!? え、流通!? これっ、このっ、えっ、流通ぅ!?」


 えらいことになっちまった。

 見るからに世に出したらあかんやつなのに、それがわからないのか?

 どうしよう、こいつがこの調子で農園の実現に向けて突き進んだら、将来、俺はきっと悪夢のような光景を目の当たりにすることになる。


「よ、よーしファスマー、どうか落ち着いて聞いてくれ。いいか、世界が求めているのは普通の農作物であって、得体の知れぬ変異を起こした元植物ではないんだ」


「えっ、ではこの馬たちは……?」


「破棄だ」


「そんな……! せっかく育ったのに、駄目だと仰るのですか!?」


「ダメかどうかで言うなら、完全にダメだ。流通どころか人様にお見せしちゃいけないような代物だ」


「そ、そんなことはありません! すっごく美味しいんですよ!」


「いや美味しいとかそういう話でなく……っておい!」


 取り乱したファスマーは俺の話を無視して畑に入っていき、なにをするのかと思いきや刃物を取り出して馬甘瓜の首をズバッと切り落とした。


『ヒン……!』


 微かな悲鳴。

 その断面の果菜的な白さがかろうじてスプラッタさを軽減するものの、やっぱり猟奇的な雰囲気は拭いきれない。

 さらにファスマーが切り落とした馬の首を真っ二つに割ったとなればなおさらだ。


「試しに食べてみてください! この頭が一番美味しいですから!」


 ファスマーは狂気的な笑顔を浮かべながら馬の頭を勧めてくる。


「く、食えるかぁー!」


「私も遠慮する。さすがに不気味だ」


 俺とシルを怯えさせるとか、この野郎、ある意味で偉業だぞ。

 ところがここでずずいと前に出る者が……!


「シセリア……? おいお前まさか!?」


 いくらなんでもチャレンジャーすぎる。

 慌てて止めようとするも、シセリアは声を荒らげて言った。


「止めないでください……! 止めないで……! 今はとにかく美味しいものをたくさん食べろと、私の魂が訴えてくるんです……!」


「お、おう……」


 すごい気迫だった。

 さすがは男爵、これが貴族というものか。

 なお、そういった序列の最上位グループにいるノラがぽやぽやなことについては考えないものとする。


「んあむっ、あむっ、もしょもしょ、あむ……!」


 受け取った半分の頭を食べ始めるシセリア。

 鬼気迫るものがあるだけに、ますます猟奇的な雰囲気だ。


「これは……すごく美味しいですね!」


「でしょう!」


 ひさびさに笑顔を見せるシセリア。

 それにつられて嬉しそうな顔になるファスマー。


「マジかー……」


「ええぇ……」


 対し、俺とシルは顔を引きつらせ、引き続きもしゃもしゃと馬の頭を貪るシセリアの食事風景をただただ見守ることしかできなかった。

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