第27話 誘拐犯たちにとっての脅威
メリアが救出されたあと、みんなで唖然としているうちに転移門はほわんほわんほわんとファンシーな感じに消えていった。
驚きの一仕事を終えた猫たちは何事もなかったかのようにまた思い思いにくつろぎ始め、シャカは『どんなもんだい!』と誇らしげな顔を見せると、にょろんと内的世界へと戻っていく。
「ふわっ!? 新しい猫ちゃん、どこへ!?」
今ちょっとした錯乱状態なのだろう、メリアは床に転がされたまま、ノラとディアに「つんつん」言われながらつんつんされることなどお構いなしで消えたシャカのことを気にかける。
「あ、メリアお姉ちゃんて、シャカちゃん見るの初めてなのね、つんつん」
「えっと、シャカちゃんはケインさんの心に住んでる猫ちゃんなの、つんつん」
「どういうことなの!?」
不思議体験のあと不可解なものを目撃し、そして最後に摩訶不思議な返答が飛んでくるとメリアは落ち着く暇がない。
しかし尋ねられてもな。
「実は俺もよくわからん」
「わからん!?」
活きのいい魚のようにぴちぴち跳ねるメリア。
この度肝を抜かれたような、お前正気か、とでも言いたげな表情を見せられるのはひさしぶりな気がする。
「考えてもさっぱりだし、まあもういいかと」
「いやそんな諦めていい問題じゃないと思うんだけど!? だって心の中に猫ちゃんが住んでて、出入りするのよ!? そんなの――あ、でも考えてみるとちょっと羨ましいわね!」
「お、おう」
突然肯定されたのは逆に驚いたが、まあ、俺自身わからないことへの追及はやんだのでよしとしよう。
「ひとまずお嬢さんの縄を解くですぜ。ほら、お前ら、お嬢さんをつんつんするのはそろそろやめてさしあげるですぜ」
いつまでも床に転がしっぱなしは可哀想と、アイルがメリアの拘束をといてやる。そのあとノラとディアがそれぞれメリアの手を引っぱって立ち上がらせ、二人で服についた埃をぱたぱた叩き落とす。
それはとっても親切さんに見えるが、考えてみれば移動のためにメリアを転がして人間コロコロにしたのってこの二人なんだよな……。
そんなことを思っていたところ――
「あ」
ふとエレザが声をあげた。
「ん、どうした?」
「その、考えてみればあの猫の門の向こうはメリアさんが監禁されていた場所なわけですから、突撃していればこの騒動も今頃きれいに片付いていたのではないか、と思いまして」
「あー、確かに」
でもあの困惑の極みとでも言うべき状況で、そんな的確な判断はなかなかできないだろう。
少々惜しくはあるが、仕方ないと思う。
それに、だ。
「まあメリアは戻ったんだ。なら、あとはどうとでもなる」
「それは……そうですね」
決着が早いか遅いか、その程度の話だ。
これにはエレザもすんなり納得、珍しく自然な感じでにこっと微笑み、何故か連動してシセリアが震えた。
そのあと、ようやく人心地ついたメリアがお礼を言ってくる。
「え、えっと……助けてくれてありがとう?」
いや、まだちょっと戸惑ってるか。
「お礼なら猫たちに、だな。俺たちはフリードが運んで来た手紙を読んでびっくりしていただけだから」
あのとき何が起きたのかを説明すると、メリアはくつろぐ猫たちに深く感謝して丹念にもふもふし始めた。
「ケインさん、猫ちゃんたちにあの葉っぱをお願いしていい?」
「あれか……まあそうだな」
この迅速な救出、確かに猫たち抜きでは実現せず、むしろ大活躍と言うべきだろう。
そこでマタタビの葉を進呈すると、大人しかった猫たちはたいへん荒ぶり、勝利のマタタビに酔い始めた。
「クゥーン……」
その一方、フリードは主人が猫に感謝している様子を寂しげに見つめていたが……メリアはすぐに気づいてそっと寄り添う。
「ちゃんと手紙を届けてくれたのね。ありがとう。よしよし」
「ワオン!」
ひさしぶりに主人に認められ、フリードの機嫌は一変。
メリアにすがりつくようにしながら、舌をぺろんぺろん出して尻尾ぱたぱたと全身で忙しなく喜びを表現する。
「ケインさん、この子にまえ貰った干し肉をあげたいんだけど……」
「はいはい」
「ウオゥウオゥワオーン!」
「ああもう、フリードったら」
メリアから燻製肉を貰い、今やフリードは有頂天となった。
もはや咥えた燻製肉を食べるどころではなく、体を捻るわひっくり返るわ、多幸感に抗えず軽い錯乱状態だ。
「わんわん! わん!」
するとそれを見たペロもちゃっかり燻製肉を要求してきた。
「お前は俺のズボンの裾をしっちゃかめっちゃかにしただけじゃねえか……」
まあついでということで、ペロにも燻製肉をくれてやった。
△◆▽
そのあと、お菓子を食べながらメリアに何が起きたのかを聞くことになった。
用意したお菓子はシセリアが餡子がいいとごねたので、栗入りの水羊羹である。
「家を出てこの宿に向かう途中、なんか私の様子を窺っている怪しい男の人をちらほら見かけるようになったの。嫌な感じがしたから、進む道を変えながら移動することにしたんだけど、気づいたら人気の無い場所で、どうも誘導されてしまっていたみたい」
理解したときにはもう囲まれていて、メリアはフリードに援護してもらいながら、自分が使える簡単な攻撃魔法で牽制してその場から逃げようと考えたらしい。
「でもその人たち、なんか急に跪いて必死にお願いをしてきたのよ」
こんな感じ、とメリアは男たちの発言を真似る。
「えっと、『メリアお嬢さん、お願いです、どうか我々と一緒に来ては頂けませんか……!』とか『怪しいのは重々承知、ですがどうか、どうか……!』って」
「うーん……?」
予想とはえらい違う拉致状況だな。
「でもそんなこと言われても、はいそうですか、わかりました、ってついていくわけにはいかないし、だからフリードをけしかけて、その隙に逃げようとしたの。でもね……」
「どうなったんだ?」
「それがフリードに食いつかれたり、地面に引き倒されても『ああん! わんちゃん、そんな攻撃しないで……!』とか『我々は君のご主人に危害を加える気なんてこれっぽっちもないんだよぉ~! ホントだよぉ~!』って抵抗らしい抵抗もせず、懇願するばかりだったわ」
「うーん、なんでそんな連中に誘拐されたの?」
「そ、それは……」
ばつが悪そうにメリアは言う。
「なんだかこっちが悪いことをしているような気になってきて、なんか気の毒でもあるし……ちょっと付いていくことに……」
「その判断はどうかと……」
「もちろん自分でもどうかと思うけど、あんなに必死に、泣きながら懇願してくる人って初めてだったから……」
「同情しちゃったと」
「ケイン様、誘い込まれ囲まれたとあっては、どのみちメリアさんは攫われてしまっていたのではないでしょうか」
そうメリアを擁護したのはエレザで、言われてみれば確かに納得である。
男たちが強引に攫うか、友好的(?)に攫うか、その違いだけだ。
しかし……メリアは押しに弱いのか。
まあ世の中、誘われてほいほい付いていった結果、なんか凄いらしい絵とか、資産価値が上がるらしい宝石とか買わされたり、魅惑の体験をしちゃう人がいるようだし、きっとメリアもそんなタイプだったということなのだろう。
これはそう遠くないうちに、ノラとディアにぐいぐい押されて冒険者になってしまうのだろうな。
「一応、どうして付いて来てほしいのか確認はしたのよ? そしたらケインさんに用があるみたいで、なら直接行けばいいじゃないって言っても、そういうわけにはいかないとか、自分たちは脅されてこうするしかなくて、なんとか誘拐の体裁だけは整えたいって話で……」
「すさまじいぐだぐだっぷりだな」
やる気がないどころではない。
それで付いていく気になっちゃったメリアは、男たち相手に大ハッスルしていたフリードに手紙を託したそうだ。
「そのあと外の様子が見えない馬車に乗せられてどこかへ運ばれたわ。出るときは目隠しをされて、それでさっきまでいた部屋に到着したところで目隠しはとってくれたけど、今度は軽く縛りあげられたわ」
監禁部屋はやたら立派な応接間のような部屋であったそうな。
そして男たちの態度はそれからも変わらず――
『縄はきつくないですか? 苦しかったら我慢せず言ってください、緩めますので』
とか。
『御用があればドアの向こうに呼びかけてくださいね。人を待機させておきますから』
とか。
『欲しいものがあったら遠慮無く言ってください。すぐ用意します』
などと、メリアをやたら気遣ってきたそうだ。
「詳しいことまでは聞けなかったんだけど、どうも使徒に恨みを持つ人がいて、その人に扱き使われているみたいだったわ。どちらかと言うと、私を誘拐しようとした人たちは使徒が恐ろしいみたいで、本当なら関わりたくなかったみたいよ。たぶん、それでケインさんの弟子になった私にすごく丁寧だったのね」
「なるほど……」
嫌々ながらも誘拐しちゃった連中も連中、だが、本当に叩くべきはその使徒に恨みを持つ奴というわけか。
攫われたメリアが戻り、ひとまずこちらに弱みはなくなった。
しかしながら、その使徒に恨みを持つ奴が諦めないかぎり、これからも何かしらこちらにちょっかいをかけてくるのは間違いない。
「これは……〈探知〉だな」
ぽつりと呟くと、これにシセリアが反応する。
「あー、それが手っとり早いですねー」
「ほう、話がわかるじゃないか」
「この王都の守りたる騎士としては、あまり破壊活動はしてもらいたくはないのですが……その誰かさんがケインさんに余計なちょっかいをかけてくるたびに騒動が起こりそうなので、もうここで片付けた方が一番被害が少ないかなと」
「……」
なんだろう、微妙に賛同したくない感じがする。
「ねえ、その探知っていうのはなんなの?」
「探しものを見つける魔法だ」
「へえ、便利な魔法じゃない。あ、もしかしてそれで私を見つけて猫ちゃんたちを送り込んでくれたの?」
「それは……たぶんシャカがな。俺が使うと余計な効果がついてくるもんで」
「うん? どんな?」
「対象を見つけると同時に爆発させる」
「どうしてそうなるの!? いやホントどうしてそんなことになるの!?」
「そ、それは俺も知りたいところでな……」
「貴方そんなんばっかじゃない!?」
「俺もそう思うが……たまには役立つんだ。ほら、今回みたいに」
「えっと、それはつまりあの人たちを爆発させるってこと……?」
「いや、メリアが監禁されていた『場所』だ。人でもいいが、もしメリアが居なくなったことに気づいて、手分けして捜しに出ていたら町のあちこちで爆発が起きてしまう」
「なんて物騒な……。うーん、爆破とか、できればやめてあげて欲しいんだけど、なんか可哀想な人たちだったし……」
「メリア、他者を気遣うその気持ちは立派だが……」
おそらく、今回の場合は精神の気高さとはまた別の話だろう。
えっと、あれ、人質が犯人に好意や共感を抱くようになってしまう……そうだ、ストックホルム症候群だ。
非日常的な特殊な状況下で、生き延びるため脅威そのものである加害者に寄り添ってしまうという心の働きである。
「いいかメリア、危害を加えられなかったとはいえ、悪いことは悪いことだ。それにそいつらは脅されたらきっとまた何かやる。根元を断たないといけないんだ。そうしないとこの事件は終わらないし、もしかしたらそいつらも早く終わってくれと願っているかもしれない。だから強引な手段を用いても終わらせるんだ、今日」
俺は微笑み、そして〈探知〉を使用。
メリアが捕らえられていた場所が判明すると同時、どこか遠くでドカーン……と小さな爆発音が聞こえてきた。
さあ、お出かけの時間だ。
――――――――――――――――――――――――――――
【おまけ】
「何で!? メリアお嬢さん居ないの何で!?」
「どういうこと!? どういうこと!?」
「ヤダァーッ! 本国滅んじゃうぅ~ッ!」
カッ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます