第26話 少女を救うに猫は何匹必要か?
いつもの食堂、いつもの面子。
でも普段とちょっと違うのは「今日からメリアお姉ちゃんといっしょー」とノラとディアがうきうきわくわくしているところ。
あと、従業員が増えて、朝は少しのんびりできるようになったアイルが混じっていることだろう。
これからヘイベスト商会には何かと世話になる『鳥家族』、そこで代表であるアイルは、その商家の娘さんであるメリアにご挨拶しようと例の奇抜な正装(?)にて、慣れない丁寧語の練習をしつつ待機しているのだ。
しかし――。
メリアの訪問を待つ俺たちの前に現れたのは、彼女の従魔であるフリード一匹だけだった。
「あれ、メリアは?」
「クゥーン……」
やってきたフリードは普段とは違って薄汚れており、元気がなくてちょっとよたよたしている。
「あれー? あれー?」
「フーちゃん、どうしたのー?」
「……んー?」
「わふ?」
どうも様子がおかしいと、おちびーズがフリードのもとに寄っていく。
そして――
「わんわんわん」
「クゥンクゥンクゥン……」
傍目には微笑ましい犬同士のやり取り。
ただしどんな意思疎通が行われているかはまったくの不明である。
もしかすると『どうした新入り!?』『姐さん、実は……!』みたいな会話をしているのかもしれないし、それとも『このボケー! 手土産の一つも持ってこんかい!』『すんません、姐さん……!』みたいな感じかもしれない。
そんなことを思いつつ見守っていたところ――
「わん! わんわん! がるるるる!」
ペロが吠え、こっちに寄ってきて俺のズボンの裾に噛みついてぐいぐい引っぱり出した。
「ど、どうしたいったい?」
「あ、せんせー、フリードの首になんかお手紙ついていた! 先生あてみたい!」
そこでノラが手紙を発見し、こちらに持ってくる。
確かに手紙には『使徒殿へ』と記されている。
なんだろう、やっぱり師事するのやめた、と言いづらかったメリアがフリードに手紙を運ばせたのだろうか。
初日から登校拒否なの?
そんなことを思いながら手紙を確認する。
『使徒殿へ。
メリア嬢をお預かりしている。
ついては本日夕暮れ
メリア嬢を引き取りに
王都郊外、猫休みの丘まで
ご足労いただきたい』
「ほわっ!? メリア、お前……誘拐されてんじゃん!」
思わず叫ぶ。
この明らかになった事実にみんなびっくりで、ノラとディアは「たいへんたいへん!」と騒ぎ、ラウくんはじたばた。
そのせいで、まったりしていた猫どもがビクッとして警戒している。
「おいおい、どこのどいつですだぁ!? ふざけやがってますぜ!」
丁寧語の練習をしていたアイルは憤慨。
またそれとは逆に――
「あー……」
深く深く意気消沈。何かこう、口先だけではない、これこそが『遺憾』であると、その表情で表しているのがシセリアだ。
そのほか、エレザとクーニャは落ち着いており、冷静なもの。
「エレザ、猫休みの丘ってどこだ?」
「王都西にある丘です。見ようによっては丸くなった猫のように見える大岩があるので、そう呼ばれる場所ですね」
「そうか。ひとまず場所はわかったが……まいったな。これはあれか、最近、羽振りのいい真似をしたから、俺が金持ちだと勘違いした奴の犯行か? やべえな、もう金なんてねえぞ」
こうなったら禁断の貨幣創造をやるしかないか?
そう考えたときクーニャが言う。
「ケイン様、どうか落ち着いてください。これは身代金目的の誘拐ではないと思われます」
「なに?」
「まずこういった場合、金額を提示するものでしょう? しかしその手紙には、メリアさんを預かっていること、指定の日時に迎えにくるよう促す指示だけしか書かれていません。これは私の推測ですが、犯人の目的はケイン様自身かと思われます」
「俺が目的だと……?」
「はい。ケイン様は難しいと、攫いやすかったメリアさんを狙ったのでしょう。おそらく、これはケイン様の熱烈な信奉者の犯行です」
「お、俺の信奉者だと……!?」
驚愕の事実……!
愕然とする俺、そして――
「あー、それはまた……世も末ですね」
失礼なことを言うシセリア。
いや、ホント失礼じゃない?
「犯人は攫ったメリアさんを盾に……ああ、何と言うことでしょう! ケイン様にあれこれ要求しようと目論んでいるはずです!」
「要求だと……!? た、例えばなんだ!?」
「例えば……そう、おでこをペロペロさせろ、とかでしょうね」
「なんだって!? つまり犯人はお前のような変態――いや、さてはお前が犯人か! 猫どもを使ってメリアを連れ去ったんだな!? 犯人はこの中にいた!」
「あの、ケイン様……さすがにそれは心外ですよ? 確かに猫たちに頼めばメリアさんの誘拐は簡単でしょうし、ケイン様に要求を突きつけることは非常に魅力的ではありますが、そんな手段を用いるほど私は人の道から外れてはおりません」
「ぐぬぅ、つまりお前のような変態が他にもいると……」
「そこは淑女と言って頂きたいのですが……! いえ、ケイン様、ここは淑女ではなく紳士という可能性もありますね」
「紳士だと!? いよいよマジモンの変態じゃねえか!」
推理の末、犯人がマジモンであることが明らかとなった。
だというのに、その事実は事件解決の何の役にも立たない。それどころか、俺に言い知れぬ恐怖を与えてくるばかりだ。
このまま夕方、のこのことメリアを引き取りに向かえば、俺はマジモンにおでこをペロペロされてしまう。
まあ本当にそれで無事メリアが戻るなら我慢もするが……。
「せんせー、どうするのー?」
「そうだな……」
「はやく助けてあげたいです。きっとメリアお姉ちゃん泣いてると思います」
「早く、か……。なんとかメリアを捜し出せればいいんだが……」
「おう師匠、ならこいつらの出番だです!」
「わん!」
「ワフ!」
そうか、こっちにはわんわんが二匹いる。
「なるほど、鼻の利くこいつらにメリアの臭いを辿らせ、追跡させるのはなかなか理に適った判断だ」
「です!」
「しかしケイン様、相手はフリードを伝書犬にしてきた相手。追跡されない自信があるのではないでしょうか?」
そう指摘してきたのはエレザだ。
「約束は今日の夕暮れと、時間は限られています。ペロとフリードによる追跡は効果的に思えますが、もし対策済みだった場合、私たちはただ時間を浪費しただけに終わってしまいます」
「それも、そうだが……うーん……」
困った。
颯爽と現れ、事件を解決してくれるような探偵は居ない。
いや、俺自身が探偵になるという手段はある。
俺が『生命の果実』を創造して食べ、効果があれば……。
そのとき、俺は八歳ちょっとのお子さん、つまり『見た目は子供、頭脳は大人』な名探偵が誕生するのだ。
これはチャレンジしてみるべきか……?
ああだが、薄々ながら気づいてはいるのだ。
どちらかというと、俺は事件の犯人を筋肉まかせに剣でぶった斬る方のコナンであることを……!
すごい! 将来は州知事になっちゃう!
まあぶっちゃけメリアが囚われている場所を見つけるだけなら〈探知〉すればいい。
問題は見つけると同時に爆発することだ。
そのとき、メリアはアフロになるだろう。
それで救出できれば許してもらえるかもしれないが、犯人だってその場に留まり続けることはしないだろうし、それで逃げられてしまったら、その時は『メリアをアフロにした』という救いのない結果だけが残る。
助けてもくれず、ただアフロにされただけとなれば、これはもう間違いなくガチギレ案件だ。
まいったな、これがメリアでなくシセリアなら連続で〈探知〉をしてごり押しただろうし、クーニャならそのままお預かりし続けてもらうだけですむのに……。
「せめて〈探知〉がもうちょっとマシなものであれば……いや、そうか、俺だけでやろうとするから爆発するんだ!」
シャカなら、シャカならきっと〈探知〉もマシなものにしてくれる……!
そう期待を抱き、俺は俺の内的世界で香箱座りになって目を瞑り、ぬぬぬ……とお眠だったシャカに訴えかける。
「(うおおお、シャカー! 助けてくれー、シャカー!)」
この切なる叫び、たぶん蜘蛛の糸がプッツン切れちゃったあとのカンダタくらい必死なもので、これを聞いたシャカはカッと目を見開くと、シャキーンと立ち上がってひと鳴き。
『にゃおぉ――――――ん!』
おお、なんと頼もしい雄叫びであろうか。
シャカはすぐさまにょろんと現実側に這いだしてくると、くつろいでいたニャンゴリアーズのところへ向かい、にゃごにゃごと猫会議を始めた。
「おやおや……?」
これに猫と意思疎通できるクーニャが反応。
何を話しているのか、俺が尋ねようとしたところ、それよりも早く猫たちは行動を起こした。
『のこのこのこのこのこのこ、おぁ~ん! のこの……おぁ~ん! よんにょんにょむぅー、おぁーうあぅおぅ……!』
シャカも混じっての大合唱。
やがて出現する長い楕円形の光――転移門。
猫たちはシャカを筆頭にその門をとてとてとくぐっていき、好奇心旺盛なノラとディアはそれについて行ってしまう。
と思ったらシャカたちは戻ってきて、その最後に縛りあげられたメリアをおむすびみたいにコロリンコロリン転がしながらノラとディアが帰ってきた。
「よいしょ、よいしょ」
「うんしょ、うんしょ」
「え、宿っ!? えっ、ええぇ……!? なにこれ、ど、どういうことなの!? 私に何が起こってるの!?」
突然の誘拐、そして突然の救出。
メリアは大変困惑しており、それは予想もしない救出劇を目の当たりにした俺たちも同様であった。
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